第五話:現状は彼女の事情に振り回される
俺は水風呂を浴びた気分だが、他はそうはいかないようだ。全員がミスラスからタオルを借りて体をぬぐい、衣類などは工房の暖炉で乾燥させている。
そういえば今更だが、俺はずっと素っ裸なんだな。恥ずかしさをまったく感じないのは、意識が紙鉄砲になりかかってるせいなのか。
「精霊殿、ざっと説明しますと、音筒は様々な音を出せる術具です。道具として音を出すだけということもできますが、それを目的として普段使われることは全くないでしょう。そしてこの世界には様々な魔法が存在します。それは呪文や魔力が込められたアイテムによって力を発揮します。ですがこの音筒、呪文ではなく音を発することで同時に魔力を発し、周囲に変化を及ぼします」
それで術具と呼ぶのか。
「私は錬金術がメインですが、体術や魔術もそれなりに身につけております。それでも先ほど軽くその力を音筒に込めて使用した結果がご覧の有様です。空気の流れを目的に術をかけましたが、使用する者の力次第で四大元素や天候、人体など、影響や対応が変わります」
術次第でこちらはいくらでも放つ魔法が対応し、目的に応じて作用できるというわけだ。
「持ち主がいくら術力があろうとも、音筒の力の上限以上の力を発揮させることはできません。そして音筒の最大の力は、使用者の能力や使用回数等の実践によるもの。能力増強に関するアイテムとの融合など。この二点です。これは普通の道具ではあり得ない事。精霊を宿した術具でなければこのようなことは起きません」
たしか希少なアイテムとかを使って作ったと言ってたな。となると術具自体もどこにでもあるような物ではなく、成長していく道具も滅多にないと言うことか。
「そして術具は簡単には生成できません。主体がどんな道具であれ、術具と化するためのアイテムはすべて希少なものですし、道具自体との相性もあります。生成する術師も、それで生計を立てているほどの経験者であっても成功するとは限りません。失敗したらまたゼロからやり直しです」
「それでさっきのあいつの拒否か。俺には関係ないんだがな。この姿でも俺にはとんでもない力が秘められ、さらにもっと伸ばすことができる というのはわかったが・・・・・・」
「はい、そしてそのような仕組みを持つ術具の活用の仕方ですが、普通、何か現象が起きる時に必ず音が伴います。音筒はその逆、つまり引き起こしたい現象があるなら、それに伴う音を出すことで現象を引き起こします。具体的に例を挙げるなら、落雷の音を出すことで落雷を呼び起こす ということです。人体の負傷した部分が治っていく際にかすかに出る音、それを再現することで治癒時間を短縮したり瞬時に治したりもできます」
音で人を治したり傷つけたり、何でもアリっぽいのもなかなかすごいな。
「で、その力を発揮する方法ですが、どんな現象を引き起こしたいかは使用者が決めます。引き起こしたい効果が発揮できるかどうかは、使用者の魔術の素養によります。治癒魔法の素養を持ち合わせていない者が治癒のために使っても効率はよくありません。あらゆる魔法の素養がないと、あらゆる場面で使用者が望む効果を発揮することができません」
「待てよ・・・・・・? 魔術を使えばそれで済むはず。なのに術具を使わなければならないということは、魔法の素養があっても魔術が使えない場合には有効ということか」
そういえばこれまでずっとミリアのことしか話題に上がってないな。トウジとかいうリーダーはその権限を発揮せず、ほかのメンバーが欲しがるようなことを言わないということは・・・・・・。
「依頼者であるこのミリアですが、まともな魔術師であるなら相当高位の魔術を使うことができます。彼女より上位の者は数少ないでしょう。ですが何らかの理由で使える魔術は低位の治癒関係のみ。ほかの魔法はそこの無礼者のマイト」
「無礼者は余計だ」
「横から口を出すな、マイト。マイトとともにアイテム頼み。彼女が一般人として町中で生計を立てるにも、私事の事情によりかなり難しく、仲間と一緒なら冒険者で何とか食いつなげるだろうということからです」
この錬金術師はこいつらをずいぶん肩入れして世話をやいているな。世話をやく・・・・・・というより、指南役みたいな感じか。
まぁ今の俺がどんなことになったとしても、こいつらに何かしてやる義理はない。長く悩んでたこいつに対しては、気の毒に感じる気持ちを持ち合わせちゃあいるが。
そして俺は、自分の死に恐れを感じていない気がする。むしろ家族に一目見たい気持ちの方が強い。例え俺に気付いてくれなくても。
そう考えると俺はこいつらに、存在を気付いてくれないことのつらさを教えてくれたことには感謝すべきだな。親しい者から同じことをされたらもっと苦しい思いをするはずだから。
・・・・・・こうして考えると、俺自身、今の自分が持っている命に執着してはいないということか。そんな俺が、この世界でこの力を発揮させていい理由もないし、発揮させる理由もない。
「あの……ちょっといいかしら?」
剣士のトウジと似たような装備の女だ。
「この子が名前を付けてくれたんだけど、肝心な名付け親と何の意見交換もしてないんだよね」
「さっちんにしては良い所に気づいたな」
こいつがさっちんか。
「こっちと会話するときはどっか必ず余計な一言つけるよね、ミスラス。」
「今の状況で一番優先すべきことは精霊殿の心を休ませることだ。精霊殿の言う通り、すべてが強制、すべてが一方的、しかも事後承諾。不安、恐怖、驚き、その他諸々の心境では、説明をうけて頭で理解できたとしても簡単には気持ちは落ち着くはずがない。それに比べて我々は貴賓を招待する側だ。招き入れてから打ち合わせをするような接待なんぞ失礼極まりなかろう」
「それは・・・・・・」
「だが一通り今の状況はお伝えした。お前たちのことやこの世界の説明、案内なども必要だが順番からすればそれは後回し。そして一番しなければならないことはそれで済んだ」
さっちんに言葉を向けたミスラスがまた俺の方を向く。
「どうか彼女の話を聞いてあげてくれませんか。客間にご案内しましょう。彼女も大勢の前では話しづらいこともあるでしょうから、二人きりでお話しされる方がよろしいかと。ミリア、来なさい」
再びトレイに乗せられ客間に、ミリアとともに案内された。客間のテーブルの上に小さいフォトフレームのようなものが置かれ、そこに俺は立てかけられる。