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別世界でも誰かに振り回されている件  作者: 網野ホウ
第一章 俺は初日から振り回される
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第六話:俺は彼女の事情と心情に振り回される

「では私は失礼します。ミリア、正直に、そして失礼のないように。結果を問わず話が済んだら工房に一緒にきなさい」


「は、はい」



 ミスラスが退室した後、ミリアは俺から正面で見られる位置の椅子に座る。帽子をかぶり杖を持ち、全身を覆うマントのようなものを纏っている。何かの絵本で読んだような気がする魔法使いの姿にほぼ似ている。しかし……。



 気になる瞳の色。淵が青というか水色というか。中心は黒で周りが茶色。どこにでもある瞳の色かもしれない。が、何か思い出せそうな、気のせいのような。



……しばらくの沈黙。




「黙ってても始まらん。あいつはずっと俺のことを精霊と呼んでいた。俺は自分の名前を思い出せない。 そしてお前は俺に名前を付けた。賛同する、拒否するはともかく、呼び名はそっちに任せる」


「は、はい。スタンさん。その……ミスラスの言う通り、魔術ができなくて、普通の生活も自分の身に覚えがないんですけど、なんか、町の人達にちょっと嫌がられて……。普通に会話はできたりするんですが……」


「冒険者として生計を立てる方がややこしくなくて済む。だがほかのメンバーに見劣りする。釣り合いをとりたいためにあいつに依頼をした。その結果俺が呼び寄せられた ということだな」


「い……いきなり呼び出しして迷惑だろうなって思うんですが、でも役に立ちたくて、でもどうしても引け目に感じて……」


 単に引け目を感じてるだけなのか? それとも気が弱いだけなのか? だがあのときの叫び声の中に込められた感情は……。どこかで似たような叫びを聞いた覚えがある。いや、俺にも同じことがあったような気がする。

 おそらくは全く思い出せない俺の過去の中だ。


「さっきの悲鳴、悲泣慟哭というやつだ」


「え……」


「そうまでして術具とやらを求めるお前の理由は何だ? 俺にはここにいる理由はない。俺が決断してここに来たわけじゃないからな。そしてその理由を聞いても俺の思いはは変わらないかもしれない。だがさっきお前は俺を引き留めた。それほどお前には何か必死になる理由があるんだろう。それを俺に言わないならあいつに願ってとっとと俺は消える。いくら力が秘められようが、この姿のまま長生きしてもしょうがないからな」



「えっと……あそこにいた、トウジ、さっちん、ランス、マイト、わたしで冒険者のチームを作ってて、ファイヤー・クラックルって名前なんです。ファイクルってみんな縮めて言ってますけど」


 つくづく弱気な奴だ。うつむいて話し始めた。俺の耳が鋭くなかったら何度か聞き直しそうな小声だ。


「たき火のパチパチって音のことなんです。みんなで、大勢の人達を暖かくしてあげようって。それぞれ得意な分野が違ってて、結構みんなすごい腕前なんですよ。でもそれ以外はからっきしなので、お互いに足りないところを助け合って……」


「すごい の度合いが分からんな。そもそもこの世界のことはまったくわからん。わかるのはさっきまでいた工房と裏庭と、この部屋だけだ」


「あ……えと、町の中は平和なんですけど、町の外の森とか山とか、あと河原とかにも人間を襲う生き物が割といて、そんな生き物を討伐して、倒した後に残った物とかを採集したり、賞金掛かってる危険な生き物を倒して褒賞もらったりとかして生活してるんですけど……」


 そういえば冒険者って言ってたな。討伐する? そういう生き物もいる世界ってことか。


「このチーム、ずっと前からあったわけじゃないんです。一人一人別に行動してたり、誰かと組んで依頼受けたりしてたそうです」


「その口ぶりだと、お前が最後の五人目のメンバーということか」

 最後のメンバーはお荷物呼ばわりでもされたか? などと思わず口にしたくなる。


 だが今はそこまで突っ込んだ話をするほど親しい関係ではないし、こちらから歩み寄ろうとするタイミングでもない。

 俺も余計な口は控えて、とりあえずこいつの話の聞き手にまわるか。


「わたしが入る前は、とんでもない額の賞金を受け取ったり、数や価値が計り知れないほどの宝物で体が作られてる、とても強い幻獣を討伐したりしたそうです」


 金持ちになったか。ま、それ相応に鍛えた連中であり、そして結果が伴う努力をしてきたというわけか。


「自分たちの生活がままならないのに住民たちの生活の安全を守ろうっていうのも無理があるから、自分たちも含んだみんなの生活を、どんなことがあっても建て直せるようにって」


「お前はそんなに自信がないか」


「え?」


「うつむいてばかりだから聞きづらくてしょうがない。弱音を聞かされる為に俺はこの世界にきたのか?」

 本当は聞こえるんだが、しょんぼりしているのがうっとおしくて仕方がない。



「今言ったように、そのみんなが住んでいる所に、なぜか自分の居場所がなくなって……」


「居場所を作ってくれた仲間たちのために、術具で自分の力を何とかしようと?」


「それもあるんですが……それよりも、わたしもファイクルのみんなと一緒にみんなを暖めてあげたいなって……」


「居場所を作ってくれなかった住民たちのために何かする義理はあるまい? ましてや身に覚えがない事ならなおさら。『私が悪いんじゃないのに』などと抗議の一つや二つ、主張してから」



「 わ た し は ! 」



 いきなり俺の方に顔を上げ、力の入った声を俺に投げかける。

 かと思えばいきなり涙声に変わる。


「みんなと一緒に……笑いたいだけなんです……チームのみんなと……町のみんなと……一緒に……」


 なぜか心が痛む。昔自分にも当てはまるようなことがあったような気がする。つい自分の過去を探りたくなる。

 自分にとってそのことは重要だが、今はそれよりも目の前のこいつにどう対応するか決めることが先だ。


「何かをいつもしてもらってばかりだから一緒には笑えない。そういうことか。」


「はい。でも町の人からは避けられるし……。ファイクルのみんなは優しいから、身内には気にするなって言ってくれるんですけど、すごく申し訳なくて、すごくうれしくて、すごく悲しくて、……この術具の生成のことも……」



 同じ時間を過ごしていても、気持ちがみんなと共になければ孤独と同じこと。そばに人がいる分その思いは猶更強いということか。胸の痛みが止まらない。


「仮りに受諾したとしよう。彼らへの負い目が俺への負い目に変わるだけじゃないのか?」


 

 瞬間、自問自答していた。彼女を突き放すつもりでいた。彼女の意向を無視するつもりでいた。だが今、俺は受け入れることを前提の話をしてないか?

 


「ミスラスはわたしに、高位魔術の素養はあるって言ってくれました。術具がわたしを育ててくれる。わたしが術具を育ててあげる。この世界にいることが前提なら、苦楽を共にできる仲間になってくれるかもしれないって言ってくれました……。ファイクルのみんなはわたしのことを仲間として認めてくれてるみたいなんですけど、わたしからみたら恩人なんです。でも恩人としか思えないんです……。」


 話しの終わりが近づくにつれ、声が次第にか細くなる。そしてしゃくりあげながら付け足す。


「こんなこと……こんな気持ち……誰にも伝えられないから……みんなに……言えません…」


 めんどくせー女だ。


 だが、めんどくせー女になったのはおそらく、こいつのせいじゃない。



「俺を……術具が欲しいと言った時、理由は言ったのか?」

 

 涙をぬぐいながら答える。

「みんなの力になりたいって……仲間同士でお互いに支えられる力が欲しいって……みんなと一緒に町の人達を……」


 自分のことを嫌ってる相手を助けたい? 涙ながらに話すことか? 俺には理解不能で同意できない。同調できない。なんか綺麗すぎる話じゃねーか? こいつ、ひょっとして演技か? 俺は騙されかけてないか?

 ここまで聖人君子なヤツもいないだろう。でなければ筋金入りのお人好しか。話を受け入れる理由もないのに、その話に付き合っていたこっちの方がお人好しか。


 


 こいつの言うことの真偽を確かめる手がかりはない。今までのことを振り返れ、俺。確定している事実はほかになかったか?


 確かミスラスは、『見下したりしたら手痛いしっぺ返しがくる』と言っていた。そして裏庭での俺から放出された力。ミスラスの様子を思い返すと、明らかに全力ではなかった。なのにあれだけの力を発揮させた。もしあいつが全力であったなら……。それだけの力が俺にはあると言うことだ。ミスラスのあの言葉は間違いない。つまり俺はこいつにペナルティを与えることができる。



 俺の場合はミスラスの言によれば、俺はすでに死んでいる。そして現状、自由にならないこの体からして、ここに来た時点で居るも戻るもどん詰まりのデメリットからのスタートなわけだ。


 こいつの場合、演技だとして、俺がいなくなった後は、こいつの望みは何かはわからんが、断ち切られることになる。俺を好き勝手にいじってくれて、結局最後は俺が消え、何かを得られるはずが永遠に手にすることができなくなる。ザマーミロってなもんだ。


 じゃあ本当だった場合は? 俺がいなくなったらその後のことは今までと同じ。やりたいことができなくなる意味では損にはなるが、以前と比べたらこいつに特に損はない。俺が居続けるとしたら、こいつの切実な願いを叶えるばかりの未来しか想像できない。俺の方にも新たに生じるデメリットはない。


 ・・・・・・・・・


 俺はずっとこの世界に留まることができる というようなことを言ってたっけな。

 するとこいつがいることで、そして持ち主の後継者を見つけてもらうことで、俺はこの世界でずっと多くの功績を残すことができるだろう。

 俺の世界ではどうだっただろう? 何をしてたか知らんが、有限の命をもって、そんなに多くの人のために何かを残せたか?


 誰からも俺を認められないまま消滅するのも腹立たしい。過去を思い出せないまま消えるのも納得がいかない。

 元の世界に戻っても、どんな状態であれ、元の世界での俺自身を思い出すことができるかどうかは、ミスラスは明らかにしてなかった。

 しかし過去のすべて思い出せないかというと、そうでもない。現に欲求、回想、推理推測、自問自答すべて前の世界で身についた言葉で行っている。今後思い出せる可能性はゼロじゃない。



 ……いや、そんなことは俺にとって重要な事じゃない。



 いくつか思い当たっただろう? こいつの話を聞いて、俺もそうなんじゃないかって。


 前の世界で、こいつが感じた気持ちになったことは一回や二回じゃないだろうって。


 誰かに聞いてもらいたいことがあって、こいつは今まで聞いてもらえる相手がいなかった。


 俺も、そんなことがあったような気がする。

 そんな曖昧な記憶が、体験があった気がする。



 なぁ、俺。腹、くくってみるか?

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いつも見て頂きましてありがとうございます。
新作小説始めました。
勇者じゃないと言われて追放されたので、帰り方が見つかるまで異世界でスローライフすることにした
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