第三話:俺はこれから道具として振り回される
その轟音は5分くらい続いたかもしれない。1秒も続かなかったかもしれない。
静寂が訪れる。いつの間にか、目を開けられそうなことに気が付く。
ゆっくりと目を開く。
初めて見る天井。むき出しの梁から下がっているいくつかのランプ。周囲を見渡そうとしても首を動かせない。いや、身体全体が動けないまま。
「な……なんだったんだ、今の音は? ……それと、ここは……どこだ?」
今まで出せなかった俺の声に、俺自身が驚く。
いつの間にか口を開くことができた。
一瞬の間を置き
「しゃべった?!」
杖を持った、身体全体にマントのようなものを羽織った女。
しゃべるのは当たり前だろうが!今までがしゃべられなかったんだよ!!
「なんだこれは?!」
この中で一番の重装備の大柄な男。まるで俺を観察するかのような顔。
これってゆーな!!
「目が開いた!!」
剣を腰に携え、防具を身につけた兵士と言った感じの男。
今までが何も見えなかったんだよ!!
「ウソおおぉぉぉ!!」
その剣士と似たような装備の女。
頭ごなしに人に向かってウソ言うな!!
「すげえええぇぇ!!」
腰のあたりに色々とバッグのようなものを身に着けている、一番軽装備の男。
目は見えるし口も利けるのが当たり前だろうが!!
奴らが驚いているのは間違いなく俺のことだ。だがこいつら、いちいちうるせぇ。こっちは普通に見るし、しゃべるし。それが今までできなかったことが異常だったんだよ!
どうやらどこかに横たわったまま動けなかったらしい。奴らは俺の周りにいて、全員俺のことを見ていた。
のけぞっている者、興味深くのぞき込む者、それぞれ反応は違うが驚いていることには間違いない。
その輪の外から一人、ゆっくりと口を開く。真っ先に印象に残る、長い銀髪と痩躯の長身。
そうか、こいつが……。
「突然のこと、そして同席の者どもがいきなり騒ぎ出して申し訳ありません。ここは私の錬金術の工房。私はここの主の……」
「ミスラス、だな? お前」
今までの情報を整理する。今の状況では俺の疑問のほとんどを正確に答えてくれる唯一の人物であることに間違いはないはず。
「ご慧眼、恐れ入ります」
「まずここはどこだ? 俺はどこからここにきたんだ? ここはなんなんだ? 今はいつだ? それと、なぜ俺は今まで何もできなかった? しゃべれなかったし、何も見ることができなかった。なぜ今まで俺のことを無視していた? 聞きたいことは山ほどある。なんせ今までの記憶がないんだからな」
「はい、改めて自己紹介を。錬金術師のミスラスと申します。お見知りおきを。とりあえず今はあなたのことを『精霊殿』と呼ばせていただきます。まず……ランス、その鏡を取ってくれ」
精霊?! 俺が精霊だと?!
俺のことを今までずっと無視していたと思ってたが、実は話題の中心は俺だったってことか?!
一体どういうことだこりゃ?!
「この手鏡のことか?」
ミスラスよりは若干背が低い、重装備の男が反応する。こいつがランスか。
「あぁ。……どうぞご覧ください。このようになっております」
!!!
俺自身のことは何も思い出せない。だが自分がいた世界の情報はしっかり記憶している。
これって…………
鏡に映っているこれって……
おま……これ……
「か……か……
紙 鉄 砲 じゃねーか!!」
鏡を見ると気味が悪いものが映っている。
紙鉄砲の柄に片目と口がある。耳と鼻の位置は不明。
俺が口を開けると鏡の中の物体の口を開く。目を動かすと鏡の中の物体の目も同じように動く。
目をつぶると……何も見えない。自分の事のような、他人の姿のような。
いずれ、気味が悪くて仕方がない。随分人の体を好き勝手にしてくれたものだ!
そういえば元の世界で死んでしまったとか言ってたな。マジかよ……。こんな姿、断固拒否すると本心から伝えれば、即、死につながるってのか。どっちにしても絶望だろ、こんなの……。
「音筒だぁ?! シャレた名前つけてごまかそうとすんじゃねぇ!!! 何が道具だ!! ガキのおもちゃにもなりゃしねぇ!! 握りしめられたら一瞬で終わりじゃねーか!! しかも簡単に作れるだろうが!! すぐお払い箱のゴミ箱行きじゃねーか!!」
うわっ……! ぺっ!!!
ありったけの力の限り絶叫したせいか、天井から埃が舞い落ちる。天井を向いている俺の目と口の中に降りかかる。それを払う両手はもちろんない。
あまりの情けなさで、泣きたいのを通り越して笑えてくる。
目が開くまでのミスラスの説明を思い出す。生きたくても生きることができなかった代償として、この世界に召喚され、物として……。
道理で呼吸の必要もなく、心臓が動く感じがしなかったわけだ。
死んだほうがましだった。
消えることはない。燃えない濡れない破れない。
自分が消えてしまう恐怖からは逃れられたが、だからと言って苦しみや痛みが伴わないわけじゃない。むしろ感覚は鋭くなっている。普通にまばたきするし、埃が落ちてきてこの反応だ。そして一人で移動もできない。
もう何もやる気も起きなくなった。こんな姿になっても、心に傷を負うんだな。
「ミスラス。今からでも元の世界に……」
「だめーーーーっ!! お願いだからそれだけはしないでーーー!!」
うるせぇ! 耳がどこにあったかは鏡では確認できなかったが、鋭くなった聴覚に慣れねーうちからそんな絶叫聞きたくねーわ! いや、慣れてしまうような生活もしたくねーわ!
絶叫の主は杖を抱えた女。こいつか!! こいつが俺の災いの元凶のミリアか!! なんでこんなこと一方的に押し付けられて、しかもその相手は俺なんだ!
こっちはこいつに付き合う義務も理由もない。幽霊とかだったらまだ納得できる。そりゃこの世に心残りや、死にたくないという気持ちは確かにどこかにあったんだろうよ。
だが永遠の命なんてのは、自分の意思通りに行動できるからありがたいんだ。
てめえの都合を押し付けてくるんじゃねーよ!
「俺にはお前の、お前らの気持ちなんざわからんし知ったこっちゃねぇよ! 精霊を宿したっつったな? その精霊になるやつは俺じゃなくても問題なかろうよ。誰かにバトンタッチすりゃそれでいいじゃねーか!?」
「申し訳ありません、精霊殿。一度精霊が宿った道具には、精霊の代理はいませんし、その物自体も消えます」
「だが元の世界に戻せるっつってたな? 俺はそれを希望する!俺の世界で命も体も失っても、体を好きに動かすことができない今よりはマシだ! こっちからそっちに要求することなんざ一つもねーしよ!」
絶叫した杖持ち女は、俺の叫びを聞いてからはうなだれたまま。ほかの5人は何も言葉を出さない。
俺、ホントどーすんだよ、これ……。




