第一章3 繰り返される鼓動
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「——っ!!」
拓海は、弾かれたように跳ね起きた。
喉の奥が焼け付くように熱い。胸を貫かれたはずの場所を、無意識にシャツの上から強く掴んでいた。
(……生きてる?)
荒い呼吸を整えながら周囲を見渡す。そこは、見慣れた自分の部屋だ。
カーテンの隙間から差し込む穏やかな朝の光。机の上に置かれた、傷一つないスマホ。
「なんだ……夢、か……」
拓海は大きく息を吐き出し、ベッドに沈み込んだ。
あまりにもリアルだった。『ハル』いや結の温もり、血の匂い、そして足元で脈動していた不気味な魔法陣。
だが、そんな漫画のようなことが現実に起こるはずがない。
(最悪な悪夢だ。転校生が来るっていう期待と、生徒会長への気後れが変な形で混ざったんだろうな……)
そう結論づけると、少しだけ肩の荷が下りた気がした。
拓海は頭を振り、自分を納得させるように制服に着替えた。
しかし、一歩外へ出た瞬間、その確信は揺らぎ始める。
「おい、拓海! 待てよ!」
後ろから走ってきたのは、親友の健斗だ。
「聞いたか? 今日の転入生、女子だってよ。しかも、かなりの美少女って噂だぜ」
(え……?)
言葉のイントネーション、表情、そしてタイミング。すべてが夢の中で見た景色と寸分違わない。
拓海の背中に、嫌な汗が伝う。
「……あ、ああ。女子なんだろ」
「なんだよ、反応薄いな。まあいいや、急ごうぜ!」
健斗に背中を押されながら校門をくぐる。
そこには、あの「夢」と同じ場所で、同じ角度で、生徒会長のユキが立っていた。
「おはよう、拓海君。今日は一段と、登校の足取りが速いのね」
微笑むユキ。だが、拓海には彼女の瞳の奥に、夢で見たあの紫色の澱みが潜んでいるように見えてならない。
(落ち着け。偶然だ。よくあるデジャヴだ。……あれは全部、悪夢だったんだ)
拓海は自分に言い聞かせ、震える足を一歩前に出した。
「おはようございます、会長。……今朝は、一段と日差しが強いですね」
「ええ、そうね。……でも、そんなに怯えなくていいのよ? まるで、怖い夢でも見たような顔をしてるわ」
ユキが拓海の顔を覗き込み、細い指先で彼の頬を撫でる。
その指先が氷のように冷たくて、拓海の思考は凍りついた。
夢だと結論づけたはずの「死」の記憶が、校舎に響く予鈴の音と共に、確かな現実感を伴って拓海の心臓を叩き始めた。
夢と同じ、騒がしい教室。
夢と同じ、健斗の馬鹿げた冗談。
拓海は自分の席に座り、机の表面を指でなぞった。木の節の形まで、一回目と全く同じだ。
(大丈夫だ。ただのデジャヴだ。……あんな怖いことが、本当に起きるわけがない)
そう自分に言い聞かせた瞬間、担任が教室の扉を開けた。
「……今日は転入生を紹介する。入ってきなさい」
扉が開き、一人の少女が教室に入ってくる。
黒い髪、少し緊張した面持ち、そしてカバンに揺れる、あの電車のストラップ。
「水瀬結です。よろしくお願いします」
その声を聞いた瞬間、拓海の心臓が跳ね上がった。
あの夢と同じ。声のトーンも、お辞儀の角度も。
拓海は息を呑み、必死に「悪夢」だという結論を繋ぎ止めようとする。
しかし、放課後の図書室で、その最後の防壁さえも崩れ去った。
「……あの、副会長さん。ここ、これで綺麗になったかな?」
図書室で掃除をする結。
窓から差し込む西日。埃の舞う空気。
拓海は震える声で、一回目と同じ問いを口にした。
「……結さん。君、もしかして、鉄道とか好きだったりする?」
結の動きが、ピタリと止まる。
彼女が驚いたように目を丸くし、それから顔を赤らめて小さく頷く仕草まで、すべてが「悪夢」の再現だった。
「どうして分かったの……? もしかして、さっきカバンに付けてたストラップ……見えちゃった?」
(……嘘だろ。本当に、全部同じだ)
夢はこの後、自分がオープンチャットの「たこ」だと名乗った。そして二人の距離が縮まり、あの惨劇へと繋がったのだ。
恐怖が背筋を駆け上がる。
もし、ここから先も一回目と同じだとしたら、数時間後には結が殺され、自分も貫かれることになる。
「……副会長さん?」
不思議そうに顔を覗き込んでくる結。
その背後、図書室の入り口に、あの時と同じ人影が現れた。
「……あら。ずいぶん楽しそうね、お二人とも」
生徒会長、ユキ。
彼女の微笑みは一回目と同様に完璧だった。だが、拓海には分かっていた。その指先が、結のストラップを死の宣告のように弾くことを。
「……そんなに震えて、どうしたのかしら、拓海君? まるで、これから何が起きるか知っているみたいな顔ね」
ユキの瞳が、あの夢よりも深く、底知れない紫に沈んでいた。
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