プロローグ(7月4日投稿)
えと本来これはあとあと出すつもりだったんですが、予想よりも遅くなりそうなので分割してプロローグに出してしまおうと思ってここに書きました。
いろいろ詳細が決まらなくてこんなにおそくなってしまいましたorz
「やあやあモリヒト君お待たせしたね」
ここはゼロサムオンラインが首都ヴィルム。
その繁華街の一角にある酒場の隅、木製の机を挟んで向き合うようにして座る一組の男女がいた。
「いや俺もついさっき来たところだ。 それで何の用件で俺を呼び出したんだ?」
モリヒトと呼ばれた男性プレイヤー――佐山は言葉に意図せず苦々しさを含めてそう言った。
低く見て18、高く見て20――若人といって差し支えのない年齢のはずなのだが、表情から活き活きしさというものが感じられない。
だが、その身体からは黒の軽装鎧越しにも若人特有の瑞々しさを見て取れる――いや、それどころかある種のスポーツをやっている人間のそれである。
身長が180を超え、引き締まったというよりも無駄のない筋肉のつけ方をした佐山は、インドアの代名詞でもあるVRMMOのプレイヤーとはとても思えない。
無論、ゲーム上でアバター(見た目)を設定することは可能だが、それは容姿や肌、髪型などの部分に限られる。
VRというゲームの仕様上、現実との著しい体感の齟齬が起きる体型は設定することが出来ないのだ。
「嫌だな、モリヒト君。 もしかして君はあれかい? ボクをじらそうとしているのかな?」
対する頭上にカルセと表示されている女性プレイヤーはニコニコと笑いながらそう訊ねた。
ボクと自称する彼女はVRMMOというジャンルでは珍しい素顔や体系をゲームにインストールしてゲームのキャラとしているプレイヤーなのだが、それが作られたものでない以上より一層感情というものがダイレクトに伝わる。
カルセというプレイヤーはボクという一人称とは異なり、男性的な身体的要素を持たない――否、ふふっ、と妖艶に首をかしげて微笑み、同時に腰まで伸びる黒髪がサラリと流れ、そして膨らんだ胸を強調するかのように机に乗せている様は女性的すぎるといってもいいだろう。
イスに腰掛けていても分かるその長身は、引き締まった腰部と相まってモデルを連想させる。
もっとも本当のモデルは腰に双剣などは差さないし、青の軽装鎧も付けてはいないだろうが。
「ふふっ」
カルセは微笑み続ける。
佐山はそのカルセの様子を見て観念した。
仕方なかった、ではすまないのだ。
「……すまなかった」
それでも佐山は謝るしかなかった。
それ以外に出来ることなど思いつかなかったのだ。
今更ごまかそうとは思わない、何故ばれたのかとは思うが、それを取繕うとは思わない――そうだ、言い訳など出来るわけがない。
――八百長をしていい理由などどこにもないのだ。
少なくとも彼女にとっては真剣勝負であったはずだ。
だというのに自分はわざと負けた。
ゼロサムオンラインにおいて文字通りのトッププレイヤーに位置する彼女に対して、だ。
彼女にとってそれは侮辱に等しい行為だろう。
自分にいかなる理由があろうが、それは決して正当な理由足り得ない。
「……うん? なんで謝るのさ?」
だというのにカルセは笑いながらそう言った。
「……は?」
想定外の言葉に佐山は言葉を失った。
「試合にワザと負けたこと? あははっ! モリヒト君、君は勘違いをしているみたいだね! なるほどなるほど、確かに手を抜かれて勝たせて貰ってそれでムカついちゃうような人はいるかもしれないね。 でもさ、それって今回みたいなケースは当てはまらないとボクは思うんだよ」
――だってそうだろ、”佐山”君?
カルセは、そうプレイヤーネーム モリヒトの本名を言った。
だがそう呼ばれた佐山の表情に驚きはない、何故ならば佐山はプロプレイヤーとして企業に雇われており、調べる気になれば自分の個人情報を調べるのはそう難しくはないことだからだ。
とはいえ、佐山の表情は驚きは含まれていなかったものの、一瞬だけ他の表情が顔を出した――絶望、である。
「君は仕方なく企業の意向を呑んだんだろう? いいさいいさ仕方がない――どうせ実利重視の腐ったお偉方のことだ。 君が抱えるハンデを利用して脅したってことは想像するにたやすいさ」
カルセは続ける。
その言葉を聴いて、佐山は”左足”が消えてなくなったような錯覚を覚えた。
――本当に悪いねモリヒト君、ボクは理解しているってことを伝えたくてね。
「それに何より、何よりだ! そもそもにしてだね? ”負けたらくやしいのは自分だろう?”」
「……」
佐山は何も返さない。
「ふふふっ、だろう? オンラインゲームなんてものを真剣にやっている人間はみんな大概にして負けず嫌いさ」
沈黙、一間を空けてカルセが続ける。
「話しは変わるけど、失敗だったねモリヒト君。 君は確かに上手に負けたさ――ボクの勝ちパターンに違和感なく持っていき、ボクのフィニッシュスキルを引き出させて負けた。 だけどさ、君はさっきいったようにミスをしたんだ。 瞳だよ、瞳。 君の瞳は最後の瞬間にポリゴン越しでもはっきりと分かるほど自分の勝ち筋が見えたと告げていたのさ」
「その後の試合なんてはっきり言ってどうでも良かった。 君がどうやってあの場から逆転をしようとしたのか――それだけが気になったんだ。 だからさ、モリヒト君。 正直に答えてくれ、君はあの時本当は勝てたんじゃないか?」
カルセの瞳は佐山のそれを見据える。
佐山はすっ、と息を吸い、
「勝てる――少なくとも俺はそう思っていた」
佐山はカルセを見据え返し、そう告げた。
「やはりやはりそうだったね。 うれしいよモリヒト君。 ところでこれはボクの個人的な我侭なんだけどね――もう一度最後の場面だけをやり直さないかい? 企業の意向なんて関係なく、ね」
佐山は黙って頷いた。
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初心者向けフィールド、どこまでも草むらが続くテッペン草原。
運営終期を迎えている現在過疎地になっており、 アクティブな(自発的に攻撃をしてくる)モンスターがいないため主にギルド戦の演習や大規模イベント以外では人が立ち寄らない場所となっている。
だが今現在そこには二人のプレイヤー――佐山とカルセがいた。
ハタからみれば異様の一言に尽きる。
互いに攻撃を繰り出してはいるが――そこには回避や防御といった動作が全くない、淡々とお互いのライフが減っていき、やがて示し合わせたかのようにピタリと双方動きを止めた。
「こんなものだったかな?」
「ああ、確かにこれくらいだったはずだ」
あの時の光景の焼き直しなのだ。
佐山の体力は2割を切り、対するカルセは4割を残す。
「じゃあ、いくよ」
カルセはそういい、大きく踏み込んでの全力の横殴りの斬撃を放つ。
「――ふっ!」
己が左腕で、オリハルコンにて作られたガントレットで弾く佐山。
――イン、という澄んだ音。
カルセは弾かれ硬直を、佐山は弾いた衝撃で硬直を。
対照的な行為で同程度の硬直を発生させた二人は、しかしカルセのみがまるで硬直など無いかのように己が両手を動かし、双刀を鞘に納めた。
双剣士のスキルには一部硬直のキャンセルというものが含まれており、今回のこれはそれに該当する。
即ち、硬直でスキルを発動することが出来ない佐山に対して先にスキルを使うことが出来るのである。
「ダンシングブレード」
納刀から始動する双刀による12連撃――カルセが最も好むフィニッシュスキルであり、双剣士を代表するスキルでもある。
1撃1撃のダメージは低い上に軽く単発ならば簡単にブロックされるスキルではあるが、そんなことはまるで問題にならないメリットがある。
それは単純に高速の連携による手数だ――どれだけ反射神経が良かろうが、反応・対応しきれない連撃をもって確実にダメージを与える高性能スキル。
だがそれは決して万能のスキルではない。
多くの戦士系の職業ではスキルに発生保障という攻撃をくらいつつもスキルを発動することができる所謂スーパーアーマーといわれる特性が付属されている。
故に連撃を食らいつつも大技を用いて一撃にて勝負を決めるということが可能なのだが、今回佐山にはその選択肢を取る事が出来ない。
ただ単純に大技を放つまで発生が保障されていてもHPが足りないのだ。
つまりこれは双剣士の必勝パターン――この状態になった時点で勝負は決する。
少なくとも今までのカルセの経験上この状態から勝ち得なかったことは一度たりとも無い。
(だがしかし、モリヒト君――あの時一瞬見せた君の表情は己の勝利を確信したそれだった! ならば見せてくれボクにその答えを――!)
抜刀――そして答えあわせが始まる。
「――む」
AGIに特化して振られたステータスが双刀を神速の域へと押し上げる。
本来単発であるならば容易にブロックせしめるはずの斬撃が反応さえも困難になるほどになり――だが、X字にクロスしながら放たれたそれを佐山は余裕を持って己が両腕を持って弾く。
弾かれたというのにあたかもそんなことなど無かったかのようにスムーズに次へと繋がる。
それもまた神速。
右、左――あたかも刀で抱き寄せるかのように2連撃を放つカルセ。
初動がほんの僅かに遅れるが、だがしかしこれもまた余裕を持って左、右と弾いた佐山。
「――っ!」
カルセの表情が驚愕と喜色で埋め尽くされた――12連撃の内未だ4撃、だがしかしかつてこれほどまで綺麗に4撃を受けきったものがいただろうか?
カルセは己の唇がつりあがるのを感じ、同時に思った。
(――では、最速の一撃はどうするっ!?)
左腕を思い切り伸ばして突き――斬撃で神速であるならば、突きの速度は言うに及ばず。
既に閃光とでもいうべきそれが佐山の頭部を狙う。
佐山の強化された動体視力をもってしても捉えきれないそれは――だがしかし佐山のこめかみを掠めるに留まった。
何故ならば佐山はその突きが放たれる以前に回避行動に移っていたからだ。
――これがゲームである以上スキルはプログラムに則ったものであり、である以上5撃目は絶対に突きがくる。加えて頭部を無防備にさらしておけばプログラムが次の攻撃箇所にそこを選ぶのは必然。
いかに突きが速かろうが、いかに前動作を無視できようが、どこにどのタイミングでどのように攻撃してくるのかが分かってさえいれば避けることは難しくはない。それが範囲の狭い頭部であるのであればなお更だ。
「君はっ!」
叫び、左へと体逸れた佐山を踏み込んでからの右のなぎ払いによって追撃するカルセ。
崩れた体では弾くことが出来ず、故に左腕を立てるようにしてそれを受け止める佐山。
勢いを完全に止める事は出来ずに更に体は流れ――
「本当にっ!」
更なる追撃、掬い上げるような左。
佐山はそれを右腕をもって防ごうとしたが。
「――づっ!」
斬撃それ自体を止める事には成功するが、己が左腕も弾かれた。
スキルによる補助の受けられない佐山にとってそれは致命的で、もし次撃を右腕で防げたとしても、その次の攻撃を防ぐことは不可能だ。
「素晴らしいな!」
だというのにカルセは佐山をそう賞賛した。
体は流れ、右腕は斜めに両断するかのように刀を振り下ろす。
刃を受ければ詰み、刃を受けなくとも詰み、避けられるはずもなく――客観的に見ればこれは既に詰んでいる。
しかし、佐山は確信した――自分の勝ちだと。
だからこそ受けるでもなく、避けるでもなく――前に大きく踏み込んだ。
相手は既に踏み込んでおり、そして双刀というものはえてして短く故にリーチも短い。
――ドッ、と鈍い音がした。
欠けていく佐山のライフバー。
だがそれは僅か数ドットであり、斬撃のダメージとしてはあまりにもすくないものであった。
それもその筈である――佐山は切られたのではなく、自分から鍔へと当たりにいったのだから。
ふふっと、カルセは笑いながらスキルシステムのアシストにより強制的に小さく下がらされた。
その連撃が止まった一瞬に、佐山は左腕を前に右腕をその後ろに胸の前で構えた。
だがそれは力の篭っていない、文字通りただ構えただけのものでカルセの攻撃を受けきれるとは到底思えない。
「”君の勝ちだ”」
そう嬉しそうに言って、カルセは左右のコンビネーションを放った。
その2連撃に対して佐山はあろうことか拳を構えたまま”何もしなかった”。
ぐっとライフバーが減り、先ほどの鍔による打撃でさえ0へと至る程度の残量。
だが、佐山は死んではいなかった。
そして切られたというのに僅かたりとも体を崩していなかった。
バキリ、と拳を握り締める音がした。
――発生保障
「二連」
スキル名を呟く。
それはなんでもないただの初期スキル。
何の変哲もない2連撃を繰り出すだけで、発生がはやいこととわずかばかりの発生保障があるという以外、なんの取りえもないスキル。
だがこれ以上に現状に当てはまるスキルもない。
まるでジグソーパズルに最後の1ピースをはめる感覚。
最後の2撃を繰り出さんと交差させた腕を振り下ろすカルセ。
ただ己が拳を打ちはなった佐山。
火花のエフェクトが走り、双方が弾かれる。
そして訪れるスキル後の技硬直。
フィニッシュスキルと初期スキルどちらの硬直が長いかなど比べるべくもない。
ぐっと佐山は左腕を伸ばし、右手の手のひらをカルセへと向ける。
浅く踏み込みスキル名を告げる。
「衝拿」
佐山は全力で右の手の甲をカルセの腹部へと叩き込んだ。
急速に色を失い0へと至ったカルセのライフバー。
ここに勝敗は決した。
臨場感――でてたらいいなあと(自信ないです)。
感想、誤字報告お待ちしています。