妹の現実・戸隠秋穂の場合 1
「兄ちゃま…私…兄ちゃまのことが…大好きなんだぞ♪」
兄である俺の誕生日を祝うため、妹のアリアがケーキを焼いてくれた。小さな鼻に小麦粉をちょんと付け、アリアはいつものように笑いかける。そして焼きあがったケーキをフォークにさし、俺の口元へと運んだ。
「ほら、アリアが兄ちゃまのために焼いたケーキ、あーん」
パクリ、モグモグモグ。
「ふふ、おいしい?」
お、おお。まあまあ…かな。
「えええ!まあまあなの~?…アリア…悲しい…」
シクシク、シクシク。
小さな手で目をおおい、アリアが突然泣き出す。
いや、おいしい!とってもうまかったよ!
「ほ…本当?」
ピクっと泣くのをやめ、指の隙間からこちらを見つめるアリア。
ああ、本当にうまかった。母さんが死んでから三年……。いつの間にか、こんなにも料理ができるようになってたんだな。俺、知らなかったよ。ごめんな、寂しい思いをたくさんさせたよな。そっと妹の手をとり、優しくつつむ。
「え……兄ちゃま?」
見つめあう二人。
アリア…俺もお前のこと…すげえ、すげえ好…
「好きじゃねえええええ!やっぱ無理だこんな設定ーーーー!」
画面上に繰り広げられる超絶ありえない二人のやり取りに、サジを投げる変りにコントローラーを壁へと放り投げた。
『わけありマイシスター~パン屋で造る人造人間~』、通称わけマス。
パン屋だけど実は人類を救うロボットを造る「ちょっとわけあり」な妹との恋愛を描いたギャルゲーだ。そのあまりにぶっ飛んだ設定が注目され、巷でちょっと話題になっている。
今まで、数多くの妹ゲーに裏切られ続けてきた俺だったが、ネット通販のレビュー評価が異様に高かったため、これならば大丈夫かと思い購入してみたのだが……。やっぱりダメだった。リアルに妹がいる人間は、ゲームの中の「妹」という存在にブヒブヒできないのだ。
いや、たしかに、俺がこのゲームにのめり込めないのは現実に妹がいるからだけでなく、妹であるアリアが自宅のパン工場で作ろうとしている世界の救世主が、どうみてもあの国民的アンパンヒーローだという意味不明すぎる設定も一つの要因であろう。
飼い犬であるチー○に向かって、「立派なバター犬に育つんだぞ♪」なんて、ちょっと著作権と倫理規定スレスレな会話も、俺をドン引きさせるのには十分だった。
しかし、それを差し引いたとしても、やはり俺は妹という存在にトキメク事ができなかった。だってさ…
「ちょっと、キモイ声で叫んでんじゃないわよ!」
これが現実なんだもん。ふいに向けられた罵声。振り向くと、そこには両手を前に組んだ妹、戸隠秋穂が俺の部屋の入り口に立っていた