第十一話:俺は歓迎されてる間も振り回される(中)
カーテンをしっかり閉じたあと机の上に俺を乗せる。
「何か、思ってることでわたしに言ってないことあるよね?」
いきなり本題に入るほど、気持ちが強くなったか?
「お前に言う義理はないと思うが? 俺はお前の力の発揮する術具で、その見返りとしてお前の力を借りてあちこちに移動する。堅苦しく言えば取引だ。柔らかく言えばプラスマイナス。つまりトータルでゼロにならなきゃ対等じゃないし、対等じゃなければ仲間じゃない。」
俺の理論は合ってるはずだ。そっちの要求に巻き込まれたんだから。そのことも言わなきゃならない。だがその前に伝えるべきこともある。
「そして俺はお前の助けにはなるつもりだ。それこそ貸しになるくらいにな。だがその見返りは求めるつもりは毛頭ない。でないと仲間とは言えないからな」
俺が腹をくくったんだ。俺が決めたことだ。だからこそ。
「だが借りを作る気はない。仲間を欲しがり、それに取り組んだのはお前だからだ。その努力は報われるべきだ。その巻き添えをくらって、それを拒否していたのは俺だ。その俺には───」
「スタン!」
こんな強気になるやつだったか? ミリアの語気の強さで途中で言葉を止めてしまった。涙目になってやがる。お前の泣き顔は見飽きそうなんだがな。
だがまた───
なぜかまたミリアの瞳が目に入る。今度はちょっと切ない気持ちが伴った。今はこいつへの対応が重要な場面なのに───
いかんいかん。
つか、隣に聞こえるだろ。何のための二人きりの客間の会話だったんだよ。
「わたしが仲間がほしいのは合ってる。でもね、借りだの拒否だの……そんなの仲間に使う言葉じゃないでしょ? つらいときにはつらいって言ってほしいの。何もできないかもしれないけど、言ってもらわなきゃわからないし何かの力になってあげたいし! なりたいし!」
やっぱお前の方がめんどくせぇわ。俺にはお前に頼る理由が……
「わかるもん! 今までわたしがそうだったから! 言いたくてもあの人達には言うべきことじゃない、言っても困らせるだけだろうって!」
もちょっと声抑えろよ。隣に聞こえんぞ。
「そのときにね、いつも鏡見て、自分の顔に向かって、周りに言えなかったこと言ってたりしてたんだ……」
おう、そんくらいの声なら大丈夫。聞こえないぞ、うん。
「スタン、あなた目は一つだけだけど、スタンのさっきの目と、それから工房から出た時の目、あの時のわたしとおんなじ目してたよ」
なっ……!!
誰にも触れてほしくない、理解してもらいたくもないミリアへの『うらやましい』の感情を、よりにもよって本人に知られた?! 一瞬だったのに?!
それとさっきのぼんやりしてたときとおんなじって。
「ごめんね」
謝ってもらったってしょーがねーよ! しかもまだ泣いてやがる。意表を突かれてばかりで対応できねぇ。俺はこいつの───。
「さっきはずっと自分のことばかりしかしゃべってなくて、スタンのこと全然聞かなかったも
んね。わたしから聞かなきゃいけなかったんだけど……」
「スタンも、辛かったんだよね?」
「思い出話も昔話も持ってない俺から、お前に話すことなんて───」
「思い出せると……いいね……。それで戻りたくなったら一緒に行ってみたい!」
涙が流れたままミリアは俺に笑顔を向ける。だがそんな言葉と顔で手なづけられる単純なヤツと思われてるようで我慢ならん。
「俺に対する同情か? 哀れみか? そこまで俺に何かしてくれる……」
「スタンはわたしの仲間になるって言ってくれた! わたしもスタンの仲間になりたいのっ!」
声が出けぇぞ。それと理解不能だ。そこまで入れ込む理由が分からん。
「お前、一体どうした? 急に感情的すぎんぞ。声でかいと隣に聞こえんぞ」
「わかってるんじゃないの?」
「何をだ」
「わたしのこと見なくても、わたしがどう思ってるか、どう感じてるかとかわかるでしょ?」
感覚が鋭くなったからな。意識が戻ってからずっとそうだった。
「わたしもスタンが何考えてるか、大体わかるようになったよ。ミスラス言ってたでしょ? 添い遂げるって。おそらくこういうことだと思うんだ」
はぁっ?! 何言ってんだ? だから結婚生活みてーな話すんな!
「多分契約したからだね。わたしのことをスタンはわかってくれてる。そのことをわたしが感じ取れるの。だからスタンもそうなんじゃない? 本音とかが何となくわかる気がするの」
プライバシーの侵害は困るんですがねぇ? ミリアさん?
「だから……細かいとこまではわからないけど、苦しんでるのはわかるよ」
苦しいっつーか……言いづらいことっつーか……。
「あとね、スタンは今まで願いを叶えてもらったことなかったから、スタンに願いを叶えてもらってるわたしがうらやましく思ってるの、なんとなくわかった」
ミリアを思い切り睨む。そんな気持ちを持ってる俺自身ですら、それは醜悪な感情であることを自覚しているからだ。そんな気持ちを持ってる奴を無条件で嫌悪するヤツもいるし、それで自己嫌悪に陥るヤツもいる。だから俺も、自分を見つめ直すことも避けたい気持ちもある。それが他人から見られたくない心の闇ってやつだ。なのにこいつはずけずけと。
「お前なあ……触れていいことと悪いことがあるってのがわからんか?」
この世界に来てから何度はらわたが煮えくり返りそうになっただろう。ここでもそうだ。しかし。
「スタンもわたしにそうしたでしょ! しかもそれを本人を前にして堂々と口にしたじゃない!」
俺の視線を真正面から受け止めやがる。
「わたしも自分の嫌なところスタンに見られてたんだよ。ファイクルで何の力にもなれてないって。無力だってスタンに知られちゃった。少しくらいは力になってるって信じたかったけど、本当は何にもなってなかったって。スタンにいろいろ押し付けた方だから何も言えない立場だし。でも何でも言い合える仲間になれるって思ったんだよ。それにスタンをこの世界に勝手に呼び出した罰だとも思った」
……ならばまずお前の話を黙って聞いてやる。何か言うのは聞いた後だ。
「うらやましいと思うってことは、何かわかんないけど願いがあるってことでしょ? 叶えられない願いを持つのって苦しいんだよ。私も知ってる! わかってる! だからそんな苦しい思いをスタンも持ってることが伝わってくるの! それがわたしの思いにつながるの! だけどスタンは自分のことよりもわたしの望みを叶えてくれた!」
自分のことをほっといて、人の願いを叶えるほど俺はお人好しじゃねーよ。
「わたしも聖人君子じゃないよ!」
思ってることを感じ取るのは許す。だがそれとしゃべってることの区別くらいつけろよ。それとまた声がデカくなってるぞ。
「でも一緒にいてくれて、仲間になってくれてうれしいんだよ。だからその思いを何とかしてあげたいし。わたしに理解できないなんて思わないでよ。それに、誰からもわかってもらえない辛さをいつも感じてるのって、寂しいんだよ? そういう気持ち、わたしも体験してきたんだから。スタンのことを解決できるかどうかは別だけど……」
うん、別だろうな。わかってた。それはそれとして……。
「元の世界にいる家族とかを気に病んだりもしてるよね? 連絡取りたいよね? みんなと仲良くなってしまって、そのあとで昔のこと思い出したら元の世界に帰りづらくなる。帰ることができても向こうの人達とお話しできなかったらどうしようとか、またここに戻りたくなっても戻れなかったらどうしようとか」
他人事のように聞くとすごい都合のいいことを言ってるが、俺の本心なんだろうな。自覚はなかったがこうして聞かされると、俺もずいぶん都合のいいこと考えてるよな。
確かに死んでたら誰とも会話できねぇし、遊びに行ったりできねぇし。こっちにはすでに何人かと会話できてるし。
「だからみんなは無理だけど、わたしは一緒についてってあげるよ! そうすれば寂しくないよっ! そっちの世界のことも案内してよ! そしたらきっと楽しいよっ! ねっ?」
「ムリ言ってるって自覚してるだろ。見てて痛々しいんだよ、お前」
聞くだけ聞いてから物を言うつもりだったが、そんなことしか言えることがねぇよ。
「……だって……押し付けてばっかりだったから……。ごめんなさいって言いたかったけど、願いが叶えられることでうれしかったのと……いくら謝っても、多分この気持ちわかってもらえないと思ったから……」
改めて力の入った眼で俺を見つめてくる。こっちも胸が痛くなってくる。
「でもずっと一緒にいたいってのはほんとだよ。スタンの世界に戻るなら一緒に行きたいけど行けるかどうかわかんないけど……」
「そりゃミスラスがやってくれるかどうかだからな。ムリ言ってる自覚があるのはそこら辺か」
「そこだけだよ。ほかは無理言ってないよ。それと、みんなと仲良くしたいと思っても何か引っかかってるってのはすぐにわかったし。スタンはこっちに来た時不安だったんだよね。これからはそんなことなくなるから。ずっとそばにいるから。気にしなくていいから。ねっ」
ミスラスの添い遂げるってこういうことか。この様子ならひょっとして、工房の客間での仲間になるって時の思いもバレてるのかもな。秘密にしときたかったんだがな。
「わかった。もういいよミリア。お互い言い争ったって物事は進まねぇし、何より俺のことも大事に考えてくれてるってこともわかった」
ミリアはまっすぐ俺の方を見据えてくる。
「俺も俺で、転換期でもこなきゃ元の世界に戻るきっかけもこねぇだろうし。俺の世界に戻る気持ちを失うこたぁねぇが、ここでの生活環境を整えることを優先するよ。お前も俺の世界に一緒になんて話も後回しだ。これまでは、すぐにでも決めなきゃいけない話をして決めてきた。ほかにすぐにでも知らなきゃいけないことがありゃそれも優先してくれ。あとは知識とか事情の共有も必要だな。そのうちのいくつかは向こうの席で聞かせてもらえるだろうよ」
「うん、でもスタンもちゃんとみんなとお話ししないとだめだよっ。さっきはみんながスタンにいろいろ話しかけてたけど、上の空だったんだから!」
ミリアからの念押しを受け止め、席を立つミリアが、まるで心も離さないと言わんばかりに俺を手にし、一緒に食事の席に戻る。




