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料理研究家の愛娘

古今東西、人はギャップに惚れるというけれど、しずくとの出会いもまさにそれだった。


夢見雫と湯本悠太--クラス替え直後に設定された名簿順の座席で隣になった彼女へ、俺は始めから良い印象を持っていた訳ではない。


語弊なきよう言っておくと、彼女の顔は最初から可愛かった。スタイルもよかったし、成績も悪くはなかった。ただ毎日給食を全然食べないのが、どうしても気に入らなかったのだ。


小3の4月に同じクラスとなってから2ヶ月間、彼女がまともな量の給食を食べたことは一度もなかった。ごはんもおかずも、ものすごく小盛りにしたり、牛乳を取らなかったり、誰かにお願いして食べてもらったりするのだ。それでいて午後になると、彼女は見るからにお腹が空いたような表情で元気をなくすのである。


隣席の必然で、彼女の給食を代わりに食べるよう依頼されることが一番多かった俺は、そんな彼女を見るたびにいらいらした。午後になってお腹が空くくらいなら、給食をちゃんと食べればいいのに。


「お前、なんで給食そんなに食べないの? ダイエット?」


と訊いても、


「ううん、全然そういうんじゃないんだけど…」


と少し困ったような表情で曖昧な回答が返ってくるばかりで、そんな回答は俺をますますいらいらさせた。好き嫌いが原因なら好きなものだけでも食べそうなものだが、彼女は満遍なく、いかなるメニューもほとんど食べないのである。自己流のダイエット以外に、女子がそんな風に給食を制限する理由があるだろうか?


「週明けから、給食週間が始まります。給食週間では、残しものが少なかったクラスを表彰します」


6月になって、残しものをゼロにしようと給食委員会から案内があった日も、彼女はいつものように俺へおかずを回してきた。俺はいつもなら受け取る皿を突き返して、彼女に少し尖った物言いをした。


「あのさあ。お前、ダイエットするのは勝手だけど、クラスに迷惑かけんなよ」


「いや…その…別にダイエットじゃないんだけど…」


彼女は長い睫毛をパチパチとさせつつ、少し困ったような表情で髪に手をやりながら曖昧に答える。


「じゃあ何? ダイエット以外に給食を残す理由があるってわけ!? え?」


俺は小学生男子特有のノリで彼女にたたみかけた。


「ダイエットじゃないんだけど…うちのお母さん、料理研究家だから…」


「あー、そう。料理研究家のお母さんが作る夕飯に比べたら、こんな給食不味くて食えないってか。あー、そうですか!」


「違う! そんなことない!」


「そういうことだろ?」


「違うの…その…うちのお母さん、料理研究家だから…ごはんたくさん作りすぎちゃうの…」


「はあ? それ、給食残す理由になってなくね?」


「だから、私…おなか空かせて帰らないと夕飯食べきれなくて…その…お母さん、私が料理残すと、すごく悲しむから…」


「何それ? どこの世の中に給食減らさないと食べられない夕飯があるんですかー?」


「だから! すごく量が多いの! ほんと、この班の給食全部合わせた分より、ずっとずっと多いんだから!」


「またそうやって、適当な作り話をで誤魔化そうとするー」


「作り話なんかじゃないもん! ほんとだもん!」


彼女は少し赤みのさした頬を膨らませる。


「じゃあ証拠見せてよ」


「証拠!?」


「毎日食べてる夕飯が多いなら、クラスの給食の残りとか、余裕で食えるはずじゃん」


「食べられる…けど…そしたらお母さんの夕飯が…」


彼女は困ったような表情で、若干うるみかかった大きな瞳をこちらに向けてくる。そんな表情に誤魔化されてたまるか。


「そんなの知るかよ。嘘だったと謝らないなら、ちゃんと証拠示せよ」


「嘘じゃ、ないもん…」


「じゃあ来週、給食週間でクラスに残りが出たら、お前全部食べれんの? クラスへの責任とれよな」


しばらくの沈黙。


「…わかった…じゃあ、食べるよ。食べきれれば納得するんでしょ?」


「ああ、納得する」


「じゃあもし私が食べきれたら、ここまで挑発してきた責任取って謝ってね」


「もちろん。まあ、お前に食べきれっこないけどな。何回でも謝ってやるさ」


その日彼女は、自分の分の給食を自分で食べ、夕方まで一言も俺とは口をきいてくれなかった。

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