アドバイザーの助手
女の子の身体ってのは、本当によく分からない。俺はその週末をずっと、雫さんのことを考えて過ごした。
スープを飲み干した彼女の満足げな瞳を、誇らしげに口角の上がった唇を、ほんのりと上気した頬を、ひとクラス分のスープが流れていった細い首筋を、鎖骨をわずかに覗かせた手縫いワンピースの白い襟元を、うっすらと汗が滲みはじめた濃紺の布地が目立つ脇の下を、そこから臍の方へピンと突っ張ったように伸びていく縫い目と皺を、だらしなくほどかれたままのウエストのリボンを、その先で雫さんの呼吸に合わせて波打っている確かなお腹の曲線を、考えて過ごした。
雫さんは軽くゲップをしてリボンを結び直すと、大きなお腹を抱えたまま、こともなげに去った。非日常に打ちのめされた俺とは対照的に、彼女にとってはそれが日常なのだ。小学校1年生ひとクラス分のスープを、自らの昼食後に飲み干してしまうことくらいは。
あの日の雫さんには、まだまだ余裕がありそうに思えた。ということは、雫さんのママが作る夕飯はもっとずっと多いということなのだろう。そんなことが本当にあり得るのだろうか。ひとクラス分のスープを飲み干し、妊婦さんのようなお腹になるほど胃袋を膨らませてもなお余裕で微笑んでいられる雫さんですら、食べきれないと苦しむほどの夕食を作るママがこの世の中には存在するということなのだろうか。
「だから、私…おなか空かせて帰らないと夕飯食べきれなくて…その…お母さん、私が料理残すと、すごく悲しむから…」
あの日の雫さんは冗談を言っているようには見えなかったし、少なくとも雫さんがスープを飲み干したことは手品でもトリックでもない、この目で確認した事実だった。金属容器は確かに空になっていたし、雫さんのお腹はその分確かに膨らんでいるように見えた。
俺はそんなことばかり考えながら、週末を悶々と過ごした。下心と怖いもの見たさが入り交じったような感情があった。とにかくもっと、彼女のことを知りたかった。
「先週は……ごめん。また今日から、俺、お前の分の給食、食べてやるから……」
週末の間に重ねたシミュレーションの甲斐あってか、俺は練り上げた台詞を何とか噛まずに言い切ることができた。彼女は赤いランドセルを机に置いて、ちょうど筆箱を取り出したところだった。すらりと伸びた指に、ピンク色の爪がきちんと整って並んでいた。
「え……!? そう? そしたら……じゃあ、よろしく」
俺は彼女の顔を見ることができなかったが、彼女の言葉に険や気負いはなかった。彼女視点で人生を戯曲にしたなら「給食を代理で食べてくれる同級生Y」程度にしか俺のことは触れられないのだろう――そのくらいの軽い返答だった。きれいな指が滑らかに動いて、筆箱をお道具箱にしまった。
「それに……もしよければ……俺、雫さんが食べきれない夕飯も手伝ってやってもいいし……」
棒読みになったのか、投げやりになったのか、語尾が消え入るようになったのかは定かではないが、俺は兎にも角にもそう言ったつもりだ。雫さんが「えっ……?」と戸惑ったような声を発するのが聞こえ、人差し指が考え事をするように口元へ伸びた。ぷっくりした赤い唇と、真っ白なもち肌の間を、雫さんの人差し指が撫ぜた。
「なるほど……それもありかも。じゃあ、よろしくね。今日はお母さん収録だから……」
雫さんと目が合った。雫さんが笑った。とても、可愛かった。