第十話:俺は歓迎されてる間も振り回される(上)
「ミリア、どこに向かっているんだ?早速目的のない冒険へ出発か?」
何かをしようにも、今の時点じゃ一人じゃ何もできないんだよな。動けないからということじゃない。何がどうなっている世の中なのか何にも知らねぇ。
ミスラスんとこは工房は、小高い丘のてっぺんにあったのか。しかも辺り一帯の建物はその工房一つだけ。研究に没頭するにはいい環境だろうがな。
「ミリア、俺たちのことは説明したか?」
「ちょっとだけ。ほとんどがわたしとスタンとの今後についてとかの話だったから。この現実世界のことの説明するなら長くかかっちゃうでしょ?」
「なら住み宿に戻るか。説明もしやすかろう」
「ランスに同意。いろいろ夢中になってたからこんなに時間過ぎちゃったの知らなかったよー。でも話がまとまってよかったねミリア。スタンもありがとね。ミリアからもお礼あっただろうけど、あたしもおんなじくらい嬉しいよ」
突然の俺の名指し。
「ふん、お前らのためにどうのこうのしたわけじゃねぇよ」
うん、本音。すごくどーでもいい。
なんせ今は、賛辞や歓迎なんぞの言葉より、過去を取り戻すきっかけが欲しい。それに何かこいつらとは別に何も契約とかいらねぇしな。どう思われても別に気にしねぇ。俺がいなくてもミリアと比べりゃ大して状況は変わらねーだろ?
あとはここでの安定した生活のことも考えなきゃならん。必要な物がどこで手に入れるのか、町中を調べとかなきゃ。だが店が立ち並ぶ通りまではしばらくかかりそうだ。
「さっちんよぉ。ちと気軽過ぎねぇ?」
軽口続けてるマイトには言われたくなかったろうよ。
「何言ってんの。無理やり連れてこられた形でしょ? 歓迎することくらいしかできないじゃない」
「ミリアは契約して、密談もしたから声かけられる関係になったんだろーに。俺らまだ何もしてないだろ? 何もしてないどころか、自己紹介もしてねーじゃん。まずはそっからだろうに」
あぁ、そこか。何かすっ飛ばしたと思ったら、言われればそうだ。マイトとやらもいいとこ突くじゃねぇか。
「わたしもそれ考えてた。だから食事会しない? スタンは……食事は大丈夫かな?」
食べられないこともないが、食った物は体内でどうなる仕組みなんだ? ミスラスに聞くべきだったか?
「食べずに済む という感じだ。拒絶するわけじゃない。だが初めて来た世界だから、苦手な食べ物とかはあるかもしれん」
「じゃあ無理しない程度で試してみよ?」
なんか俺をペット扱いしてないか? 玩具扱いされるよりははるかにマシだが。
いつの間にか人が多く行き交う通りに来ていた。店らしきものも方々に見られる。
「そろそろ着くぞ。六軒くらい先の大きい建物。『別宅・安らぎの辺』だ。日中は食堂。夜は酒場と宿も兼ねる。いろんな仕事の斡旋もある。近所には武器屋、防具屋、道具屋など我々に必要な物を扱う店がある。日用品などを扱う店も多いから便利な地域だ」
ランスが説明する。珍しく長く口を動かしているが、一言一言は短い。その分だけ要点が分かりやすいから今の俺には好感が持てる。
「それと、俺たちファイヤー・クラックルが本拠地兼自宅代わりにしてる。食事注文してくるから、今日は……第五会議室貸し切りで右側を使おう。先に行っててくれ」
続いてトウジの説明を聞いているうちに到着し、中に入る。
「円卓部屋じゃねーのかよ」
「円卓は意外と向かい合わせの距離が長いんだよ。こういう時はなるべく遠ざからない方がいいからな」
マイトの言葉にトウジがそう答えて、玄関から真正面に見えるカウンターに向かう。さっちんが先頭になり、左側の壁沿いからさらに左に曲がる廊下に進む。
「冒険者チームが依頼を受けた時に、予定立てたりチーム同士の打ち合わせとかしたりする部屋だよ。町の組合の会議室にも使われるみたい」
「この町にはいくつか宿はあるけど、ここって冒険者向きなんだよね。いろんな武器持ってる人が出入りするから、食堂になるロビーも広いしテーブルの間も広くしてるの。」
「ふん」
今は聞く必要もないことだから無関心だったし、余計なことを覚える必要もないから聞き流してたが「何が昔のことを思い出すきっかけになるかわからないでしょ?」と、説明のあとに付け加えたミリア。言われりゃその通りだな。
「ここにきて、初めて自分の言動に反省したな」
大したことのない話で納得させられた。チームと、そしてこの町の雰囲気に釣られたな。かなりのどかな感じだもんな。
で、部屋に就いたんだが、ここが会議室?講義室だろこれ。まぁどっちでもいいけどさ。
「カーテン引っ張って半分にすんぞー」
部屋の横半分の辺りに板のカーテンがある。マイトとランスが両側から広げて分断。
さっちんとミリアが机を六基、三人ずつ向き合うように机をくっつける。
「『ミスラス先生』時代を思い出すね。昼休みの弁当の時間にこんな風にやったっけね」
「終わった後のミスラスも頑固だったねー。『ここでの勉強をすべて修めてこれから実地の生活になるのだから先生はやめろ』ってねー」
先生? こいつらは何かを教わってたのか? 道理で対応に違和感を感じたわけだ。それにしても。
「ミリア、あの錬金術師と年が近いんじゃねぇのか?」
「とんでもない!あの人……四百くらいはしたっけ?」
「四百五十までは届いてないはずよ」
「人じゃないのか?!」
「エルフとか言ってなかった?」
「クォーターとか言ってたような」
……まぁ本人の許可なく物体に、その魂だか心だかを強引に押し込める所業は文字通り、人でなしともいえる行為かもしれん。
「注文してきたぜ。これからの予定はまず……『精霊殿』でいいかな。への自己紹介と説明兼ねた食事会。歓迎会よりミーティングに近いか。まず座ろうか」
トウジが入室してきた。そして三つ並んだ席の真ん中に座る。ミリアがその向かいにホルダーを外して変形させる。工房の客間でのスタンドのような形に整え、向かいを見ることができるように俺を立てかけた。
ミリアとさっちんが俺を挟むように座り、ランスとマイトがトウジを挟むように座る。
「早速こちらから。重複しても構いませんね? 私たちはファイヤー・クラックルという冒険者チームです。そのメンバーはここにいる五人。一応リーダーのトウジ=ナパール。主に剣士のポジションかな。槍とか刃物が付く武器なら一応何でもこなせるけど、メインは両手剣。戦闘になるときは前列になることが多い。で、ほぼ同じポジションになりますが……」
向かいの俺の左の女剣士に目配せする。
「あ、あたしの紹介か。さっちんって呼ばれてる。この町の生まれなんだけど、孤児でね。だからラストネームはないの。まぁ町の人達みんなが家族って感じかな。面倒見てもらってばかりなのは申し訳ないんでいろいろお仕事やってみたんだけど、これが一番向いてたな。みんな喜んでくれてるし。」
町中を歩いている間、俺のとげとげしい感情が自然と消されていく実感はあったが。孤児たちを町ぐるみで育てている、そんな風習が根付いているなら納得だな。
「で、チームでの役割なんだけど、なぜか空気の変化に敏感なんだよね。危険を感じ取るアンテナ役みたいな? ほかの人が同じことすると神経が疲れるとか精神疲労とか簡単になるらしいんだけど、耐性があるみたい。もちろん戦闘中でも不意打ちとかあったりしないように危険回避を指示する方がメインになるかな」
「滋養強壮の薬草の摂取とかの薦めのおかげでもあるだろうよ。俺はマイト=オールディ。解析関係がメインだな。戦闘になったらもちろん参加するけど、補助がメインになる。解析なら薬物やアイテム、罠関係とか何でもできる。さっきさっちんが不意打ちっつったろ? 罠は設置されるもんだから気配がないんだよな。だから罠の判明はさっちんもわからないときもある。だからそーゆーのは俺が担当。俺とさっちんの二人がいれば、そんなトラブルのほぼすべてを未然に防ぐことができる」
で、戦闘になったら戦闘力が低めの俺らが一番頼りにする……と、トウジを挟んだ反対側の男に目をやる。
「……ランス=ノーカックだ。マイトのように俺には器用さはない。だが体格に恵まれてる上、この防具がある。自然と体を張って防御に回る役回りになってる」
まぁ体格見れば一目瞭然という感じ。
「……」
「……」
「……」
「……で?」
「……?」
「なんだ?」
なんだこの空気。
「後はお前だろ、ミリア」
「「「「終わりかよ!」」」」
口数少ないのも程がある。わかりやすくていいけどさ。
苦笑いしながら、改めてミリアは自己紹介するのだが。
「お前のことならいろいろぶっちゃけられたが?」
「フルネーム言ってないし、一応した方がいいでしょ? ミリア=ルッカホーダです。回復の初歩程度しかできないけど、魔術師を一応名乗ってます。あとはマイトの役割の補助してることくらいかな」
「最後はこっちか。スタンと名付けられた。あの錬金術師は最後まで精霊呼ばわりしてたが、人であったことは確かだ。だがどこから来て何をしてたかも全く覚えてない。食う寝るはしなくてもしてもどっちでもよさそうだ。それと目と口を開けられるようになる直前は、ミアンが何か意味不明な歌が終わった直後のカミナリ? の音と光をくらった直後だった。ありゃ何だったんだ?」
五人が顔を見合わせる。
「わたし……契約の祝いの言は唱えたけど、歌なんて歌ってないし……?」
「音程が上下するような事は全然なかったよ」
「雷? そんなのまったくなかったぞ」
「雨雲だって見当たんねーし」
……超常現象としか考えられないか。色々謎も多すぎる。
「ところで、これからはどう呼べばいいのだろうか?敬称つけるかどうかから……」
ランスが話題を切り替える。
「好きなようにして構わねぇ。ただ、非常事態の時でもすぐ呼べるようにしないと困ることもあるんじゃねーか?」
「じゃあ改めて、ミリアのことよろしくな、スタン。それと俺たちの活動はこれまで通り。だから俺たちのことも、何かあった時にはよろしく」
トウジの言葉が終わるとタイミングよく扉が開き、宿の店員が食事を持って入ってきた。五人……俺も数のうちに入るかわからんが、この人数で食いきれるのか? 結構注文してきたんだな。
「足りるかなぁ? 七人分くらいか? 余ったら晩飯にすりゃいいんだからもっと多めに注文してもよかったんじゃね?」
「後で追加すればいいじゃない。スタンの口に合うのがあればいいけど」
「人数分の机じゃ足りなかったわね。もう二つくらいくっつけちゃおうか。ランス、手伝ってー」
ミリアとランスが追加の机を移動させる。
「今日は動く予定はないし、明日も動くかわからん。スタンにあちこち案内するのが先だと思ってな。自ずとエネルギー補給の量は普段より少なくなるだろうから」
あれこれと考えるじゃないか。それもリーダーの役割か? まぁまだこちらからなんだかんだと声を掛ける間柄じゃないから、思う所はあっても口にするつもりはないが。
「スタン?」
ミリアが自分の取り皿に料理を移しながら俺に小声をかけてきた。
「前を見なきゃ料理落とすぞ」
「そんなことよりスタン、まだ遠慮してるよね?」
察しがいいじゃねーか。人の心を感じ取る繊細さでもあるのかね? そういえばまだ自己紹介しかされてねーし。
「って、俺の前に置かれたら向かいの連中の顔見れねーじゃねーか。お前の分はお前んとこに置けよ」
しかしすでにミリアの前には料理が置かれている。
「育ち盛りか? どこが育つのかわからんが」
「スタンの分に決まってんでしょ? 何言ってんの?」
「はぁ?! 食えるかどうかわからんのにこんなに俺の目の前に置いてどうすんだ?」
「大丈夫!」
「何が大丈夫だよ!」
横からのランスの口出しに思わず反応する。
「追加できるから」
問題はそっちじゃねぇよ。
「とりあえず乾杯なー」
待ちきれなくなったマイトがグラスを持ってこっちに来る。目の前のグラスに軽くぶつける。それを皮切りに、ほかの四人も乾杯をしにくる。
きっと元の世界のことだったらそれを機に心が穏やかにもなっていただろう。だが死の宣告を受けたわけでもなし、せめてその自覚があったならと、ずっと心に引っかかっている。
元の世界に戻れたら、家族に囲まれて、みんなで過ごす楽しい日々が戻るかもしれない。だが死んでいたら、より深い悲しみがやってくる。
残された家族とかは、もうすでに悲しんでいる真っ最中にいるのかもしれない。「俺はここで元気でいるよ」と伝えられたら、今よりどんなに楽だろう。
「スタン!」
自分の意思で体を動かせられたらビクッとしたかもしれない、大きいミリアの声。
「トウジ、隣ちょっと借りるね。あ、食べてていいよ」
「お、おぅ」
どうやら彼らも、彼女の大きい声を出したことに多少驚いているようだ。
ホルダーごと俺を掴んで、そのまま板のカーテンで仕切られた向こうの部屋に移動する。




