第1話
誤字脱字がものすごく多いので誤字のご報告お待ちしております。
感想などもいただけたらうれしいです。
多分遅筆です。
「あり得ない……」
鬱蒼とした森の中、佐山は呆然とそう呟いた。
「リアルな痛み、だと?」
掌をじっと見つめたままの佐山の視線は、特にその中心の赤い点――にじみ出ている血に注がれていた。
あり得ない、と佐山はもう一度繰り返した。
VRMMOをプレイする上で必要なものは二つ、ゲームソフトとヘッドギアと呼ばれるゲーム機である。
VR――仮想現実という名前の指すとおりプレイヤーはゲームの中の世界をあたかも現実のように体感することができるが、これには問題があった。
現実の世界での体の問題なども当然あるが、今回佐山が驚愕しているのはそちらの方面の問題ではなく、ゲーム上での問題だ。
MMOというものは大概にして戦闘ありきのジャンルな訳だが、戦闘である以上キャラクターはダメージを負う、場合によってはキャラクターが死んでしまうことだってある。
ではそれが現実の物になったらどうだろう? いくらそれがゲームの世界の中でのことで現実の体で起こったことではないとはいえ、本当に死ぬような痛みを体感したら?
実際の体が無傷であるにも関わらず頭が自分は死んだと判断し、実際に人が死んでしまったという事例がある。
この場合もそうである――では、どうすればいいか?
現実味を引き下げればいいのだ。
その最たる例が痛覚である。
これは現実ではない――否、例え現実だと思っても問題のないレベル。
ゲームにおける即死レベルのダメージに対してプレイヤーが受ける痛みは精精が頬をはたかれた程度の痛みで、しかも継続性はなく一瞬である。
とはいえそれでも十二分に痛いのだが、問題はそこではない。
今現在佐山が感じている針が刺さったような鋭い痛み、
「こんな痛みはVRMMOには……ない」
流血ならば……モラル的に考えにくいがソフトによってはありえるだろう。
だが痛みは前述の通りに死にさえ繋がる。
故にソフトではなくハード――ゲーム機によって制御されているのだ。
ではハードにそのような機能があったのか?
それもあり得ない。
何故ならばヘッドギアを構成する部品とプログラムは完全に公開され、企業単位でも個人単位でも安全が確認されているからだ。
ゴクリ、と音を立て唾を飲み込み佐山はだが、と思う。
(それでもこれがVRMMOでないわけがない)
何故ならば、足を一歩踏み出した。
黒い革靴がしっかりと草を、その下の大地を踏みしめる。
(そうだ、現実の俺が歩けるわけがない)
佐山の頭でフラッシュバックする記憶、交差点、車、赤、赤、赤、赤、赤、あ――ブンブンと頭を左右に振り、現実を見据える。
目の前に表示されている文字を。
本来このように表示されるのは最重要の項目のみ、つまりはSystem Errorという警告文のみ。
だが目の前のそれは違った。
「これが……現実なのか?」
『ようこそ異世界へ。
この度世界に招きたるは6人のプレイヤー。
諸君等にかせられたルールはただ一つ、己が国に所属する事のみ。
では、現実を謳歌してください』
「…………」
分からない、何もかもが分からない。
思考の袋小路に陥り、答えを引き出せない。
だが、それを遮る音が聞こえた。
「いっ、あ、ああっ、ああああああああっ!」
それは悲鳴だった。
ゲームではありえないような搾り出すようなリアルな悲鳴。
それに対して佐山は思う、訳が分からない、と。
だが、同時に思う――関係あるか、とも。
グッと力を込めて地面を踏むと、地が靴の形にへこんだ。
はっ、と佐山は笑った。
この異常な力、訳が分からないがどうやら俺はベースレベル97のステータスを持ったVRMMOのキャラらしい。
「アイテムボックス」
そう呟くも反応はない、とりあえずは使えないのだと佐山は理解した。
次に己の装備を再確認する。
何も無い、強いて言えば黒い長袖とズボンといったところか。
最低限の確認だけを済ませ、一つ頷いた。
ダン、と音を立てて佐山は駆け出した。
豹さえも凌駕するような加速が、しかし佐山の体感では軽く加速した程度のもので――
木々を避けつつ僅か数秒、巨木のためか回りに草も木も生えていない少しだけひらけた場所へと佐山はたどり着く。
そこにいたのは巨木に背中を預けるような形の茶色のチェニックを着た、茶髪の少女。
向かい合うようにして人型の、しかし頭部は人ではなく爬虫類で――
「リザードマンかっ!」
ハーフプレートとシミターを装備したそれに佐山は見覚えがあった。
リザードマン、ゲーム内では初心者向けのダンジョンに良く出てきたレベル10前後の雑魚的だった。
現在のレベルならば何の問題なく、それこそ拳でも一撃の名の下に退治できるはずだが、あくまでもそれはゲームでの話しだ。
この異常な状況下でそれが通用するとも限らない。
しかし、とも佐山は思った。
リザードマンの頭上に馴染み深い赤色の棒――ライフバーが見えたのだ。
(ゲーム、なのか?)
「っ、あ、に、逃げて、逃げてください!」
声で佐山の存在に気づいたらしい少女が、一瞬安堵の色を浮かべるも、どうみても冒険者とはとれない佐山の姿を見てそう叫んだ。
必然、声はリザードマンにも届いた訳で、リザードマンは新手のほうへと興味をうつした。
佐山とリザードマンが向き合う形になった。
――逃げるべきだ
――現状を把握してから立ち向かうべきだ
そう佐山の中の冷静な部分がそう告げる。
だが、と佐山は視線を一瞬だけ右奥へ、少女の方へと送る。
出きる訳ないよな、そう佐山は観念した。
もしこれがゲームにしろ現実にしろ関係がない。
自分ならなんとか出きる――少なくともその可能性があるのに見捨てて逃げる、なんてことは出来ない。
もしそんなことをしたら絶対に後悔する。
「ゲームのやりすぎかね? ヒーロー願望はなかったはずなんだけどな」
言って、半身を肩で隠すようにし、両の拳を構えた。
左手を前に、右手を胸の近く。
呼吸を一つ、左足を前に、スタンスを広げ、踵は下げない。
慣れ親しんだ戦闘スタイルだが、何時になく頼りなく感じる。
「こいよ、蛇野郎っ!」
佐山は己が不安を押し隠すように叫び、そして、
「――シャアアアアッ!」
その挑発に反応するかのようにリザードマンが咆哮し、踏み込んでくる。
遅い、リザードマンの足元を見つつも佐山はそう判断した。
踏み込み速度がゲームのリザードマンと変わらない。
であるならば、と経験が佐山の思考を導いた――誘導するべきだ、と。
彼我の距離がつまり2メートル50cmまで来たとき、緩やかに佐山は上体を前へと傾けた。
その間にも距離はつまり2メートル、そこまで距離が詰まった時、リザードマンの右腕が、その手にもったシミターが動いた。
左から右へのなぎ払い――正確には、なぎ払う以外の選択肢がリザードマンにはなかったのだが。
リザードマンというモンスターは知能が低く、単純な思考をする。
突きにしろ、上段斬りにしろ、点や縦の攻撃では半身を隠した形の佐山には当てにくい。
ならばどうする? 横になぎ払えばいい。
ではどこを? 傾き突出している上半身を切り捨てればいいだろう。
――ただそれだけ、故に佐山は、はっ、と唇を吊り上げ笑った。
テメエのリーチだとその踏み込みからじゃとどかねえよ、と。
傾けていた上体を戻し、半歩のバックステップ。
シミターは豪快な風斬り音を残して空を切った。
80センチほどのシミター、伸ばして1メートル分の体。
踏み込みの分を考えるならば本来ならば届くだろう、だがこちらが下がれば話しは別で、ましてや上半身を傾けていた分嵩増ししていたのだから届く訳がなかった。
シミターを振り切り静止した形のリザードマン、対して佐山は素早く上体を起こし、一歩大きく踏み込み、硬直したままのリザードマンへ、
「――しっ!」
スキルでもなんでもないただの右ストレート、それをリザードマンの顔面へと放った。
だがそれはゴギリという異音を起こし、そしてリザードマンを吹き飛ばした。
二転、三転、まるで冗談のように跳ねて転がりながらも木へと激突したリザードマン。
木からずるずると倒れ伏したリザードマン、その首は曲がりえない方向へと向かっていた。
音もなく頭上のライフバーは端から白へと変わって行き、やがて白に染まりきった。