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短編・ショートショート

ハッピーバースデイ

作者: 葦沢かもめ

「明日は何の日だと思う?」

 ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる顔が一つ。俺はそれを見ていないふりをして、弁当の冷めた飯を口の中に押し込んだ。

「何の日だっていいだろう? 平和なんだから」

「とぼけるなよ。お前、記憶力だけは良いじゃないか」

 別に何でもかんでも無差別に覚えている訳ではないのだが。仕方ない。適当に頭の中で検索をかけてみるか。明日は12月14日、水曜日。

 まず思い出されるのは、アムンゼン。人類がわざわざ南極点まで到達した初めての日だ。無類の南極マニアか、もしくは南極を舞台にした映画を最近観たというなら話は別だが、逆に言えばそんなことでもない限り、こいつがそんなことを尋ねる可能性がないことを、俺は知っている。

 もう一つの可能性として頭に浮かぶのは、大石内蔵助。四十七士が苦節の末に仇を討った日だ。この時期ならどこかで必ず忠臣蔵のドラマか、そうでなければ歴史探訪モノが放映されているから、目にする機会は多い。だが残念なことに彼の日本史の成績は芳しくない。論外だろう。

 じゃあ、明日は何かの記念日だっただろうか? あの言い方から察するに、以前に奴から教えられたことがあったのかもしれない。ただ残念なことに、俺の記憶力は必要が無ければ発揮されることはない。面倒は嫌いだからだ。つまり覚えていなければ、それは俺にとってはどうでもいい日だということ。ならば答えは一つ。

「ああ、誕生日か」

「そうだよ、僕の大事な妹の誕生日。やっぱり覚えてるんじゃん」

 ……まさか当たるとはね。

「で、折り入って頼みたいことがあるから、放課後に下駄箱の前でな」

 そう言うと、奴は用事があったのか、さっさとどこかへ行ってしまった。俺は承諾も何もしていないのだが。せめてその頼みとやらが何なのか教えてから、いなくなって欲しいものである。


 さて放課後。連れていかれたのは近くのコンビニだった。

「コンビニで何を買うんだ? まさか誕生日プレゼントじゃないだろうな?」

「まあそんなとこだ」

 そう言うと右手で商品カゴを取り、それを踊るように左手に持ち替えると、また一つ山から持ち上げた。

「おい、何してんだよ!?」

「お前も二つな」

 この怠惰の塊が荷物持ちを好まないことを知っているだろうに、さらに二つ持てと言うのはこいつくらいだろう。まあ、面倒は承知で付き合ったのだ。仕方ない。

 とりあえずカゴを二つ重ねたまま持って、アイス売り場に陣取っている奴の方へ向かった。もしここで子供連れが来たら、確実に不審者扱いだな。現時点でもアウトではあるが。

「何をするにしても、手短かに頼む」

「気にするな。すぐ終わる」

 と言うやいなや、奴はアイスキャンディーを両手に抱えて取り出し、床に置かれたカゴへ流し込んだ。冷気だけがカゴをすり抜け、足元に這い寄ってくる。それを見ただけで、体感温度が3度は下がった。

「それを買い占めてプレゼントにするのか?」

「いや、ちょっと違うな。これは”原料”だ」

 イタズラ小僧の、眩しいくらいに白い歯が光る。

「全部溶かしてから固めて、デカイのを作るとか?」

「それは名案だ。もし余ったら、それもやってみよう」

「……かき氷にするとか?」

「それもいいねぇ」

 奴は軽快にアイスを抱えてはカゴへ詰め込む操作を繰り返している。既に最初のカゴは埋まったようだ。

「そうじゃなかったら、他に何を作るんだよ?」

「何でも覚えてるくせに、そういう頭の回転は悪いんだな」

「いいから教えろ。手伝わんぞ」

「しょうがないなぁ~。じゃあヒント! 『当たり棒』」

「『当たり棒』?」

 そう言えば確かに、このアイスキャンディーは当たり棒が極稀に入っている。1等から3等までがあり、季節によって賞品も変わるのである。今は冬のキャンペーン期間中で、雪だるま型湯たんぽや静電気避けのキーホルダーが当たるらしい。

「もしかして、当たり棒が誕生日プレゼントなのか?」

「そうとも言えるかな。妹が欲しいのは、湯たんぽらしいんだけどね」

「だがちょっと待て。お前は妹の誕生日プレゼントに当たり棒だけを渡すのか?」

 よいしょ、と最後の一抱えで二つ目のカゴを満杯にしてから、奴は視線を俺に向けた。

「まさか。ちゃんとアイス付きのままで渡すさ。そうじゃなきゃ、当たった時の喜びがないじゃないか」

「しかしどうやって当たり棒を見分けるんだ? 実際に食べてみなきゃ分からないだろ?」

「だから言ったじゃん。これは”原料”なんだよ」

「……?」

 やれやれというように、奴は深く溜息をついてから説明を始めた。わざとらしいのが、癪に障る。こっちは手伝ってやっているというのに。

「見つけた当たり棒で、また同じ形のアイスを作るのさ。それを袋に戻しておいて、渡す時にさも今取り出したかのように差し出すんだよ。そうすれば、その場で喜ぶ姿を見れるしね」

「なるほど。まあ、確かに」

「じゃ、カゴを片方持ってもらえるかい? さすがに一人で二つは持てないや」

 俺が持ってきた空のカゴは、無駄だったと?


 後日、購入した中に当たり棒が入っていたこと、再度同じ形に固めるために試行錯誤したこと、そして、それを貰って「当たり」に気付いた時の妹のリアクションを延々と聞かされることになったのは、言うまでもない。

 俺だったら、わざわざそんな手間暇をかけずに、自分で当ててきた湯たんぽをプレゼントしてしまうのだが、奴はそういう無駄なところでこだわるらしい。アムンゼンにしても、人類が発展すればいずれもっと簡単で安全に南極点に行けるようになっただろうし、大石内蔵助にしても、待っていればいずれ吉良上野介は勝手に死ぬのである。結果は変わらないのに脇道に逸れてしまうのは、人間の習性なのだろう。

 そしてそれは、この面倒臭がりにも言えるのかもしれない。どうせ何もしない高校生活だ。一日ばかり友人が誕生日プレゼントを買うのに同行したところで、何かが変わるはずはない。しかし俺がその脇道に自分から入っていったのは、厳然たる事実なのである。

 なぜそんなことをしたかって? それは、答えるのも面倒だ。


 お読み頂きありがとうございます。


 この作品は、ちょうど「執筆中小説」のところに放置されていたのを見つけたので、それをささっと書き足して校正したものです。冷蔵庫の余り物で作ったものですがどうぞ、的な感じ。


 元のTwitter小説がしょうもないので、個人的にはアドリブでここまで形に出来たことにむしろ満足しております。こういうネタを眠らせておくよりは、こうして晒し置きしたほうが少しは有益な気がするので、またこんなのを書くかもしれません。その時は温かい目で見てやってくださいな。


葦沢


June 17, 2012

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― 新着の感想 ―
[一言] あ、こういうの好きです。アイディアも雰囲気も最高ですね。
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