第七話:俺は彼女を振り回す
「ミリア!」
俺も自分で驚くほのでかい声で、ミリアが吃驚する。感情が肉体を凌駕するとはこういうことだろうか。流していた涙が突然止まったのがわかる。
これまでの思いめぐらせたことを何度か心の中で繰り返しながら、そのことをミリアに伝えることにする。自分で意識した以上にでかい声が出たのは、今までのイライラをついでにぶつけてやるつもりでもいたせいか。
疑心暗鬼のまま長い期間を一緒に暮らすにはいろいろ負担がでかすぎる。どうせ取り繕っても、長く付き合うならいずれは本音はバレる。なら今どう思われても構わねぇ。バレるまでの間にガスが溜まるよりはよっぽど健全でスッキリする。
「思っていることを正直に言おう。人間誰にも悪意はある。俺をだますために、お前が演技をしている可能性もある。俺はお前に騙され、その事をコケにされ、あざ笑われるかもしれない。お前らに都合よく利用されてばかりのことを想像するだけではらわたが煮えくり返りそうになる。だがあえて騙されてやる。笑われるのを覚悟するということだ。その代わり本当に騙しているのだとしたら、しっぺ返しどころじゃない。持っている力のすべてを発揮して、お前とお前らだけに災いをもたらしてやる。演技で告白した作り話を、さらに輪をかけて現実のものとしてやる」
騙してなんかいません!
ミリアは正面から俺をそんな目で訴えてくる。もちろん俺はそんなことはおかまいなしに話を続ける。今までそっちの思いをこっちの感情を無視してさんざん叩きつけられたのだ。そもそもそっちしかわからない事実を初対面の相手に、簡単にわかってもらう方法などないしな。
「だがこれまで話したことすべてが本当のことで、俺に隠し事もなく、俺から聞かれなくても情報を伝えてくれるなら仲間になってやる。だから俺もそうするからお前も俺のことを呼び捨てて構わねぇ。対等な立場でなけりゃ仲間とは言えねぇ。ただ、ほかのやつらとは仲間としてまだ認めねぇぞ。俺のことをどう受け止めているかはわからんからな。もちろん味方ではあるだろうがよ」
ミリアは目をぱちくりしている。そっちのいろんな話しでこっちは腹くくったといのに、こっちの決意にそっちがついてこれないとはどういうことだ。
「聞いてんのか! ミリア!!」
「は、はいっ! 聞いてます!」
「……仲間欲しいって言っといてそのザマじゃ、そっちこそそれが本当かどうか怪しいじゃねーか。仲間に敬語使う気遣いが必要か?」
「は、はいっっ!!」
はぁ……ため息が出るわ。今度は椅子から飛び上がって直立不動になってやがる。
最初に呼びかけが突然だったから、こいつを固くしちまったか? ホントにこいつは・・・・・・。
「……お前……」
「は……うん……」
ホントにこいつは……。
「めんどくせぇヤツだな、ミリア」
「う……ス……スタンも……」
「あ?」
「すごくめんどくさい……」
こ……こいつ……
勝手に呼び出されて、勝手に名前を付けられ、勝手にこんな姿にさせられて、当然の権利を口にしたらこの言い返しようである。
そりゃ前置き長くて、自分でもめんどくせぇやつって自覚するけどよ。
ミリアはまたうつむく。やはり涙をこぼしているようだが、両肩が若干上下に動いている。はぁん、なるほどな。
「そんなに仲間ができたの、そんなにうれしいんか?」
語りかけるともなしに、思わず口に出た。
「え?」
「いや、なんでもない」
いちいちこいつに俺がいる意味を確認させるのは恩着せがましいよな。
その反応を俺がここにいる理由にするのも女々しいってもんだ。俺がこいつの答えを勝手に決めつけて、それを俺自身に対しての、俺が居る理由の言い訳に留めるだけで十分だろう。そしてその言い訳は、周りに言いふらすもんじゃねぇし。
「落ち着いたか? ったく……いつまでもまとめられねーじゃねーか」
「う……がんばるっ」
今までの気弱な表情が消えた。俺の心境を察したのだろう。引き締まったいい表情をしている。だが「がんばるっ」はどうかね。
「では改めて。お前がつけた名前の通り、スタンと名乗ろう。俺はお前専用の術具。だが俺には、お前のそばに居なければならない理由はない。」
え?! と驚く顔のミリア。いなくなっちゃうの?! と言わんばかりの表情。構わず続ける。
「だから俺は俺の意思でお前に付き添う。お前は望みをかなえるために俺が絶対必要だ。だが俺には拒否や拒絶ができる上、俺自身消える選択肢も持てる。それでも俺はこの世界にずっと残って、伝説の何かになるのも面白れぇかなってな」
自分で自分に嘘をつく自覚ってあるのな。俺は自分に嘘をついた。その嘘を本当のことだと自分に言い聞かせ、それをミリアに伝えている。
しかしそうとは知らない、驚きの顔をしていたミリアの表情が一変。顔から、いや、体中から喜びの感情があふれ出している。
そんな姿を見て、ある思いが俺の心の中でかすかに灯る。
ミリアが望んでいたことは、俺も誰かにしてほしかったことような気がした。だからミリアの望みを叶えることが、俺も誰かから望みを叶えてくれることに繋がるような気がした。
望みが叶ったときに生まれるであろうミリアの新たな感情を、その感情と共に成長していくミリアを見守ってみたい。俺がそうでありたかったから。俺にはもう叶えられない願いだから。
口に出さない限り、誰かに伝えない限り、本音を見つめ直すのも悪くない。
ここから俺の行く末は、俺の思い通りになることはほとんどないだろう。
もどかしい思い、じれったい思い、やりたいことやしたいことが思うようにできないもどかしさ。
そんな感情が常に付きまとうことは間違いない。ここから先の人生、そんな感情が壁になる。いや、壁なんて薄いもんじゃない。
嫌になったら消えてしまえば済むことだ。それですべてが終わる。
けれども
このかすかな灯火をどこまでも大きくしていきたい。そんな思いも否定できない。
そして、それらを乗り越える力の源は、きっとそこから生まれる。
周りの雰囲気に流されるのではなく、情に流されるのではなく、俺の中から常に湧き上がり続け、尽きることのない思いであれば、この世界でのそんな数々の壁を乗り越えられるはず。
たとえ彼女の話が嘘で、すべての力を落とすほど失望しても後悔することもないだろう。この世界から未練なく消え去る決断も下せるだろうから。
でも、できうれば本当のことであってほしい とも思う。




