第四話:俺は俺の力に振り回される
俺は足が欲しいと思った。もちろんしゃがみ込んで落ち込みたいため。絶望のどん底よりも下がある。
俺の気持ちはそこにある。
「精霊殿、畏れながら申し上げたいことがございます。今精霊殿が身を寄せているその術具にお力添えをいただきたく存じます。彼らは冒険者チームなのですが、彼らの前で、契約外ではありますが、一度だけ、生成した術師としての私の下で示していただきたいのです」
「……術具? なんだそりゃ?」
道具じゃないのか?
「精霊殿のおっしゃる通り、本来は子供のおもちゃ……玩具にもならないものかもしれません。ですが、ここにいるトウジ……」
隣にいる剣士の男を指す。
「彼を初めとする以下5名の冒険者チーム、ファイヤー・クラックル。そのメンバーの一人、ミリアの切なる苦悩を解決すべく、長期にわたり彼らは希少な材料を採集してきました。そして私は生成調合に研究を重ねてきました。結果、能力を伸ばせば天下に名を轟かさんばかりの力を秘める術具の生成に成功したところです」
……ふーん……気まぐれやお遊びでやらかしたことではないってことか。
「契約者であるミリアもですが、彼らが精霊殿を軽んずることや、彼らが今後おもちゃなどと見下したり嘲るようなことがあれば、生成した私の錬金術師としての誇りでもって、精霊殿のその要望を叶えましょう。私とて片手間や道楽で時間を費やしたわけではないのですから」
「そりゃねーだ」
「黙れマイト。精霊殿に理解をいただこうとしているこの大切な時間だけは、誤解を招きかねない軽口をたたくこと許さん」
「っ……!」
ミスラスの忠告は俺にとって当然のことだ。そういえばこいつは俺寄りの立場も取ることもあるようなことを言ってたな。こういうことか。
ミスラスの説明の途中で口をはさみ、たしなまれて彼に従う軽武装のこの男がマイトか。そうまでしてミスラスに従うということは、この錬金術師もそれなりの人物ってことか。立ち居振る舞いもそれなりに弁えているようだ。
だがそんな話を聞いても、どこからも気力も涙も湧き出てこない。彼の話がどうであれ、俺の気持ちは前向きとは無縁になったようだ。
ただ、筋道を通そうとしているこの錬金術師の意気は買わねばならない気はする。
「……そいつらのただのお願いであるならば突っぱねることもできるだろうが、お前の今の立ち位置と、作業に取り組むお前らの姿勢を考えると無下にするわけにもいかない。いいだろう。一度だけお前に任せる」
「ありがとうございます。では場所を移動します。ここでは色々大切なものがありますので、裏庭に行きましょう。ちょっと失礼します。」
ミスラスにトレイのようなものに乗せられて運ばれる。チーム全員はその後ろについてきているようだ。
到着した裏庭の真ん中に噴水がある。工房の土地でなかったら、家族連れで散歩して弁当を広げても違和感はない。
だが今の俺は、そんな感傷に浸る気分ではない。
「で、俺はどうすればいいんだ?声は出せるから何か呪文でも唱えるのか?」
「いいえ、呪文は私が唱えます。それを聞こうとしなくても結構です。ただ、何か込み上がる思いがあるはずです。抑えきれなくなったらば、その思いを遠慮なく表に出してください」
そして俺の体の一部をつかみ振り上げる。見守る全員が音一つ立てずにミスラスを注視しているようだ。
そして静かに、よく通る声で唱え出すミスラス。
「地にたたずむ気は列を成し、高き空を目指して、強き渦となりて……」
体の奥底から湧き出す何かの力。それが全身を勢いよく巡りながら、次第に力が強くなっていく。同時にそのそれに比例して心地よさと苦しさが同時に感じそして最後の一言を大音声で俺を振り下ろす!
「 駆 け 上 が れ ! ! 」
瞬間俺の体から、声なのか音なのかわからないなにかがこみ上げ、体全体から発する咆哮になる。
それはミスラスが俺を振り下ろしたタイミング。
「ぐごごごごごおおぉぉぉおおおおおーーー!!!」
今までこんな大きな声を出したことがない。しかもその大声は口から出たものではない。全身を巡ったその何かの勢いによって、全身が真っ二つにするくらいの力に増大され、体のどこかから放出される。
大きな空気の渦が噴水の周りの地面の近くで起こり、辺りの草もその流れに沿って一斉に動く。その気流は回りながらやがて空に昇る。その流れに噴水と池の水が合流していく。
水がすべて舞い上がるまで空気の流れは止まらず、目では見えなくなるくらいの高さまで昇ったところでようやく空気が穏やかになる。
しばらくしてから、舞い上がったすべての水か噴水の池に落ちた。そのしぶきで俺も含めて全員濡れ鼠。
「な……なんだ今の……」
俺の身に何が起きたのか、目の前で何が起こったのか全く理解できなかった。水をかぶった後も、その力に呆然としたまま。
傍観していた5人も、濡れたままポカンとしている。
ふぅ、とため息を一つついたあとにミスラスが声をかけてきた。
「戻りましょう。精霊殿の体は撥水しますから滴を拭きとるだけで済みますが、私も含めてみんなも濡れました。乾かしながら説明します」