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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死ぬほど大好き。

作者: 沙猫対流

ブルフォード高校の体育館は、いつもより熱気に満ちていた。今日は学園祭の後夜祭――片づけも終わって生徒達の馬鹿騒ぎが激しくなっていく。更にここでは、私達が入学するずっと前から伝わる伝統があった。それは、

「ほら急げ急げ! 名物ブル高生、次はお前らの番だぞ? ベストカップルさん」

 祭で活躍した「名物ブル高生」の発表。私はカップル部門で出る。司会のヘンリーに急かされ、私とウィルは壇上に上がった。

目の前には沢山の生徒達。皆今回の「学園祭マジック」で出来たリア充の面を拝みに来た暇人だ。

「えーと、今年の学園祭は凄く面白くて、それに私が今名物ブル高生に選ばれるなんて思ってもいなくて――」

 ウィル、あんたも黙ってないで何か言ったら? 私は彼にそっと目くばせする。

「ねぇジャネット、これって今の心境を言えば良いやつ?」

「そうよ」

すると彼はしばらく考えた後、

「ベーグル食べたい」ぼそっと呟いた。

 たちまち体育館は笑いの渦に包まれる。

「え? 僕、何か変なこと言った?」

「とっても場違いなこと言ってたわよ」

 私が呆れながら突っ込むと、観客は更に沸いた。漫才か何かでも見ているように。

「マジやべぇよあいつ! 面白すぎんだろ!」ヘンリーも舞台裏で大笑い。

 全く、ウィルったら! 私はため息をついた。この天然なところが、彼のチャームポイントでもある訳だけど。



「……あったかな? そんなこと」

 僕は首をかしげた。ジャネットは「絶対あった!」と言って譲らない。

「あの学園祭の話は傑作だったよ! 覚えてねぇとか逆にやべぇから!」

 僕達の親友、ヘンリーも冗談交じりに言った。よほど面白かったのか、思い出し笑いまでする始末だ。

 あれから五年。僕達はもう皆それぞれ別の夢を追いかけていた。今日はその同窓会だ。大学へ進学する人が多く、僕みたいに高卒でいきなり会社員、なんて奴は少数派。

「あんたは本当、後先考えないものね」

 でもその行動力には感服するわ。ジャネットが感心する。褒められて照れくさくなり、僕はアイスティーを一杯飲んだ。


「ウィル、もうそろそろ遅いぞ。帰ったらどうだ?」

ふとヘンリーが壁の時計を見上げた。後三十分で十一時。出歩くにはいよいよ危ない時間だ。

「そうよ、貴方明日も仕事があるんでしょ?私達は明日講義ないから良いけど……」

 ジャネットも心配そうに眉をひそめた。

「俺、家まで送ってくよ。お前体弱いから、酒飲み過ぎて途中で他界されても困るし」

 他界だなんて縁起でもない。でも僕は言う程酔ってないし、最近は気候も穏やかになってきたから、まさかそんなことはないだろう。

「有り難う。でも平気だよ、家近いし。それよりもジャネットと帰る方が良いんじゃないかな。方向も君の方が近いし」

「おぉそうだな! あいつ昔から喧嘩強かったし、――俺よりも!」

 ゾンビが来たって安心だ、と言いかけたヘンリーに、ジャネットの強烈な蹴りが炸裂。私はお化け嫌いなのよ! と一喝した(突っ込みどころが違う気がするが、黙っておこう)。

「じゃあこの辺で。またね、ジャネット」

「バイバイウィル。また今度」

彼女は僕の手を強く握った。つられて僕も握り返す。これは僕とジャネットだけの挨拶。彼女はこう見えても凄い恥ずかしがり屋なんだ。

ほろ酔い気分で家まで帰った。夜空を見上げると、珍しいことに紅い月が出ている。

小説みたいでかっこいいなぁ。ジャネットも、この月見てるかな? 今度会ったら話のネタにしよう。僕はボーっとしながら家のドアを開けた。

荷物を降ろして今日の日記をつけようとノートを広げた。最初に書くのは勿論同窓会のことだ。

ペンを取った瞬間。突然胸がギューッと苦しくなり、目の前に黒いカーテンが下りた。



「ねぇ、ウィルのこと知らない?」

 講義が終わった後、私はヘンリーに尋ねた。

「? どうしたんだよ急に」

「あいつ、最近全然連絡くれないの」

 三か月前の同窓会で会ってからずっとだ。私はぷうと頬を膨らませた。進路が違うと直接会えなくて、こういう時に不便。ましてや相手が携帯なんて滅多に使わない人なんて時には。

「あいつ、元々メールとかそんなしない奴なの。でもここまで何もない事はなかったわ」

 もしかして他の女子と浮気してるのかな。私のこと嫌いになっちゃったのかな。心配事は次々出てくる。

「お前が心配し過ぎてるだけじゃねぇの?」

 ヘンリーはあっさりと告げた。「確かにウィルはちょっと抜けてて、頼りない奴だよ。でも絶対に仲の良い奴を傷つけるようなことはしねぇさ。俺が保障してやる」

 ……そうね。そう思うことにしよう。便りの無いのは良い便りっていうもの。

彼の言葉に多少は慰められた。だけど完璧に、って言うわけじゃない。

校舎を出ると、冷たい秋風が吹いていた。もうそろそろここの、ヴァイス広場のモミジの木も紅く染まる頃だろう。高校時代、よくウィルと一緒に手をつないで通ったな。卒業してからは全然だけど。

デートの待ち合わせに使うこともあったのよね、ああいう風に一番大きい木の下に寄りかかって……。

と、その時。ふいに、木にもたれていた人影が大きく手を振り始めた。

「あ、ジャネットだ。おーい」

「え? って、あんたウィル!?」

 誰かと思えば、私の彼氏じゃないか。私は大急ぎで彼のもとへ駆け寄った。


 ウィルの様子は特に前と変わらなかった。同窓会で「似合ってるね」と褒めたシャツを気に入ったのかまた着ている。黒地に白い骨のマークが入った小洒落たデザインだ。

「どうしてずっと何も言ってこなかったの?

悪い事でもしちゃったのかと思ったわ」

「ごめんね、ここん所体調が悪くて。それに会社から沢山、仕事押し付けられてさ」

 酷いよ部長も。僕が一番下っ端だからって、宿題容赦なく出すんだもん。持病が再発したらどうするんだ。ウィルは笑いながら愚痴をこぼす。

 持病。そう聞いたとき、私は嫌なことを思い出した。彼は心臓に爆弾を括り付けて生まれてきて、一度私の前で発作を起こしたこともあったのである。

 高校の朝礼中、突然ウィルは胸を押さえて苦しみ始めた。剣で貫かれでもしたように。慌てて先生が彼を廊下へ運び出し、私達にはそのまま朝礼を続けていろと言った。彼の病気のこともその後先生から聞いた。

「ジャネット?」

 ウィルが不思議そうに私の顔を覗き込み、現実へと引き戻す。「どうしたの? そんなに僕がメール書かなかったことが――」

「だ、大丈夫よ! 考え事してただけ。久々に会えて本当に嬉しいわ」

「本当?」ウィルの表情はパッと明るくなる。夕食が缶詰と知った猫みたいだ。

「良かった。また怒ってるんじゃないかと心配したよ」

「ふーん、私はそんな怒りんぼに見えるの?」

私はちょっと意地悪に笑った。

――また消えちゃったら嫌だよ?

そんな心の奥の不安を覆い隠すように。



いつもどおりの朝。いつもどおりの毎日。僕の日々ではそれから別段変わった事はない。

いや、ある。あれからは時々、ジャネットと「時間制限つきで」会うようになった。僕達二人とも、自分のしなくちゃならないことで忙しい。特に彼女みたいな大学生は、就職とかの事を真剣に考えないといけない時期だ。

ふと携帯を見る。一昨日来たジャネットからのメールだ。

『明後日空いてる? また会ってお話したいの』

 「明後日」が示すのは今日の日付。嬉しくて嬉しくて、待ち合わせの時間になるのが待ちきれない。僕は小さく鼻歌を歌いながら、ブラシで前髪を整え始めた。


 ジャネットは定刻ぴったりにやってきた。あらかじめタイマーでもかけてたかと疑うほどだ。

「この時間に来る、って言っといたんだから、早すぎても遅すぎても失礼じゃないの」

 ……うん、それはわからなくもないよ? だけど、これだけ正確に来たら、本当は君がロボットなのかと思っちゃう。

 背中にゼンマイをつけて、アンテナが飛び出したジャネットを想像して、僕はつい笑い声を漏らした。

「ジャネットはまじめだよね、本当に」

「相手に迷惑かけたくないのよ。特に……貴方が相手の時には」

 彼女の頬がトマトみたいに紅くなる。

 かっ……可愛い! 僕には勿体無い位だ、やばい、可愛すぎる!

「ウィル? どうしたのよ一人でブツブツと」

 ふいに、ジャネットが僕の顔を覗き込んだ。

「なんでもないよ、ただの独り言だから。あ、そうだジャネット、この辺に凄い美味しい喫茶店あるの知ってるんだ。行かない?」

 焦って無理やり話を逸らす。勿論その喫茶店がどこと知ってる訳じゃない。今適当に思いついただけだ。ところがジャネットは「行きたい! どこどこ?」と目をキラキラさせている。

 案内板を見ると、喫茶店マークは公園の遥か彼方。やれやれ、着く頃にはお腹がグーグーに減ってそうだ。


「美味し~い! 来て正解だったわ。新しいお気に入りのお店が開拓できたもの」

 有り難うウィル! 私は特盛コーヒーゼリーを一匙口に運んで言った。

「う、うん……まぁね。喜んで貰えて嬉しいよ」

 目を逸らしながら答えるウィルは幾分緊張しているようだ。付き合って大分経つとはいえ、やっぱり女子と二人でデートというのは緊張するものなんだろう(まぁ、私達の場合は大体行き当たりばったりのお散歩みたいな物なのだが)。そのせいか、食べる量も前より少ないみたいだし。

「……にしても、今回は流石に減らし過ぎじゃない? あんた、棒人間になっちゃうよ?」

 私はウィルが頼んだ分を見て目を丸くした。いくら何でも、アイスティー二杯だけっていうのは、本当にそれだけで足りるの? と首を傾げたくなる程だ。

「お金、割り勘にするから大丈夫よ」

「大丈夫だよ。お金の問題じゃない。今日は……ちょっとお腹の調子が悪くて。それに甘い物の摂り過ぎは良くないかもと思って」

 彼はにこにこ笑って親指を立てた。

 そういう問題じゃない気もするが。だけど彼が大丈夫と言ってるんだから、きっとこれで足りるのだろう。お腹を減らし過ぎて逆に倒れないことを祈って、私は伝票立てからレシートを取った。


 喫茶店を出ると、ぼくとジャネットは次にどこへ行くか考えた。まわる場所はその場で決めてウロウロ、というのがぼくと彼女のゆるゆる定番スタンスだ。

「どこにするかなぁ。ぼく個人としては、近所の本屋でも良いんだけどね」ぼくは少し冗談めかして言った。実際、彼女といられるならどこでも良かったんだ。三丁目の電話ボックスで二人、電話帳をじっくり読むなんて事だとしても。

「うーん、じゃあ、私から一つリクエストしても良い? その……角に新しいゲームセンターあるでしょ。そこに行ってみたいわ。可愛いぬいぐるみがクレーンゲームに出たらしいから」

 くれーんげーむ? あぁ、あのお金入れて色々と取るやつか。あれ、難しくないかな?

普通に買った方が早いと思うんだけど。

 そのことをジャネットに伝えたら、

「ウィルと一緒に遊びたいのよ」

と、解ってないとでも言いたげに返された。わかんないなぁ。どうして態々面倒臭くてお金かかるやり方が良いんだろう?

女心って複雑だとぼくは思った。

ゲームセンターまではさほど時間はかからなかった。さっきの「即興喫茶店事件」に比べれば短い方だと思う。行くのに一時間もかけたからね、後で伝説に残るよ、あの話は。

 レバーをガチャガチャと動かして、ジャネットは器用にぬいぐるみを取った。今流行のゲームキャラだ(と、説明してくれた)。

「ジャネットって、意外とそういうの得意なんだね」

「小学校の頃によく行ってたの。本当はもっと好きなのがあるんだけど」

 そこまで言って彼女はキョロキョロと辺りを見回す。ぼくの手を引いて店の中をあちこち歩きながら、主人公がアナタにそっくりな顔なのよ、とか、ここのお店で一番古いやつなの、とか言いながら。

 残念ながらそれは見つからなかったけど、ジャネットは途中で面白そうなのを見つけていた。わさわさ出てくる敵を銃で撃っていくよくあるものだが、ずば抜けて解像度が高い。

 コロコロコロ、チャリーン。小銭を入れて機械にセットされた銃型コントローラを構える。「START」の文字と同時に画面の奥から大量のゾンビが現れ――、

「ぎゃあああああああっ!」

 隣の彼女がこの世のモノとは思えない悲鳴を上げた。あ、そうだった。君、お化け大嫌いなんだったね……。

「嫌! 怖い! どっか行け! 嫌い!」

「だ、大丈夫だよ。本物じゃないんだから」

「そうだけど……ぁああ! また出た!」

 叫んで、容赦なく銃弾を浴びせる。

 こんな様子、前にも見た事があったな。高校でぼくが病気で倒れちゃったとき、ジャネットはすごく心配してた。それこそ今の絶叫と競い合える位に。

「ウィル! 死んじゃうの? 絶対やだ! 助けて、私の大事な友達なのよ!」

 救急車の中でぼんやりしてたけど、彼女の声ははっきり聞こえた。

 ぼくはジャネットを慰めながら、画面の奥をのぞいた。顔色の悪く、口からだらだら血を流したゾンビ達がうろうろしている。

 ずきん。にぶい痛み。ぼくは両手をお腹にあてた。ゲーム機のライトのせいか、肌も、Tシャツのドクロマークも、あのゾンビのように青白く見える。立ち上がってコントローラを握りなおすも、手がしびれてうまく扱えなかった。


 ゲームセンターを出ると、空は夕焼けで紅く染まっていた。西の方は赤と水色が混じり合ったような、水彩画のような色合いを醸し出している。

「もうこんな時間なんだ。秋って日が暮れるのが早いね」

 ウィルが、ほう、と溜息を洩らした。

「そうね。日本って国では今の時間だと、ここ以上に綺麗な景色が見れるそうよ」

 私は彼の方を向いてにっこり笑った。ここブルフォードの町は国の中でも一二を争う美しい場所だが、東の彼方にある島国では、木々がもっと鮮やかに色づくそうだ。

「ねぇウィル知ってた? ヴァイス広場のモミジの木ってあるでしょ。あれ、日本から友好の証に送られたんですって」

 私はふとそんな事を思い出した。数十年程前、この国は日本から国交三十周年のお祝いに、モミジの苗木を貰ったことがある。歴史の教科書にも書かれている程有名な話だ。

「ふーん。じゃあ、きっとその木も見頃かもしれないね。見に行こうよ」

 ウィルは楽しそうに言って、広場に向かって駆けだしていった。その姿は遊園地の回転木馬に目を輝かせる子供のようだった。

 彼の予想は大当たり。広場にある町で一番大きな木は、葉っぱという葉っぱを紅く染めて堂々と立っていた。ブルフォードの気候はこの木に合っていたのかもしれない。

「いつ見ても大きな木だよね。飲み込まれそうだ」彼が細い眼を真ん丸くして言った。

「一世紀近くこの町を見守ってきたものね。神様って言う方があってるかも」

私もうなずいた。ひらひら舞い降りる紅い葉が髪を撫ぜる。

 そういえば、私達はこうして会う度にここを訪れていた気がする。昔通った学校も、この木の近くに建てられていた。

 顔面真っ赤にしながらチョコあげた冬も。一緒にお散歩してて、突然出てきた毛虫に驚かされた春も。木の上の特等席で花火を並んで見た夏も。

そして、ブルフォードが一番美しくなる季節も。私達の思い出は、いつもこの木と共にあったのかもしれない。ふとそんな考えが頭をよぎった。


「ジャネット」

 ぼくは小さな声で言った。

「これからも、ずっと仲良くしてくれる?」

 やけに子供っぽくなった。でもぼくの頭じゃこれ以上恥ずかしくない言い方が浮かばない。

「……何言ってんのよ? 当たり前じゃない」

 ジャネットは顔を赤らめながら、ぼくの手を力強く握った。青いキレイな眼がぼくと、まわりの景色をうつし出す。

 ――本当に? ウソじゃない?

 彼女を見つめて何度も心の中でつぶやく。そのうちに、ぼくはもうガマンが出来なくなって、ぽたぽたと目から紅い汁を垂らした。おかげで目元を拭いた白いハンカチは、たちまち紅く染まっていった。



――これからも、ずっと仲良くしてくれる?

 一週間前、最後にウィルが言った言葉が、未だに私の頭から離れない。いつも能天気な彼が、何であの時に限ってそんな事を? これじゃあまるで――、

「あいつがどこかへ引っ越しでもするみたいじゃない」

 私は首を捻った。だけど彼からは、もうすぐ引っ越すとかいう連絡はない。心臓病が再発して、もう治らないなんて事も無い筈だ。彼は確かに「持病が再発したらどうするんだ」とは言っていた。でもその後、ほんの冗談だったと言ってくれたし、もう病気になることはないとも教えてくれた。

「そうよ、私の考え過ぎなだけ。あいつは嘘なんてつくような奴じゃないもの」

 私は小声で、再度自分に言い聞かせる。大丈夫、大丈夫。ウィルは率直に「仲良くしてほしい」って思ってただけ。裏の意味なんてないの。

「なーにが、『考え過ぎ』なんだよ?」背後から、いきなり誰かが肩を叩いた。この声は、……ヘンリーね?

「なんだ、ヘンリーじゃない。全部聞いてたのね」

「俺の指定席はお前が座ってる所なんだよ。一番景色が良くて、授業中にうっかり眠っても教授にばれにくい所。わかる?」

 親友は呆れたように言った。成る程ね、その「指定席」に座ろうと思ってたら、先に来てた私が占領してたと。それでついうっかり独り言の内容も聞こえたと。

「一つ前に行けば良いじゃないの」

「それだと、後ろからお前にばれるだろ」

「じゃあ、たまには真面目に講義受けるのね」

「はいはいわかったよ。わかりましたよ」

ヘンリーは不満気に口を尖らせた。背負っていたリュックをどかっと椅子の上に置く。

「あ、ジャネット。さっきの質問の答え、何だったんだ? 話くらい聞いてやろうか?」

 突然、彼はぐるりとこっちを向いた。どうやら、私が悩んでたことが何だったのか、訊きたかったらしい。少し雑だが、彼なりの思いやりのつもりなのだろう。

 私はさっきのことを全部喋った。勿論、ウィルがあの日最後に言った言葉も。

 ヘンリーはしばらく興味深そうに聞いていたが、最後のあたりに怪訝な顔をした。それからしばらく考え込んで、「うっわ……」とでも言いたげに頭を抱える。

「お前……それ全然大丈夫じゃねぇぞ」

「は?」

 私があっけにとられていると、彼は更に続ける。

「……あのさ、俺、その日コンビニ行く途中で、喫茶店にいるお前の姿見たんだよ」

「う、うん。窓側の席にウィルと二人並んで座ってたけど?」

「知ってる。でも、そこにはお前一人しかいなかった。ブツブツ独り言言ってるようにしか見えなかった」

 私はさっと青ざめた。どうして彼にはウィルの姿が見えてなかったの? 私にははっきり見えてたのに。それとも考え過ぎで幻覚見ちゃったとか?

 全てが分からなくなってくる。でも私が見たのは幻覚じゃない。だって、私が握ったウィルの手は、扇風機にずっと当て続けたみたいにヒンヤリしてたもの。

「……ちょっと、考えを整理させて」

 私はおもむろに席を立った。その後受けた講義も、殆ど頭に入ってこなかった。


 家に帰る頃には、もうすっかり外は暗くなっていた。ブルフォードの秋は、夜になると墨汁でも塗りたくったみたいに暗くなる。遅くなるとき、懐中電灯は必須装備だ。

最近は不審者も出るって言うから、急いで帰らなきゃ。私は大学を出ると、ライトで辺りを照らしながら恐る恐る進む。気味が悪い程に紅い月が、更に不安要素をかきたてる。こんな日には不審者どころか、お化けが出そうな気がするんだけど。

角を曲がって、コンビニの前を通り過ぎる。ああ良かった、向こうの信号を渡れば家だ。

と、その時。

「よぉ、お嬢ちゃん」

 後ろから誰かに声をかけられた。気味の悪い男の声。まずい、これきっと不審者だ!

「動くんじゃねぇ。殺すぞ」

 ゆっくりと首筋に刃物が当てられる。血の気が引いた。目の前を走馬灯が駆け巡る。

 ――あ、これ無理です。私死にました。

 私はぎゅっと目をつぶった。

「ああああああああ!」

 闇夜につんざくような悲鳴が響き渡る。

 次の瞬間、後ろでは刃物を持った男がガタガタ震えて失禁していた。無理もない。だってそこには――

「……誰? ウィルなの?」

 黒地に白い骨マークのシャツ。あの時の恋人と同じ服装で、所々骨がむき出しになった血まみれのゾンビが佇んでいたのだから。

「じゃねっと」

 ゾンビは目から紅い汁を垂らしながら、ゆっくりとこちらに向かって手を伸ばす。

「ぎゃああ! 助けてくれ、化け物だ!」

刃物男は全身のあらゆる所から液体を出しながら逃げて行った。傍から見れば滑稽な様子だが、今はそんな笑っている場合じゃない。

「じゃねっと」

「……ウィル、なのね? どういう事? 何かの悪戯なの?」

「ちがう。ごめんね、ぼくはもう、どうそうかいのときに、しんぞうほさで、」

 私はもう涙をこらえきれなかった。彼がもうこの世のモノではないという事実が受け止められず、その場にしゃがみ込んで泣いた。

「ごめん。ぼくも、さいしょは しんだなんておもてなかた」

 ほんとにわるかった。腐乱した肉塊はぎこちなく頭を下げて、その拍子に目玉が片方取れてしまった。

「もうしないから――」

 次の瞬間。

「辛かったね」

 私は、彼をそっと抱きしめていた。溶けた皮膚が服に絡みついてくる。

 もっと早く、彼が亡くなったって気付けばよかった。ウィルとの時間を大事にすれば良かった。後から後から自責の念が湧き出てくる。

「私の方こそ、ごめんなさい、ウィル」

 私はどろどろの胸に顔をうずめた。冷蔵庫の中でよく冷えた生肉みたいだった。



「さんぽしよと、おもただけだったんだ」

ぼくはうまく回らないしたで、ぽつぽつと話した。「そろそろ、てんごくにいってもおかしくないとおもた。だから、ぶるふぉーどのまちも、みおさめだって」

あのときから、ぼくの体は少しづつくさっていった。なかみから、きんにく、ついにはヒフまでも。

そしたら、ジャネットは、ふふふ、と、おかしそうに笑った。

「馬鹿ねぇ。あんたがそんな恰好で町へ行ったら、大体の人が驚いちゃうわよ」

「よるだから、だいじょぶとおもた。でも、じゃねっとは、こわがらなかた」

 お化けはキライって言ってたのに。ゲームセンター行ったときも、ホンキでびびってたのに。

「驚いたけど、怖くなかったのよ。大好きな貴方だって判ったもの。それよりも、貴方ともっと仲良くしておけば、っていう後悔の方が強かったの」

 そうつぶやいて、また悲しそうな顔になった。ちがうよ、ジャネットはわるくない。こんなにくさっても、しんだって言えなかったぼくがわるいんだ。

「ごめん」

「ごめん連発するのって好きじゃない」

「こんどはかんたんにしなない」

 ぼくはジャネットの目をじっと見た。それからキッと夜空の紅い月を見た。

「つぎに、じゃねっととあえたら、もうかんたんにしなない。たくさんながくいきる」

「……絶対そうしてよ。次またすぐ死んだら、真面目に絶交だから」

 そういいつつも、ジャネットはその言葉が聞けてうれしそうだった。ぼくもうれしかった。さいごにきちんとジャネットと話せて、本当に良かった。

「もういかないと」ぼくはつぶやいた。もう心残りはないから、早いうちに向こうに行っとかないと、生まれ変われない。

「早めに生まれ変わってよ」

「わかた。うそつかない」

 ぼくはジャネットの手をぎゅうとにぎった。力を入れ過ぎて、ぼくの手がこわれないていどに。

――さよなら、またあえたらいいな。

 ぼくの体はそれをあいずにくずれおちる。ふっとタマシイがぬけた。くさった体から、たくさんの黒白もようのチョウがとんでいく。あの紅い月にむかって――、



 あの夜の出来事は何だったんだろう?

 私は今も時々考える。だって私が家に帰ろうとしたとき、ウィルの死体は自宅でちょうど見つけられたところ。こっちに持ってくるなんて不可能なんだから。警察が見つけた時には、遺体には沢山のチョウが群がってて、窓から一斉に飛んでったらしいけど。

 ヘンリーにこの事を話したら、「それきっとウィルがお前に会いに『飛んできた』とか?」と返された。チョウの事は通行人も見たらしいから、嘘ではないだろう。

 全く、最後まで不器用な彼氏だ。


 それから毎年、私の家の近くには、モミジが紅く染まる頃になると、黒白の羽のチョウが舞うようになった。決まってウィルの命日の前後あたりだったのが、やけに不思議だった。

「ジャネット。今年もヴァイス広場の木、綺麗に色づいてるよ」

 彼がそう伝えに来たようで。

             〈おしまい〉


 こんにちは、沙猫です。こう書いてスナネコと読みます。

 さて、この深夜テンションと変な冒険心に満ちた三流小説はいかがでしたでしょうか。これはある怪談話にインスピレーションを受け、舞台を外国にして書いた話です。元々ホラー系が大好きだったのに、「恋愛小説的にしたら、印象良くなるかも」と、馬鹿な決断をしてしまい、後に引けなくなって書きました。とんだ馬鹿野郎です。

 ちなみにノリノリでこんなの書いてた癖に、本人は非リア充です。ゾンビにも会った事がないので全部想像です。後、小説の後半で平仮名異様に多いのは仕様です。

今読み返すとヤバいくらい支離滅裂で、実際呆れました。読んで「うっわ…」とか思った人ごめんなさい。

 それでは。

一度でいいから幽霊の類に会いたい沙猫より


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