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姉の現実・戸隠春香の場合 1

「ナツヒコ君…私、やっぱりあなたのことが…好きなの」


 春、桜の季節。満開の花びらに祝福されるように、俺、戸隠夏彦17歳は告白された。相手は幼馴染の藤崎シヲリ。高校入学以来、俺はずっと藤崎一筋に追いかけ続けた。高校に入りたての頃は、いわゆる友達以上恋人未満の関係。お互い相手のことが嫌いってわけじゃないけど、幼馴染という関係がかえって仇となり、どこかそれ以上踏み込めないでいた。


 でも、やっぱり俺は藤崎のことが好きだった。昨年行われた文化祭、一緒にクラス代表として切り盛りしたお化け屋敷で、俺はそれを実感した。


 それからここまで、まさに一直線に駆け抜けた高校生活。藤崎の心を射止めるため、一心不乱に走り続けた。


 俺に好意をよせてくれていた同じ部活のかわいい後輩や、バイト先の美人な先輩からのお誘いにも負けず、与えられた全ての時間を藤崎のためにつぎこんだ。


 藤崎の前で恰好悪い俺ではいられないと、体を鍛え、お洒落にも気を使った。藤崎は頭も良いお嬢様だから、バカじゃ釣り合いがとれないと勉強にも力を注いだ。お陰で彼女と同じ、一流大学にも合格することができた。


 本当に、高校に入学した頃からは想像することができないほど、俺のパラメーターは上がったのだ。そして今日、ついに俺はこの日を迎えた。憧れだった、ずっとずっと好きだった藤崎に、ついに告白されたのだ。伝説の、約束の木の下で…。


「うわ、キモ!」


 今まさに告白に答えようとする俺の背中から、まるでつぶれたカエルでも見るかのような冷たい視線と声が響く。


「何あんた、またギャルゲーなんてやってんの?」

「うるせえ、関係ねえだろ!ていうか、勝手に俺の部屋のドア開けんなよ。ノックぐらいしろ! 」


 突然のキモイ発言にも負けず、俺は振り返ることなく食い入るように画面を見つめ続ける。国民的ギャルゲーの最新作。『メチャドキメモリアル4』。この一カ月、俺が全精力を注いできたゲームは、今まさにクライマックスなのである。


 そんな大事なシーンを邪魔しやがって。これだから現実は嫌なんだ。俺は罵声の主たる姉に釘をさす。


「いいか、今は大事な告白シーンなんだよ。用なら後で聞いてやるから、邪魔するんじゃねえ」

「たかがゲームに、何熱くなってんのよ」

「たかがゲーム?されどゲームだ!訂正しろ!」

「いや、何かよくわかんない上に、全然格好良くないよ……」

「とにかく、邪魔するな!」


 さて、こうしてバカな姉貴とバカらしい会話をしてる間にも、画面の向こうでは着々とイベントが進んでいる。藤崎の告白をうけ、画面の中のもう一人……いや、真実の姿たる俺は藤崎の肩を抱く。


「おおおおおお!」

「ねえ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」


 ナツヒコが藤崎に、優しく語りかける。


「俺も…ずっと好きだったよ…シヲリ!」


  肩に置いた手を背中へとまわし、彼女をぎゅっと抱きしめる。


「きたああああああああああああ」

「ねえ、だから今すぐ頼みたいことが……」


 ナツヒコの腕の中で、藤崎シヲリが目をつぶる。画面のアングルが藤崎とモチツキのアップへと切り替わる。目をつぶったまま、二人の顔が少しづつ近づいて…。


「いっけーーーーーーー」

「ねえ!人の話!」


 MK5。マジでキスする5秒前。


「ナツヒコ、いきまーーーーーす」

「人の話を聞けええええええーーー」


 ブチッ。


 怒声と共に、何かが切れた音がした。そして、ついさっきまで夕日をバックに抱き合っていた二人が消えていた。画面が真っ暗になっていた。


「ナ、ナツヒコおおおおおーーーー!」

「うるさい、キモイ、死ね!」


 動詞の活用をするかのように、軽やかなテンポで姉貴がキレた。よく見るまでもなく、姉貴の手に握られているものは、さっきまで俺が命を捧げていたゲームの……電源コードだった。


「てめえ、何勝手に電源抜いてんだよ!」

「うるさい、いいから人の話をきけ!」


 鎖ガマよろしくコンセントを片手でぶらぶら振り回す姉。無茶苦茶だ……マジでこいつ無茶苦茶すぎるよ……。ダメだ、怒りをこらえることができねえ。


「今……大事なシーンだって言ったよなあ……」

「あんたが人の話を聞かないからでしょうが」

「後で聞くからちょっと待てって返事したじゃねえか」

「い・ま!用事があるって言ったでしょ!」

「聞き分けのないガキかお前は!他人の言うことにもうちょっとは従え、我慢を覚えろ!」

「他人の言うことなら聞くわよ。人の言い分なら我慢もするわ。でも、あんたみたいな家畜同然の下僕に対して、何で私が我慢しなきゃいけないわけよ」

「なっ…」


 こいつ…今平然と、実の弟を下僕と言い切りやがった。


 戸隠春香、21歳女子大生。その正体は、何の躊躇もなく俺のことを人外扱いするバカ姉貴。性格は残忍にして冷酷。非道の中の外道。魔界の悪魔。俺の頭痛のタネであり、こいつのせいでいつも頭を痛めている。ああ、もうどんな同じ意味の罵詈雑言を重ねてもこいつには足りない。結論、最低のバカ姉貴。


 大体、振り向かせたいだけなら何もコンセントを抜かなくてもテレビの電源をオフにすればいいだけじゃねえか。リモコンもすぐ傍にあったのに……。それをわざわざデータ飛ぶのわかっててゲームのコンセントを引っこ抜くとかさ……。どこまで性格悪いんだよ!


「くそ…俺の、俺の告白シーンを返せ!藤崎との夢の瞬間を奪いやがって…どうしてくれんだよ!」


「ナツヒコ君…私、やっぱりあなたのことが…好きなの」


 刹那、先刻聞いたばかりの藤崎の告白が部屋に響く。なんと…これはもしや…。

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