姉の現実・戸隠春香の場合 2
ずっと握りしめていたコントローラーを放り投げ、俺は急いでゲームのパッケージを開けた。そして、中から一冊の説明書を取り出す。
「ドントシィンク、フィール」の格言のもと、ゲームはやりながら体で覚える派の俺。当然説明書など読まない。しかしまさか……これがこんなとこで裏目に出るとは……。説明書内のキャラクター紹介のページ。そこに記された、衝撃の事実。
「春香…てめえ…」
藤崎シヲリ CV・戸隠春香
「俺の…俺の藤崎を返せええええええ!」
土下座するように、がっくりとうなだれる。涙まじりに叫ぶ声が、空しく部屋をつつんだ。俺の姉のもう一つの正体。それは、今をトキメク超売れっ子アイドル声優だということ……。
170センチはあろうかという身長に、スレンダーな四肢。いわゆるつり目と美しい黒髪の組み合わせにより、妖艶という言葉がぴったりの姉。弟の俺が言うのもなんだが……ていうかすげえ認めたくねえけど!あいつはいわゆる美人という分類に属する。
モデル体型に美しい容姿、加えて何十種類もの声色を持つ抜群の演技力ときたもんだから、姉貴の声優としての人気はすごい。本人は嫌っているが、いわゆるアイドル声優として、専門誌のグラビアや表紙にひっぱりだこだ。そして俺は、そんな姉が演じてるとは知らず、この一カ月間姉の声でハアハア言っていたギャルゲーヲタク、いわゆるバカだ。
「ちくしょう…まさか…まさか声優がお前だったなんて…」
姉貴の仕事に興味もたないようにしていた代償がこれとは……まったくもってやり切れない。しかし落ち込む俺に、姉の春香は容赦がなかった。
「元気だして?ナツヒコ君」
「その声でしゃべるな!」
普段とは違う、藤崎シヲリとして話し続ける春香。
「大丈夫よ、ナツヒコ君が気持ち悪いのは、今に始まったことじゃないもんね」
「や…」
「まさか、実の姉の声であんな事やこんな事を妄想してたなんて…」
「やめ…」
「でも平気、私…気にしないよ。たとえ愛した人が変態だったとしても…」
「やめ…て…」
「だって…だってね…」
「その声やめて…」
「あなたを殺して!私も死ぬからあああああ」
「うわあああああああ」
見上げると、姉貴の口だけが不気味に笑ってる。やべえ、ていうか超怖い
んですけど。とりあえずこんな時はいつものように腹をくくって……。
「どうもすんませんでしたーーーーー」
姉貴の足元で、三つ折り指で、俺は土下座をした。今の俺なら、例えこの床が灼熱の鉄板でもこうするだろうさ。
「堪忍や…堪忍やシヲリいいいい」
すすり泣く男の声。お前の存在がこれ以上バカ姉貴の言葉で汚されないために、もうこの方法しかないんや。ああ、土下座してるから見えないけど、きっと今頭をあげたらこんな光景が見えるんだろうな。
ニンマリと幸せそうに、抜群の笑みで弟を見下す、姉貴の姿が。
その後一日、俺が姉貴の言いつけに対し、全て「イエス、ユアハイネス」と叫びながら従ったことは言うまでもないだろう。鏡に映った俺の目が赤くなっていたのは、決して涙のせいじゃない。きっと…ギ○スのせいだ…そうに違いない…ぐすん。
ちなみに、弟の告白シーンを邪魔してまで姉貴がやらせたかったことは、部屋の蛍光灯を代えることだった、ただそれだけだったことを俺はどうしても皆さんに伝えたい!。
「だって、イスなんか上って蛍光灯代えるなんて、面倒くさいじゃん」
藤崎シヲリの声で、吐き捨てるように姉は言った。結局、あの土下座むなしく、その日姉貴は終始藤崎の声色で生活をした。
「ナツヒコ君だけの特別エンディング。結婚20年後の藤崎シヲリを見せてあ・げ・る♩」
そう言い放ち、怪しく微笑む姉の姿…今も鮮明に思い出される。ああ、早く、早く忘れたいのに!
「ほら、早く夕飯つくりなさいよ!」
テレビのリモコン片手に、藤崎シヲリが怒鳴り散らす。
「ぎゃははははははははは」
腹をかきつつ、バラエティ番組の下ネタに下品に笑う藤崎シヲリ。
「ぎゃははっははは、うっ!」
ぶうううううう、という強烈な音と共に、オナラをする藤崎シヲリ。
「うっわ、くせーーーひいいいいい、ぎゃははははは」
自分でオナラをして、自分で笑う藤崎シヲリ。
メシがまずいと怒鳴る藤崎シヲリ。
大音量でゲップをする藤崎シオリ。
旦那(俺)の稼ぎが悪いとバカにする藤崎シヲリ。
ソファでいびきをかきながら眠る…(以下略)
戸隠夏彦17歳。俺は決して、姉貴にもえたりなんかしない!
次回は妹登場です。明日更新予定!