妹の現実・戸隠秋穂の場合 6
玄関でぽかんとする俺。そして我が妹は、おもむろに財布から一万円を取り出した。
「ほら、これで美味しいもんでも食べてきな」
「バ、バカにすんなよ!」
なんとこいつ、買収しようとしてきやがった。実の兄を買収しようとする妹ってどうよ。これでスレたてたらのびるんじゃね?まあいいよ、どうせ真剣に取り扱われないし。とにかく、すげープライド傷つくんですけど!
「そ、そんなエサでつられるわけないだろ……」
チラッ……チラッ…。
そうだ、俺は犬じゃない。ペットじゃないんだ。俺にだってプライドがある。兄として、人としてプライドがある。妹に買収されるわけなんて…。
「ふうん…いらないんだあ」
人差し指と親指でユキチ先生をちょこんとつかみ、目の前でヒラヒラとさせる妹。口元がニヤニヤと笑っている。あれ…やばい…なんか知らないけど、無意識に…目が…お札をおって…目が…目が…めがあああああ。
左右にゆれるお札がチラチラチラ。
「俺にもプライド…が…」
そうだ、プライドがあるから、妹からの買収なんて…プライド…が…。
「あっそ、いらないんだ」
ひょいと財布の中にお札を隠す妹。
「あああああ…」
「あれえ?どうしたのかなあ、お兄ちゃん。そんな残念そうな声出してえ」
「いや…これは…その…」
思わず声が出てしまっていた。というかむしろ、手がお札にのびかかっていた。そんなあきらかにあきらかな、どうしようもない兄の姿をこの聡明な妹は見逃さなかった。ニヤニヤと笑いながら、大げさにため息をつく。
「あーあ、残念だなあ。お兄ちゃんには日ごろの感謝を込めて、せっかくあげようと思ってたのにい」
クソッ!我慢我慢…こんな見え見えの作戦にだまされてたまるか…。大体うちの妹ときたらいつもこうだ。俺なら何でも言う事聞くと思って…。
「このお金があれば、お兄ちゃんの大好きなゲームだってフィギュアだって買えるだろうなあ。秋穂、お兄ちゃんにプレゼントしてあげたかっただけなのになあ、残念だなあ」
我慢…プライドがあるだろ…我慢…我慢…プライド…我慢…。
「あ~あ、せっかくさっきもらってくれたら一万円、もう一枚あげようと思ってたのに、残念だなあ」
我慢プライド我慢プライド我慢プライド我慢…が…できません!もう、がまんできなーい(ケロッグ風に叫ぶべし)
「秋穂さん!」
「なーに、お兄ちゃん♪」
二万円を片手に、ニンマリと笑う妹。
「何なりとお申し付けください!」
アイドルの妹の月収、ほにゃらら万円。兄のプライド、二万円。
玄関で土下座をした俺の姿、プライスレス!
結局、俺は妹から二万円を受け取り、家を出ていく事にした。やばい!高校生の俺にとって、この臨時収入はかなりでかい!やばい、やばいよ!何のゲーム買おう。最近いろいろ我慢してたし…ふふ…。
「ぐふふ、ぐふふふふふふ」
「本当キモいわね…」
思わず笑い(当社比1.3倍キモさ増し増し)がこみ上げる。
「まあとにかく、その金やるから。とっとと出て行ってよ。もう時間もないんだし…」
「ああ、わかったよ。今すぐ出ていくさ」
こうして、俺は二万を片手にくるりと後ろへ回れ右。玄関からドアノブに手をかける。妹のジトっとした冷たい視線を後ろに感じつつ、いざ出発―――…と思ったのだったが…ドアを開けた瞬間、俺の前に広がったのは明るい空ではなく、今まさに我が家のインターホンを押さんとした…テレビ局の撮影隊だった。
突然開いたドアから現れた男(俺)と目があい、あきらかに驚いている女性ディレクター。インターホンを押そうとしたままの姿勢で、彼女の動きが固まっている。そして目だけで俺と妹を何度も何度も見やるスタッフ。
さて、ここで問題です。ジャジャン!
ある日あなたは仕事で、人気絶頂のアイドルの家を訪問しました。事前にうかがっていた家族構成は、唯一の姉妹である姉との二人暮らし。しかし、玄関でインターホンをならそうとしたその瞬間、突如開いたドアから現れたのは一人の男でしたあ。
なんだこれは。そう驚いたのもつかの間、よく見ると男はニヤニヤ顔で、しかも片手に二万円をにぎりしめていました。そして男の肩越しに玄関をのぞくと、そこには今まさに恐ろしい何かを体験したかのような、顔を真っ青にしたアイドルがいます。
問題。この状況で、はたして男の正体は何だと考えられますか?800字以内で答えなさい。
正解は今夜中にアップ予定です