第十二話:俺は歓迎されてる間も振り回される(下)
「ごめんね、みんな。途中で席空けちゃって……ってなんでないの?!」
残っている料理がミリアと俺の席の前にあるだけ。そんなに長く席を外してないはずだが?
「みんなで食ったからに決まってんじゃん。ミリアの分まで食うほど意地汚くはねぇから安心しな。トウジが追加の注文済み」
健啖家って言うんだっけ? へそが見えてるさっちんのお腹が……食う前とそんなに変わってないのに……。視野が広いと、じろじろ見なくても視界に入るから便利だ。それにしてもみんな、まだ食べるつもりでいるようだ。
「やっぱり足りなかったんだ」とミリアが苦笑い。
苦笑いで済ませられるこいつらの懐事情と腹事情について詳しくっ!
「まず地域のことだが、ここらはリースフィード郷と言うんだ。ここはイーティカルという……町でいいよな? なんだが、この町のほかにも町や村があって、郷とはその一帯の地名のことなんだ」
席についてミリアが飲み物を一口飲んで落ち着くと同時にトウジの説明が始まった。
「最初に出会ったのは子供の頃だった。ミスラスが学校みたいなことをやってて、先生をしていた。生徒は三十人ほどか?家族なし、金なしとか、普通の学校に通えない子供相手に勉強教えてくれてた。俺とランスは六才だったな」
「懐かしいなオイ。途中から入ってきたら途中で辞めたりするガキも多かったな。俺とさっちんは途中からだった。トウジとランスは最初から最後までいたんだよな?」
「そうね。トウジとランスに一代期以上遅れて入ったのよ。ミリアはミスラスが学校辞めるちょっと前に入ってきたかな。四才だっけ?最年少だったよね」
代期? なんだそりゃ。年は……俺の世界と同じ単位か。
「代期っていうのは期間のことだよ。一代期は十二周期に分かれてて、冷暖の『陽・地・水・火・風・陰』六周期ずつ。今日は暖火の十三で、先王歴……四十五代期だね」
ミリアの解説で思い出した。元の世界では何年何月何日という言い方だったな。年が代期、月が周期。何日という表現はないのか。
「それでもわたしは三代期くらいいたよ。でもあのときはまだ小さかったから、みんな何やってんだろ? としか思えなかった」
今から十四代期くらい前だよ とミリアが付け足す。じゃあ……ランス、老けて見えるな。
「ミスラスにはホント感謝してるよ。学校辞めた後、学校ごっことか言いながらほかの何人かと一緒に生徒になってたから。センパイの四人は卒業して冒険者になっちゃったからしばらくは会わなかったけどね」
「センパイなんて久しぶりに言われた」
照れ笑いのトウジ。
「冒険者になる前提で通ってたから、それに必要な知識だけは教わってた。一般常識だけ覚えても食うには困ってたかもなぁ」
ただの学校じゃなかったのか。マイトの思い出話で何となく様子が分かる。
「我々は個人で依頼受けたり国からの告示とかで仕事を引き受けたりしてた。ほかの冒険者とコンビ組んでは別れ、チーム組んでは別れの繰り返し。いつからか四人で行動するようになったな。ミリア加入前の話だ」
ランスは口数が少なめの印象だが、なんか堅っ苦しい口調だな。
「でもその中ではあたしが最後かな?あんたら三人の、攻撃もう一枚募集の告知があってさ」
「あの時はさらにもう一人人材が欲しかった。さっちん一人で賄えたのは幸運だった」
「さっちんいなかったらどうなってたかわかんなかったもんなー。つか、誰か一人欠けただけでも終わってたんじゃね?」
「四人で動き始めてすぐから連携が上手くできたりした。で、ファイヤー・クラックルを結成したんだが、それから間もなくか? とんでもない幻獣退治をしてな。魔法がかかってた宝石が集団で固まってて。ドラゴンの形して、生態もそのものだったな。誰か欠けても倒せなかったし、人数がいれば倒せる相手でもなかった」
「でも倒した直後に見た宝石の山見たら……なぁ。あん時は金持ちになれるチャーンスッて思ったんだけどさぁ」
「ドラゴン相手のつもりだったが、生態不明の魔法生物と判明した時にはさすがの俺も慌てた」
「ランスが慌てるなんて、畑で魚が釣れるんじゃないかってレベルだよ」
さっちんが苦笑い。
「金持ちになったんだろう? ミリアから話を聞いたが」
「ところがどっこい、世の中うまい話ばかりじゃねーんだよ。たくさん金を持ちました。じゃあそれ、日常的に実際どう使う?」
「装備新調ってレベルじゃなきゃ、土地を買って……人を雇って食料生産して……」
「うむ、いいセンだ。だがそれでも余ったら?」
こんなクイズは嫌いじゃない。
「衣類や食料だろうな。あとはさらに土地を買って地主になるか。まだ余るなら、村……国……まだ余る? あ……まさか……」
「そうなんだよ。それでも余るほどの宝石の山、山、山……。スタンは宝石の価値についてどう推理する?」
どう思う? と聞いてこないところにトウジの心遣いが感じられる。俺の世界にも宝石は確かにあった気がするが、どう使われてたかはぼんやりとしか思い出せない。
「まずそこらの石ころとは違い、数が少ない。希少価値だな。それから強度ってのがあるか。加工できれば美術品にもなるか。鋭利な部分があれば武器にもなる。煌びやかなイメージがあるからアクセサリー。そして変化が起こりづらいから価値の劣化も少ない。通貨代わりにもなる」
「だいたい合ってるな。ところがたくさん持ってるからって一気に贅沢すると、一度にたくさん出回ることになる。当然希少価値は減る。価値が下がるから通貨の役目もどうかな? 加工の技術は高まるだろうね。でも美術品などの価値も当然下がる。武器としての価値はそうでもないかな? 丈夫であれば値は下がらないはずだから」
「ところが常に出回り続けるわけじゃねぇ。加工して小さくなれば目に見えなくなるし、所持品であって生産品じゃないから出し尽くしたら今度は価値が急騰する。出回る量が増えることがねぇからな。加工技術を発揮する機会も減れば、それを活かす場もなくなり、技術職人は食うに困る」
「価値の減少から高騰だから、そこから利益を生み出す人もいるでしょうね。でも物質量にくらべて情報量が多くなると、損をする人も増える。生産量から生まれる価値を上回る物、つまり討伐した幻獣から出た宝石をホイホイと市場に出すわけにはいかないのよ」
「となると、欲しい装備があるからと言って、片っ端からその宝石などで買うことも、長い目で見れば住民の得にはならないということか」
みんなからの説明で、彼らが優雅な生活を送らない理由はわかった。
「じゃあその宝石なんかはどう処分するんだ? 表ざたにできない高価な品を持ってる連中ってかなりヤバい存在だろ」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。マイトより毒舌なのね」
「なんでそこで俺がとばっちり?!」
「ほかに利点はあるの。それは魔力を宿しやすいってこと。ランスの防具の裏側にはその宝石の数々を埋め込んで、魔法攻撃の防御にも耐えられるようにしてるし、わたしの魔法杖も加工されてるの。わたしには魔法使いの素養があるらしいから、一見わたしが魔法を使ってるように見えるけど、実際はこの杖の力ってわけね」
「お前、ミリアじゃなくてサギって名前にしろよ。魔法使いサギ。かっこよくなるね、うん」
「さらに毒舌すぎる」
ミリアは顔を真っ赤にする。怒ってるのか笑いをこらえているのか。俺としては後者であってほしいし、ランスの一言は高評価と受け止めたい。ほかの三人が爆笑しているのだから。
「ほ、宝石に嫉妬する術具の精霊ってどうなんだろうねっ。スタン。」
顔を真っ赤にしたまま俺に言い返すミリア。
そういえばこいつらにとっての俺の属性は精霊だったな。って、さらに爆笑が続いてる。無表情がちのランスですらフいてやがる。
俺が嫉妬するのは杖よりもお前の切り返しのセンスにだぞ、ミリア。
「そっちは道具。こっちは術具。希少価値ならこっちが上だ。比べるまでもない。だがミリアが老人になったらそっちの立場が上になる。世界一丈夫な杖だろうからな」
「お前ら冒険者より漫才コンビの方が有名になれるぜ。王家お抱えとかな」
爆笑しながらマイトが突っ込む。
「いいコンビだ」
「あたしらが独占したいよむしろ」
「いいのかこの流れ。説明が全く進まないのだが」
何とか笑いを抑えるトウジ。リーダーも気苦労が多いこった。
「そういえばお前ら、ファイヤー・クラックルっつったか。ミリアからいくらかは聞いたが改めて聞こうか。このチームの目的は何かあるのか?腕を鍛えるとか高貴な身分になるとか」
「この町……いや、郷でいいか。その人々の暮らしに安心をもらたすってとこかな」
「畑とか多いだろ?やっぱ生きていく上で食料は大事なわけよ。そして住む所と身につける物も大切だし、作り出す技術もそうだ。この郷全体はそんな生産者が特に多い」
「栄えてる地域から、のんびりしたいゆったりしたいって人も客としてくることが多いのよ。そんな人たちが幻獣たちから襲われるって、そんなの気の毒すぎるし」
「我々は、住民がしなくていい苦労を請け負うようにしている。我々もなるべくその報酬で生活をするということだ」
リーダーからの説明だけで十分のつもりだったがメンバー全員から説明を受けるかたちになった。ということは全員の意見が一致しているということだ。仲違いがない、しっかりとした信頼関係が築かれているのがわかる。
「ミリアからも軽くは聞いた。誰かのために動くということには好感を持てる。その方向性に同意したこともあってミリアも加入したというわけだ」
「うん。でもわたしの場合はね……」
「力不足は否めない。そこで術具の依頼をして……ということだな」
「んと、術具の依頼した理由はそれだけじゃないんだけどね……」
おそらく自分の居場所を作るためだったのだろう。言葉を濁していると言うことは、それを知られたくないということかもしれん。
「そうなのか。だが全員から世話になるつもりはないがな」
「え……?」
「当たり前だろう。世話はミリアがするんだろう? 世話に抜かりがあるようでは持ち主失格だろうが」
「そりゃもちろんそのつもりだから。よろしくね」
その言葉に続くように何か食べ物を千切って、はいどうぞといわんばかり俺の口の前に差し出す。
「口に合わなかったら吐き出すかもな」
「はい、じゃあこの紙に出してね」と自分の膝元に敷く。
「口に合ったって、喉につかえたらまずいだろーよ。こいつなら届くだろ」
俺の口元にストローの先を寄せてくるマイト。
つくづく思う。過去のことを忘れているのにこれが何て名前なのか目の前に出されると思い出せる物も数多い。さっきのグラスもそうだったな。
「今食った物は……パンに似てるな」
「思い出したの?!」
「自分の思い出と直接絡む記憶は戻らねぇ。俺個人の特有の事柄は思い出せず、一般的な差し障りのない物事なら思い出すって感じだ」
「なんだ。残念。」
「ミリアのほうががっくりしてるって逆じゃないの。ほかには何か思い出さないの?」
「ないな。手ごたえゼロだ。ここに来るまで何度か他愛のないことを思い出すことはあった。その度に自分のことを思い出そうとしたけど、同じ感触。空振りだ。ま、積み重ねるしかないな」
料理名はわからない。が、肉類野菜類魚介類というのは見てわかる。今食べてる物さえ予想できて、その予想通りの味ということは……。
「まぁ、悪くないな。あとは量次第だが」
「じゃあこれも試してみて。おいしいよ」
いやちょっと待て。ミーティングはどうした。
「で、我々はここの宿を拠点としてる。宿泊費として宝石の物納でも支払い可能というわけだ」
お、おぅ……ランスはランスでマイペースだな。
追加で注文した料理が届き、食事会も再開する。
「確かに以前は、金持ちになりたいとか思ってたことはあったけど、あんな宝石の山を手にしてからはなぁ」
「盗難に遭ってもまずいことになるから異空間倉庫に置いといてるけどね」
さっちんから初耳の言葉が出る。
「どこからでも出し入れできる倉庫を生活空間じゃないところに作るのさ。必要な分だけ引き出して、絶対贅沢はしない。急ぎの必要経費だったらそこから出すけどね。出し入れの制限なしの容量限界なし。当事者以外手は出せない。安全で便利だよ」
「家は買ったりしないのか?なんでずっと宿に泊まってる?」
「集まるまで時間かかったり、一人暮らしになったら部屋持て余しちまうし、掃除とかもしなきゃなんなんねぇよな」
「所帯持ったら宝石の山の件がバレてしまうしな」
「冒険者としてはこの宿にずっといる方が仕事しやすいのよ。」
「依頼が必ずしもここだけではないからな。長期の出張になる場合、自宅の管理が難しい」
なるほどね。持てなくはないが管理が難しくなれば持ち腐れになっちまうか。
「じゃあ町や村単位で防壁作ったらどうなんだ? 採集する場所込みで。住民の安全確保ならそっちの方が楽なんじゃないのか?」
どれほどの価値をてにしたかわからんが、経済が崩れるくらいならそれくらい問題なさそうな気がするが。
「維持も意外と経費が掛かる。ずっと続くわけだからな。それに外界との隔たりがあると、新規の採集場所を見つけづらくなる。外界に何があるかを知る機会も減る。危険な場所は当然増えるが、利益をもたらすものとも繋がらなくなる。幻獣がすべて消えるわけではない限り、襲ってきたときの対処法も必要になるしな」
「対処法を得るには、まずどんなやつらがいてどんな害を為すかってことを知らなきゃなんねぇ。それに冒険者はほかにもいる。通常は中で仕事してたりするけど、いざとなると頼りになるし、そんな彼らの糧にもなる。食用になるやつもいれば、アイテム落とす奴もいる。ある意味俺たちも含め、生産者とも言えるんだ。連中はどっから湧き出てくるかわかんねぇけどな。今んとこ、凶暴な動物扱いだな」
「生産業ならば、冒険者も農家とかと変わらないのよね。誰の手にも負えないほどきつい依頼ならあたしたちも受ける。でも誰でも引き受けることができそうな依頼はほかの人達に任せる。上から目線ぽいけど、冒険者の人達みんなに仕事が行き渡るように、影から調整してるってわけ」
時々目の前に出される料理をぱくつき、のどを潤しながら、みんなからの説明を受ける。
「全地域に危機が訪れるとか、幻獣とやらの殲滅とかのお触れが国から出されるなんてことがあったりするのか?」
「人の踏み入ることができない場所に棲息はしているが、人気のある所には出ることはほとんどない。逆にそんな場所に行かないと手に入らない物はある。いずれ国から何かの指令が下されるとかってのはまずないな。だが……」
「ここ、イーティカルの危機の時は国から避難勧告とか出たけど、国からは援軍は出されなかったのよ」
「その話は後日、ミスラスも交えて話をすべきだ。俺たちが知らないこともあるしな」
食ったりしゃべったり聞いたり、口がよく動くもんだ。追加の料理もなくなりつつある。俺は別にどうでもいいが、ミリアからのオススメってこともあるし交流手段の一つでもある。とりあえず流れに乗るか。にしても満腹には至らない。腹が膨れる感触もないが、空腹感もない。
「泊まる部屋は基本的に個室。ただチームで行動することが多いから大部屋を使わせてもらったりすることもある」
「個室の方が料金は高い。だが贅沢はしないからいきなり貧乏になるこたぁない。それでも俺たちゃ冒険専業チームだから、依頼がなきゃ手持ちが心もとないときもある。倉庫のやつには生活費程度ならお世話になることもあるけどな。ま、他にバレねぇ限り無一文でも丸十代期もつかな?」
「他に知りたいことはあるか? 海の外については詳しく知らないから教えられんし」
「あたしたちも行くことがないからそこまではいいんじゃない?」
「俺だけ留守番なんてことがなきゃ、日常に関係しなきゃどうでもいいさ。この食事も十分味わったしまぁそれなりに有意義な時間だったよ」
「じゃあ今日はいったん解散するか。アイテム補給なんかは倉庫使っていいから。そういえばランスの装備の新調とかは? サイズが合うものが滅多にないからできるうちにやっとくべきだが」
「今のところ問題なし。倉庫の世話は必要ないな」
「じゃあスタンのことはミリアに任せる。あとはいつも通り、気になる依頼があったら全員に通知すること。明日は朝食の時間終了後三十分後にロビーに集合。必要なことがなければミスラスのところに改めて例の件について話を聞きに行こう」
「「「「了解」」」」
カウンターにしよう終了を告げに行くトウジに同時に声を掛ける。ほかのメンバーは思い思いにロビーから去る。
時間はここでも分単位か。
「ミリア、俺には一つ心配事がある」
ロビーから部屋に向かおうとするミリアに声を掛けた。




