第1回戦第2試合-3
――――ガエユマ砦が陥落しました……エルリック子爵領はデデンナ王国の手に落ちたとみてよいでしょう」
あえて、感情を表に出さない口調で兵士がそう告げる……
その場にいた者すべてが苦虫を噛み砕いたような表情を浮かべていた――
ある帝国が大陸に覇を唱え侵略を開始してから早十数年――
山岳に中規模の領土を持つ国、バルシェス王国は、先代王の后が帝国皇帝の姉であったがため、帝国からは同盟国と言う扱いになっていた。そのため、その侵略の炎が降りかかることはなかったのだが――
帝国を絶対悪と断じ、徹底交戦を唱えていたデデンナ王国が最終手段として行った勇者召喚の儀式――
それにより大陸の戦史はを大幅に狂い始めた――
召喚された勇者タツヒコ・イチガヤ曰く――
『まるでシュミレーションアールピージーの世界だな! そう思はない?』
『よし、俺はこの世界で諸葛亮になる!!』
『ここは、我が心の師、竹中半兵衛の軍略に従うべきだ!!』
『俺は、諸葛亮、司馬懿、荀彧、周瑜、両兵衛などに並び立つ軍師となった!!』
そう、タツヒコは軍師だった――自称ではあるが――
『戦場把握』
それが召喚された時にタツヒコが得たチートだ――
彼は自分を中心として、半径数キロくらいの範囲で起きている出来事――魔法国家同士の戦場全体を完全に把握することできた。
味方の動き、敵の動き、戦場に紛れ込んだ動物の動きまで把握している――
それは敵方にとっては本当に恐ろしいことだった――
これにより、辺境の小国でしかなかったデデンナ王国が、反帝国の旗頭となり大陸の戦乱が泥沼化していくことになる――
タツヒコが出る戦場では反帝国は勝利を収める――それ以外の戦場では一進一退……帝国の大陸制覇は完全に暗礁に乗り上げていた――
「国王様!!」
バルシェス王の縁戚にあたるカッチェ公爵家の長子エミリア・トゥ・カッチェは戦場で傷ついた自国の王に駆け寄る――
デデンナ王国――いや、タツヒコを中心とした反帝国軍は、帝国に組する諸国も容赦なく殲滅していく――
戦場把握によってたてられるタツヒコの軍略は敵を全滅させるものばかり――
『シュミレーションアールピージーでは敵の殲滅が勝利条件なんだよね』
デデンナ王国に忍ばせているスパイから、タツヒコのそんなセリフが伝えられている――そう、彼は戦場で相手にした敵を全滅させるまで攻撃していた――
味方に守られることによって若きバルシェス国王は重傷ながらも一命をとりとめた――が、このままでは国家存亡の危機になるのは明白だった。
帝国からの援軍は期待できない――むしろ帝国軍は自分たちの領土の守護に力を入れてるため遊撃部隊として行動するタツヒコの軍が帝国の同盟国に来てしまうのだ――
「…………」
エミリアは悲壮な決意を固めていた――エルリック子爵領が陥落して久しく、どうにか反帝国軍に奪われた領土を奪い返そうとしていた国王陛下まで重傷を負ってしまった――
「おやめくださいお嬢様!! その禁書は、強大な魔法を持ち主が与えるといいますがそれと同時に、それを手にしたものは決して幸福になれないとも言われています!!」
生まれついて人並み以上の魔力を持っていた。幼い時は帝国に留学もしていた――
ごく普通にしていれば、次期公爵として順風満帆な人生を送れただろう――
「でも、国がなくなってまでそんなこと言ってられるわけありませんわ――」
エミリアは禁書を開く――そこに書かれているのは平和な時代であるならば知っているだけでも反逆者と言われてしまいそうなほど凶悪な魔法の数々――それを知る事は自らを『魔女』と言われる存在へと変えてしまうものだ――
――ためらいはあった――だが、迷う事は出来なかった――
「よし、今回の戦いでこの国も帝国から解放される――!!」
デデンナ王国の将軍の横でタツヒコは戦場把握を開始する――
彼にとって、帝国は圧政を持って民を支配する悪――もちろんそれに従う国も悪――
帝国やそれに従う国を滅ぼすことで、その下で苦しんでいる旅を解放する――それこそが自分たちの正義だとそう信じていた――
いや、それは真実なのだろう。
正義、なんてものは個人で違う――帝国が大陸制覇を目指したのは、大陸の歴史上いつの時代にも必ず戦争があったからだ――統一国家が大陸を支配すれば戦争はなくなる――そういう正義で――結局戦争を起こしてしまった――
バルシェス王国が帝国に従ったのも、皇帝が先王の義弟だったからというだけじゃない――何代か前に醜い後継者争いがあり、その時の争いでさまざまな悲劇が生まれたため戦争のない大陸を作りたいと言う帝国に賛同したからでもあった――
それをまた、正義。だが、デデンナ王国から見れば帝国も、そしてバルシェス王国も、悪――
そして、自らを召喚したデデンナ王国を正義と位置づけているタツヒコにとってもデデンナ王国が悪としたものは、同じく悪だった――
悪の下で苦しんでいる民を解放するための戦い――そのためには悪である王国兵や国王は全滅させる――それが、召喚勇者タツヒコの正義の戦い――
「うん?」
戦場の中心にいる自分のところへやって来る馬車がある――
戦場把握をやっているタツヒコは、その馬車の中にいる人間が御者と若い娘だと言うことに疑問を抱いた――
「誰だ?」
兵士に伝令を飛ばし、その馬車を襲撃させる事はたやすいことだったのかもしれない――だが、若い女性が一人だけだと言うのにそんなことをして何になると言うのだろうか?
やがて自分のいるところに――戦場の中心に馬車はやってきた――
エミリアは馬車から降りるとゆったりと幼い頃から教師より徹底的に仕込まれている礼儀作法に則って挨拶をする――
「バルシェス王国が貴族の一つ、カッチェ公爵家のエミリア・トゥ・カッチェと申します――以後お見知りおきを、イチガヤ郷」
「お、おう……」
タツヒコは……黒髪黒目のごくごく普通な見た目だった――この男が、大陸の戦争を混沌の渦に巻き込んだ張本人――
「君は……? そうか……君は帝国の悪役令嬢と言う訳か――!!」
「どうして、タツヒコを倒せないのでしょうか……!?」
エミリアは公爵家の自領の館で考える――
結果として、エミリアはタツヒコを倒す寸前までいった――
バルシェス王国が現在も存在してるのがその理由だ――
もし、あの時エミリアがタツヒコを止めていなかったら――
重傷を負っていた国王ともども兵士たちを全滅させられ国は滅びていただろう――
それは、エミリアの功績と言っていい――
が、その後何度かエミリアはタツヒコと対戦するが――絶対に彼を倒すことができなかった――
馬車で乗り付けたのは最初の一度だけ――その次からは高速移動の魔法を使い奇襲に転じた――
強大な魔力を持ち、禁術と呼ばれるものを身につけたエミリアはまさに魔女。
高速移動の術を使えるためにタツヒコの戦場把握範囲を飛び越えて奇襲が可能である――
伏兵やトラップをあっさり見破れるタツヒコの戦場把握に対してはその範囲外からの奇襲以外戦法はないのである――
公爵令嬢という立場でありながら、反帝国軍の要を排除の可能性がある者――
いつしかエミリアは、反帝国軍から魔女――いや、タツヒコの言った『悪役令嬢』と言う言葉が定着し、そう呼ばれるようになっていた――
「それでも、タツヒコを倒すことができない……」
幾度となく自ら戦場に赴きタツヒコと相対した――しかし、戦場把握の可能なタツヒコは難敵だ。
禁術を得た魔女とはいえ、そうやすやすと倒せる相手とは思えない――
百の策謀をめぐらし、千の戦いをし、内一つも勝てれば上出来――
昔の偉い人もそう言っている、が……
「それにしても、あれはありえないですわ――」
エミリアはうめく――
戦場把握を封じる高速移動で近づき、エミリアが考えられるすべての力を解放して攻撃する――それでもタツヒコは倒せない――!!
この間の戦いなど、嫌な予感がしたからなどと言う理由で、自軍と戦っていたはずの敵軍が、すべてタツヒコの元へ集って来るなんて事態になった――
「なんで市ヶ谷達彦を倒せないんだと思う?」
「――誰ですか!?」
疲れだろうか? いつの間にかウトウトしていたエミリアに問い掛けるものがいた――
「市ヶ谷達彦には、隠されたもう一つのチートがあるの。それをどうにかしない限りあなたに勝ち目はないわ――」
赤い髪をツインテールにした紫玉の瞳を持つ少女がそこにいた――
「それを手に入れる方法はあるんだけど、やってみる? はっきり言って市ヶ谷達彦のチートは大会向きじゃないから、呼んでもつまらないなと思っていたの――でも、あなたなら……」
「あなたは、誰……?」
「私? 私はファロ! チート1武道会の運営委員の者よ」
その後……なぜか女神から神託があったとかで、大陸の戦乱は一時収まることになる……
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「そう……だからこそわたくしはこの大会で優勝し、ファロさんがおっしゃっていた世界最高のチートを手に入れなければ、ならないのです――そう、『主人公補正』と言うチート能力を!!」
ギュオン!! ギュオン!!
エミリアの周りにいくつもの渦巻く魔力が出現する!!
「オヨンアヂコルキアサニキ!! 貫きなさい!!」
バシュ!!
渦巻く魔力から黒い槍が出現し梓に襲いかかる!!
「悪いけど、あたいが欲しいのもそのチート、『主人公補正』なんだよ!」
ガチャ!!
「また異空間に逃げ込む気ですか!? ですが今度の魔法は!!」
しかし梓は開いた扉に駆け込むことはなかった――目の前に異空間への扉を開けたままで立っている――エミリアの黒い槍はそのまま異空間の扉の中へ飛び込んでしまい、梓それを見届けてから扉を閉める!!
「くっ……」
「これまでの事で分かったことが一つあるんだけどなぁ、エミリア……」
梓は鍵の剣をだらりとさげ、見下したかのようにポーズをとる。
「あんたには、大きな弱点がある――それをどうにかしないと勝てるもんも勝てなくなるんだ」
「なんですって――?」
エミリアが目を細め梓をにらむ――
「このわたくしにどのような弱点があるというんですか――!?」
「それを言ってしまったら何にもならないだろう? 戦闘中に相手の弱点がわかればそれを攻撃しまくる――」
ガチャ――
梓は再び異空間の扉を開けるとすぐに衣装をかえてでてくる――
「あら? 今度はどこの世界のどんな力を持った衣装ですか?」
「これか? これはあたいの勝負服だ――!!」
そこに立っていた梓は背中に『帝流範馬』と刺繍された白い――特攻服を身につけていた――!!