第九話:俺は出発前からも振り回される
俺はミリアのホルダーに納められ、目に自信を宿したミリアが工房に戻る。
全員から一斉に注目を浴びるミリア。
「……精霊サンはどこいった? 一緒に行ったよな? なぁ? ミスラス」
「落ち着けマイト。ミリアの腰をよく見ろ」
「え? ランス……ミリアがタイプだったっけ?」
ペシッ!
さっちんの平手がマイトの頭頂からいい音を出す。ちょっとだけ敗北感。
「空気読め! おバカ!」
「サマになってるな。かっこいいじゃないか」
「恰好ではなく、気持ちの持ち方だな」
トウジの賛辞に続くランスの言葉は的を得ている。そんな言葉を受け、ミリアは照れてはいるが物憂げな感じだ。
四人の言葉を止めるミスラス。
「お前たち、ミリアへの感想は至極当然だろう。だが順番が違う」
え? と一同、ミスラスの方に目を向ける。彼の言っていることが理解できないらしい。俺も当然、何の順番のことを言っているのか理解できない。
ミスラスはミリアを向いた。いや、視線は俺の方に向けていた。
「感謝申し上げます。どうか精霊殿の今後の行く末が幸いに満ち溢れますよう……」
「わたしからも。本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
いや、すでに幸いはこの体になった時点でもう無理だ。それよりもこれからしなきゃいけない今後の方針の決定のほうが重要だ。さらに細かいことをいろいろ知らなきゃならん。
だがお礼の言葉を口にしたミリアは、ようやく晴れ晴れとした顔つきになったっぽい。
「ミスラス。俺について問題は色々山積だ。明確になったのは二つだけ。俺の持ち主はミアン。俺の名前はこいつによって『スタン』の呼び名を持った紙鉄……音筒という術具である二点だ」
「ということは、末永くミリアと添い遂げていただくということでよろしいでしょうか?」
「なんだその結婚の祝辞みたいな言いまわしは」
ミリアが顔を真っ赤にしてうつむいている。結婚に憧れでもあるのか? 今のお前はそれどころじゃねーだろうがよ。
「俺がこの世界について知ってることは、こいつにも言ったがここの作業場と裏庭と客間だけなんだよ。あと覚えたのはミリアの名前と顔。一応生みの親のお前さんの顔と名前も覚えとく。ほかのメンバーのことはどーでもいーわ」
さらっと毒を吐く。思い出せない過去の俺も、気心が知れた間柄にはみんなが笑える程度の毒を吐いてたような気がした。この世界ではどうか? それくらいの毒はユーモアということで許しとけ。
「だからこの町? とか国とか一切何も知らねぇ。だからいろいろ知らなきゃならないことが多すぎなんてもんじゃねぇ。それ考えるだけでも頭痛ぇよ。それでここでの生活やっていけるかどうかってのも気になるし。食う寝るの必要がない分心配のタネが少ないのはありがたいがな」
「ミリアのこれまで通りの行動を共にしていただけるなら自ずと身につくかと。必要とあらば説明しますが、体験される方が覚えは早いものと思います」
「あぁ。それと、やっぱり俺の過去のことを思い出したい。当然お前らに聞いても無駄だろう。だがそのきっかけがあれば何とかなるだろう」
客間でのミリアとのやり取りの途中、色んな気持ちが沸き起こったがその中のいくつかが、昔似たような思いをもったことがあったような気がした。複数の誰かと一緒に行動すればひょっとして……。
「ミリアが今まで同様に行動することで、その機会も増えることを期待してる」
全員の表情が明るくなる。今までの苦労が報われて大喜びといったところか。たしかに客間でのやり取りは、俺とミリアの関係についてだけの確認をしていた。こいつらからすれば、チームと俺との関係は確定していないままだったんだな。
そう思うと、彼らの嬉しい思いは理解はできる。だがその喜びまでは俺には伝わらない。一緒に喜ぶつもりもない。こっちの苦悩を分かち合うつもりがないなら、俺もそっちの思いを共有するつもりはない。
ミリアも喜んではいるが、釘を刺しすぎたせいだろうか、その表情は長続きしない。ミリアの顔は俺のほぼ真上。表情はほとんど見えないし目は一つしかないが、自分でもかなり大きいと思う。そのせいか視野が随分広くなったし、微かな感情も雰囲気で読み取る力も備わってるようだ。
「どうした? まだ問題点が残ってるのか?」
「ん……スタンの抱えてる問題がね……」
俺しか気づいていないと思ってた。俺と同じようにミリアのことを感じ取れたのは、さすがリーダーといったところか。
ミリアの方はと言えば、俺の不安を常に心のどこかに留めておいている様子。持ち主としては及第点だろうか。
「でも、何事にも区切りっつーもんは必要だろ? なんせ正式に契約できたことだからな。そのハリセンのスタンと」
「「ハリセンじゃ」」
「ないっ!」
「ねぇっ!」
初めて息の合った共同作業がマイトへのツッコミって、スケールのでかい能力の持ち主にしてはショボすぎる。
自ら紙鉄砲と名乗るのも腹立たしい。その上、この世界では紙鉄砲という言葉になじみはないらしい分説明が必要になるし、使えない言葉がある不便さにも慣れねばなるまい。
「ところで」
気だるく和みそうな雰囲気をリセットするかのようなミスラスの声。
「目的は果たした訳だし、精霊殿へのこの世界の説明は私でなくてもいいだろうし、そうであるならここに居座る理由はないのでは?」
言われてみれば と一同互いに目を合わしている。
「精霊殿、何かありましたらお力になります。お一人では無理でしょうがいつでもおいでください」
持ち主のミリアやファイクルの全員よりも頼りがいがあるサポートメンバー。ミスラスにはそんな繋がりを確信した。甘ったれることは許さない。だが必要なことがあれば、どう思われようとも関わってくる。
すまん、世話になる。
心の中で礼を言う。伝わるだろうか。
ミリアには正直彼ほどの心強さは感じられない。むしろ契約者としては危なっかしさがある。彼女が告白したこれまでのことが本当だとしたら、それも致し方ないか。
だがこれからの成長も期待できそうではある。
先頭のトウジがドアを開けて屋内に日差しが入り込む。それが、これからのここでの生活の先行きを明るい方へと錯覚させてるだけかもしれない。そんなまやかしに誤魔化されるのも気恥ずかしい。だがその場限りならそのまやかしに乗るのも悪くはない。
彼らにとってはおそらく、再出発の門出だろうから。




