エピローグ:何もなかったこの世界でも、俺は喜んで彼女に振り回され続ける
俺は何時ごろからか、ずっとそこに佇んでた。
夕方か……夕日が眩しすぎる。
さっきまで真っ暗なところにいたような気がする。
誰かと会話してたような。大勢と一緒にいたような。一人きりでいたような。
長い間夢を見ていたような。ほんの一瞬だけ意識が途切れていたような。
目の前には井戸がある。なんでこんなに気になるんだ?すごくどうでもいいはずなのに。
そうだった。
親父は転勤族だった。お袋は専業主婦だから、家事でいつも忙しそうだった。友達ができる前によその地に引っ越ししてたから、遊ぶとなるといつも一人だった。
ブランコ、シーソー、滑り台。ジャングルジムに砂遊び。
どこも他の子供たちに占領されて、つまらない場所としか覚えていない。
そんな一人きりの俺がいられる場所の一つだった。だけどなんで井戸なんだよ。
まぁ好きなだけ冷たい水を飲むことができたからな。水道の水より美味かった。
つまんない思いでしかないけど、もう二度と帰ってくることはないそんな日々。
あの子供の頃よりも疲れてるんだな。何でこんなに疲れてる?
つまんないことばかりの毎日。早くこんなつまらない子供時代が終わってほしいと願った毎日。
けれども後になって気付く。
そんなつまんない毎日でも、大人たちに守られ続けていた毎日だったってこと。
やがて俺からもそんな日々は去る。守ってくれた大人たちは俺のそばから去ってゆき、守ってもらって感じていた温かさも消え、少しずつ「責任」というものを無理やり背負わされていた日々。
そうか。限界が来てたんだな。社会に打ちひしがれて、何もできなくなって。
それで仕事辞めて、故郷に帰ってきたんだ。
何かの役に立つだろう。誰かの役に立つだろう。
決意も目標も何にも持たず、ただ漠然とした毎日。
俺が成した仕事だったのに、俺が完成させたことだったのに
すべて誰かに持って行かれて、結局何にも残せなかった。
年老いた両親は何も言わず歓迎してくれた。
この先どうするのかを訊ねることもせず、職場でのトラブルを詳しく聞こうともせず
何も言わず、ただ喜んでくれてた。
何をするでもなく、そんな詰まらない子供時代のことでさえ、無駄に懐古するためだけに、散歩と称して家の近所をふらついてあの日々を再び手にすることができないことを改めて実感し、一緒に懐かしがる相手すらいないことを実感し
どこからこうなってしまったんだろう って
どうしてこうなってしまったんだろう って
何も悪い事してなかったよな? 大人の言うこと守ってただけなのに。
頭の中で渦を巻く。子供の頃の思い出と、社会に出てからの思い出が
交互に訪れ消えていく。
仕事のミスをなすりつけられ
珍しく業績を上げてもその功績は上司に獲られ
考えても好転することがない詮索を
改善するにはもうすでに遅すぎる詮索を、今この時ですらひたすらに続けた。
約十年くらいか? 随分無駄にしたもんだ。誰一人味方がいなかったな。
俺の中に何も残らなかったな。俺がどこにも残ってなかったな。
奇抜なアイデアを出して笑われて、気が付いたことを発言して笑われて。しばらくしたら、そのアイデアや発言が採用されて、発案者が上司や同僚だったなんてことは数えきれないほどあった。
何もできない人間にされてしまった。できることが何もない人間にされてしまった。
いや、何かができる人間であると思い込んで、真実を周りから知らされただけなのかもしれない。
でも、人生の始まりはさほどみんな変わらないはずなのに。
あの頃乗りたかったブランコに、大人になってようやく乗れた。
なにからなにまで遅すぎた。取り返すにも遅すぎる。
キィ…… キィ……
子供の頃もそうだったけど、社会に出ても思ってた。
誰かに守ってもらいたかった。誰かに温かくしてほしかった。
俺があの子にしてあげたようにっ!
けれど俺には誰からも!
……あの子?
何のことを思い出そうとしてた?
何かあったっけ?誰かに何かやってあげてたっけ?
キィ…… キィ……
ギィッ、ギィーッ
うおっ! いきなり背中押された! 誰だよっ!
振りむいた。
「こんにちは。お久しぶりです」
へ? だ……誰だよあんた。
白い帽子をかぶった女性のロングヘアが、穏やかな風にあおられる。
「覚えてない?子供の頃、ここでたくさん遊んだんだよ。────君、だったよね?」
「あ……あぁ、そうですが……どちらさまでしたっけ?」
なぜか出そうになる涙を無理にこらえる。
「堀田……美里亜です。忘れちゃった? ここの近所だったのに」
俺の名前を知ってる……でも、忘れたとか言う前に、あちこち引っ越しして・・・・・・。
俺はここに住んでたことがあったのか? 全く覚えてないのだが?
美里亜……
ミリア……?
なぜだろう……。その名前を聞くと、涙が出そうになる。
そしてどこかで見た記憶がある、水色の淵に囲まれた茶色の、吸い込まれそうな瞳───。
「以前……何かしましたっけ?」
なんだそのわけの分からない質問は。
「ううん。わたしがしてもらったの。たーぁくさん、いろいろしてもらったよ」
こんなきれいな人と何かをしたことなんてなかったぞ。あるとしたら子供の頃くらいか。
でも覚えてないんですけど?
「人様に何かしてあげられるような人間じゃなくてね。仕事もクビにさせられた」
帽子をかぶった女性。どこかでそんなのを見たような……。
「生きる希望を失いかけて、涙目になりながら昔を懐かしんでるところ。ところが懐かしむ昔もなかった。出る涙もなかったことに気が付いただけのこと。初対面のあんたに言う話でもないか」
「……両親を亡くしたわたしに、両親の代わりにたくさん守ってもらった」
いきなり重い話をした俺が言うことでもないが、そっちもいきなり重すぎる。
屈託のない笑顔を向けられても、ますます心当たりがない。けれど、人違いですよの一言が出ない。
「約束、してたんだよ」「約束……?」
「どんなにつらいことがあっても、支えてあげるって。一人になっても、そばにいてあげるって」
以前……どこかで……
「ようやく、会えたね」
その笑顔は、まるでこれからの俺のことを励まし、守ってくれるかのような────
了
初めて書いた作品でした。自分なりに完走できました。いかがでしたでしょうか。
設定はあるのですが、エピローグは一体どういうことかは読者の想像にお任せする方が楽しいような気がします。
小説初挑戦で長編も初挑戦。そして小説家になろうへの投稿ももちろん初挑戦。初めてづくしでした。
四月二十五日から本日五月三日までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
感想はいつでもお待ちしております。
一人打ち上げかな。うれし泣きで、ミリア並みにすごく泣きそうです(笑)。




