事始
京の都に帝が移ってから幾代か。安寧の治世を築き後の世に「聖帝」と称される帝には、皇后、女御を始め、多くの妃が仕え、多くの親王、内親王をもうけていたそう。
皇后は第八皇子、第九皇子、第十三皇子を生み、第八皇子は東宮の位を得ていた。
東宮には帝と皇后の期待が注がれたが、東宮にも下二人の皇子にも、両親の愛情が与えられることはなかったという。
美しい皇后から生まれた皇子たちは、いずれも高貴で上品な面立ちをしていたが、第十三皇子はとりわけ美しかった。
美しく、寂しいこの皇子はのちに麗しい花々を渡り歩く蝶々のごとく、世の女性たちを虜にすることになる。
東宮に皇女と皇子が生まれ、誰もがこの東宮の即位は確実と思っていた。けれど、天命は思わぬ方へと動いたのだ。
東宮は齢三十ばかりで薨去し、後を追うようにして東宮妃と彼の幼い皇子も亡くなった。残された皇女を引き取り、新しく東宮となったのは体の弱い第九皇子だった。(彼はその後、皇女を妃とする。)
新東宮に子のないまま、帝が崩御なさった。新しく帝が即位するにあたって、東宮になったのが、美しくて寂しい第十三皇子だったのだ。
そう、これは美しくて寂しい皇子の物語。美しくて儚くて、愛しい藤花と菊花の物語なのである。
即位後まもなくして、病弱な帝は東宮へ譲位した。新帝・八十葉帝の誕生である。
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とん、と小鼓がならされた。鞨鼓と鉦鼓が順にならされるのに合わせて、四人の舞手が舞台に並んだ。竜笛と篳篥が奏ではじめたのは「柳花苑」。古代、天平のころの衣装を着た舞手の姫たちは、曲に合わせて肩にかけた領巾をゆらした。
優美な舞楽に、貴族たちは酔いしれた。初夏の節句の宴に加え、今夜は新しい妃の入内の祝いの意味もある。
八十葉帝が即位してより数ヵ月。藤中宮を筆頭に、数々の女御、更衣が八十葉帝のもとに入内していた。
新しく女御として迎えられた藤原大納言家の姫君は宣耀殿を与えられ、宣耀殿女御と称される。
「あの娘……図に乗って…!」
藤中宮は、扇の影でうめくようにつぶやいた。扇を握りしめる手が、力を込め過ぎて白くなっている。
「ま、まぁ、中宮さま、落ち着かれませ。」
乳母のなだめるような声も中宮のきにさわった。
「お黙りさない。……あの娘は危ないわ。きっと主上の目に止まる。」
中宮の言葉に乳母はたじろぐ。
「いえ、いえ、中宮さまにかなうものなどおりますまい。」
乳母の答に薄く笑い、中宮は女房の一人を招き寄せて耳打ちする。
その女房はそっと中宮のもとを離れて、宣耀殿女御のもとへ向かった。
御簾でさえぎられているため、中宮からは宣耀殿女御の姿は見えない。
しばらくして、女御のいる方の御簾の中から悲鳴が上がった。
「何をなさったので…?」
乳母の問いに、中宮は満面の笑みで返す。
「さぁ?わたくしは知りませんねぇ。」
ただ少し、分からせてやれと命じただけよと、中宮は優雅に袖を払った。
八十葉帝の寵を競う女たちの戦いの始まりは、中宮が当時は東宮だった八十葉帝に入侍した時にさかのぼる。