序幕
難しい単語は読み飛ばしていただいて構いません。平安時代の雰囲気を少しでも味わっていただければ嬉しいです。
ゆらりゆらりと、萌黄色の大袖を振るい、背に背負った胡蝶の羽の飾りを、大きく広げる。
四人の舞手の姿は、優雅にして幽玄で。
篳篥の音も華やかに、舞楽・胡蝶が興じられる。
時の帝は舞楽を好む。
舞手はいずれも上位貴族の子息たち。その中に一際目立った存在があった。
彼の名を知らぬものは、恐らくいない。
いずれは賢帝となるだろうかの御宮も、今はまだ美しき胡蝶の宮として知られるばかりだが。
縹色の空に、一筋の曙の光が差す─────
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隣で寝ていた男が体を起こしたのに気付き、女は男の夜着の袖をつかんだ。
「どうかいたしましたか?宮様。」
「いや、鵺が……」
「鵺?」
女が首をかしげる。黒髪がさらさらと流れ、夜着の合わせからのぞく細い喉が一つこくりと動いた。
ひょう。
鵺が鳴く。その物悲しい鳴き声から不気味、不吉だと言われる鵺鳥の声を、二人は耳をすませて聞いていた。
ひょう。ひょう。ひょう。
男───宮がふいに口を開く。
「殯……か?」
ひょう。
宮の問いに返すように鵺がないた。
先程まで室内に届くほどの光を放っていた月は、今は雲にその姿を隠している。
虫の音もしない静寂の中、鵺の声だけが哀しそうに響いていた。