第1回戦第2試合-2
「素晴らしいチートですね、そうは思いませんか?」
医務室のモニターには、今戦闘中のエミリアと梓の試合が映っている。
「安土さん、試合の事はいいから俺の怪我見てくださいよ」
「……勇者クラスト君、君の周りにいる彼女たちのせいで、診療ができないんだけど?」
左胸のネームプレートに、医療スタッフである紋章と、安土という名前が書かれた女医が眺める先には、三人の少女と一緒にベットに横たわる勇者クラストの姿があった――
「チートといいますけど、雷拳くらいなら勇者であるクラストなら楽にできますよ」
「貴族令嬢特有の、お上品な魔法、それを強大な魔力で派手に見せかけているだけ」
「勇者なら、こんな相手楽勝だよね~~!」
パティ、リズ、リリーの三人娘はモニターに映るエミリアを非難し始める。
「いいえ、私が言ってるのはこちらの鍵の剣の方です――」
女医は、モニターの中のもう一人、白倉梓の方を指差して言う。
「そうかしら?」
「変わった形の剣だけど、実用的なものじゃないよね?」
「物を大きくしたり小さくしたりする能力は確かに便利かもしれないけど?」
再びやいのやいの言い出す三人娘――全く持って姦しい……
「わかってないですね、この鍵の剣がどれほど素晴らしいチートなのか」
女医の目に怪しい光が宿っている――が、それに気づくものはこの医務室にはいなかった――
「まあいいですわ。それだけ看護してくれる人がいるならば、私は必要ないでしょう。では、お大事に」
女医はそう言って医務室を出ようとする――
「応急手当は終わっていますので、後は口移しでもなんでもいいから栄養のあるものを彼に食べさせてあげてください」
それを聞いた、リズとリリーは色めき立ちクラストはパティを指名して傷を増やしてしまっていた――
「……」
そんな彼らを舐めながら女医は医務室を出る――
「クックック……たやすいものだ」
女医はしばらく廊下を歩くと、どこらともかく一本の装飾付きの長剣を取り出した――それは、勇者クラストの長剣だった――
「なかなかいいアーティファクトだ。三流勇者にはすぎたものだな――っと!」
女医は何を思ったのか廊下の物陰に隠れる――
「桃香! 拙者と一緒に観戦するでござる!!」
「若君、戯れはやめてください、私はここに医療スタッフとして派遣されてるんですよ!!」
「拙者も一応怪我人でござるよ?」
女医が向かっていた廊下の向こうから騒がしいカップルがイチャイチャしながら歩いてくる。
男性のほうは第1試合を見事な勝利で飾った忍者、君広――
そして、女性のほうは――物陰に隠れていた女医と瓜二つの姿をしている――ネームプレートにも医療スタッフを表す紋章と安土と書かれている――
「ちぃ……」
女医は物陰から、自分そっくりな女性を睨み付ける――そして自分の顔に手をかけると――
ズルッ!!
女医の顔が、解けるように落ちる――そこからまったく別の顔がでてきた。
「一応、怪我人が出れば私たちが対応することになってるんです」
「だいじょぶでござるよ、勇者クラストには面倒みてくれる少女が三人もいるでござるから行く必要はないござるよ」
君広が笑いながら幾度も女性を口説く。
「第一、拙者と桃華、そなたは許嫁ではござらぬか。仲良くするに越したことはあるまいだから、共に観戦しようでござる」
「親同士が勝手に決めた中です。乙女ゲームの世界でもあれば私は悪役令嬢ですよ」
「どこの世界に忍者の乙女ゲームを作ろうなんて考える人間がいるでござるか?」
「Zyukaならやりかねないわ! あの男なら!!」
「それもそうでござるな」
納得されるな!
かつて桃香と同じ姿を持っていた人物は心の中で君広に対し突っ込みを入れる。
服装さえも全く違うものに変えたその人物はもはや女医と呼べる姿はしていなかった――
「というわけで拙者と一緒に他の選手の試合を観戦するでござるよ桃香――それと、そなたも一緒に観戦するでござるか?」
一瞬それが自分に向けられた言葉だとは気がつかなかった――
「……」
いつ、自分に気付いていたのか――
物陰から姿を現した人物を、忍者君広と女医の桃香はさして驚かずに見る。
「そなたは確か……?」
「出場選手のひとり、怪盗王シーフロードよ……それにしても、下手な変装だったわ。私に似ても似つかない!」
「そうでござるな、桃香は、もっとボンッキュッボン! でござるよ」
バシッ!
武道会の出場選手はどうしてどいつもこいつも試合とは関係のないところで傷を増やすのか――?
シーフロードはそう思って呆れかえっていた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「エスクチサヨモウィケトヤカウオゴナムカ!!」
ゴオオオオオオオ!!
片手を大きく上げたエミリアの頭上に、黒い炎の塊が出現する!!
「何かとんでもない攻撃を仕掛けてくるみたいだな……でも、炎っていうんなら……!!」
ガチャ!
空間に鍵を突き刺し中に入る梓――次の瞬間、真っ赤に燃え盛るようなドレスに身を包んで現れる!!
「フェニックスのドレス!! このドレスに身を包んだあたいには炎の攻撃は通じない!! ……でも……」
ゴオオッ!!
「でも、なんか!! 黒い炎って気持ち悪い!!」
エミリアの手から放たれた黒い炎を直撃する寸前でかわす梓――黒い炎は床に直撃し、
「うわっ! 何コレ……?」
黒い炎は地面に落ちるとまるでまとわりつくようにうごめきながら闘技場の床に広がっていく――
『あれは悪魔の炎ですね――という事はあの令嬢ちゃん、悪魔と契約してるって事になりますけど――』
『う~~ん、王家に連なる公爵家の令嬢が悪魔と契約すなんて普通は考えられないけど――?』
「うるさいですわね、ファロさんアニスさん――あなた方は中立な立場ではずでしょ――」
エミリアは審判の少女たちをギロリをにらむ――およそ十代中頃の令嬢とは思えないほどの迫力がある――それにたじろぐファロやアニスではなかったが……
「隙ありだ!!」
ファロとアニスに気を向けたエミリアに対し、一気に間合いを詰めた梓が鍵の剣で攻撃する!!
「クッ! アイピエリアサニカ!!」
シュン!!
エミリアの手に光が集まり一本の剣に変化する!! レイピア――細身の突剣だ!!
キィン!!
鍵の剣とレイピアが激しく交錯する!!
「魔法ってのは厄介だな!! 丸腰だから接近戦に持ち込めばあたいの勝ちだと思ってた!!」
「フェニックスのドレスというのも厄介ですわね――炎無効と効果の他に身体強化の効果もあるようですね――」
お互いの剣を間にまじえ、にらみ合う二人の少女!!
「ですが――イアサニケテドイクオフボタロシ!!」
エミリアのレイピアを持っていないほうの手に、再び光が生まれ細長く変化する!!
「二刀流!! いや、違う!!」
エミリアの作り出したもう一つの魔法の光に警戒し、距離を取ろうとする梓――しかし、
「天高く舞い上がりなさい空飛ぶ箒よ!!」
ビュゥン!!
「――何!?」
エミリアは闘技場の真上まで舞い上がる!!
『うわぁ、まるで魔女だね――』
「ファロさん――この試合、場外はどのような判定になるのですか?」
上空にいるエミリアの言葉がファロに向けられて発せられる――
『場外は10カウントで場外負けとなります。ちなみにあなたのような空を飛べるチートを持ってる人がいることも考慮して、場外に体の一部が触れるか、私たちの視界から姿が消えるかでカウントが入ります』
「そう、つまりその鍵の剣で異世界の扉を開き、逃げたとしても10カウント以内に戻って来なければわたくしの勝ちと言う訳ですね」
そう言って上空のエミリアは、レイピアを消滅させ再び片手を高々と上げる!
「オイラヨンノボンエサアサニキ!!」
シャンシャンシャン!!
上空に数百本の槍が出現する――!!
『サンサント・ランス!! 千本の槍を生み出す魔法!?』
「なんだそりゃ!?」
「闘技場内に逃げ道はございません――その鍵の剣で異世界に逃れたとしても、わたくしが再び闘技場に戻る事を妨害していればいいだけのことです――行きなさい!!」
シュ~~ン――
空を切る音だけを残し、上空にあった千本の槍が闘技場に落ちてくる!!
「くそっ!!」
梓は鍵の剣で扉開き、その中に避難する!!
ドスドスドスドスドスドスドスドスドスドス……………………
まんべんなく闘技場全体に槍が突き刺さる!!
『うわぁ……』
「ファロさんカウントを! ンアヅオハムオスオサア!!」
ギュイン!! ドン!!
カウントが入ろうとする直前、梓が開けたであろう空間の隙間を発見し魔法弾で打ち抜くエミリア――
「梓さん、この闘技場に戻る事は許されませんよ……」
どうやらエミリアは梓が出現する場所に魔法弾を打ち込み出現を妨害するつもりのようだ!
『ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス……』
カチャ!!
「――!?」
「待て待て待て!! あたいはまだ負けちゃいない!!」
空間の扉が開いたのは、エミリアのすぐ真上だった!!
窓から飛び出してくる梓!! 鮮やかな文様が描かれたチャイナ服を着用している!!
「くっ!!」
鍵の剣の一撃で体勢を崩されたじろぐエミリア――
「金斗雲!!」
ビュイン!!
『これは!? 空飛ぶ雲!?』
「そう、かつて仙術が支配する中国みたいな世界に行ったときに手に入れたチャイナ服と空飛ぶ雲さ!!」
梓は10カウントギリギリで闘技場に降り立つ!!
「エミリア!! あんた、令嬢なんかをやらしとくには惜しい人材だな!! でも、勝つのはあたいだ!!」