第14話 古代の聖域
古代の聖域と呼ばれたその場所は、足を踏み入れた瞬間に空気が変わった。
森のざわめきは完全に消え、代わりに静寂そのものが耳を塞ぐように広がっている。
「ここ、さっきまでと全然違うね。」
ミリアが声を潜める。
「ええ、そうですね。」
カタルシアは慎重に周囲を観察していた。
苔むした石碑、崩れた床、地面に刻まれた紋様。
どれもが、ただの遺跡とは一線を画している。
「すっげぇ雰囲気だな...」
俺たちは、言葉少なに聖域の内部へと足を進めた。
「...模様がありますね。」
マヨが崩れかけている、入り口付近の壁を指差す。
そこには円と直線を組み合わせた複雑な紋様が、薄く刻まれていた。
摩耗しているはずなのに、不思議と形は崩れていない。
「星と...これは爪?牙?」
「竜星神殿の床紋と、系統が似ていますね」
カタルシアは、慎重に紋様をなぞる。
俺は、無意識に周囲を見回した。
石碑は七本。その配置は円を描くように並び、中央には何もない空間がぽっかりと空いている。
「確か、竜星神殿では祭壇があったはずだよな、ここ。」
「ええ。造りが竜星神殿とかなり似てますね。」
カタルシアが首を傾げる。
「石碑の模様が上手く見えませんが、おそらく七位星将のものでしょう。」
「そうね。」
俺はそんな会話を聞きながら、胸の奥がじわりと疼いた。
――懐かしい。
奥の方に行くと、壁の表面に刻まれた彫刻が目に入った。
星と虎。おそらく入り口にあったものと同じものだろう。
鋭い眼光で前を睨み、牙を剥き、地を踏みしめる姿。
その背後には、星のようなシンボル。
「...竜じゃないんだな。」
「ええ。こちらは虎の象徴ですね。」
カタルシアは、小さく息を吸った。
「七夕伝説から考察するに、竜星神殿が天と宇宙を意識した構造なら、ここは地上と現世に重きを置いた聖域という感じですかね。」
「確かに...」
そんな風に考えている、その時だった。
――ズゥン。
地の底から響くような低い音が、聖域全体を震わせた。
「な、なに今の...?」
「なんか変な音が、聞こえるよぉ...」
ミリアが思わず俺の服の裾を掴む。
「何か...来る!」
空間が、歪む。
その瞬間、聖域の中央にあたる場所から、ゆっくりと巨大な影が姿を現した。
八つの首が生え、それぞれが異なる色の鱗を持ち、星のような光を宿した瞳。
大地に根を張るような胴体は、まるで山そのものが動いているかのようだった。
「...うそ。」
マヨが呆然と呟く。
「で、でかすぎでしょ...!?」
「し、神獣!?」
カタルシアが、驚いた声で言った。
「神力を宿す、神聖な生物...」
八つの首が、一斉にこちらを向く。
だが、不思議と殺気はない。
それどころか、
「……ようやく、辿り着かれましたか。」
と、重く穏やかな声が響いた。
「喋っ...!?」
俺は思わずすっとんきょうな声を出す。
そして、
「お、お前がこの聖域の主か?」
と、問いかけると、神獣はゆっくりと首を下げた。
「左様。我が名は――オロチ。」
その名を聞いた瞬間、胸の奥が熱を帯びた。
懐かしい。だが、思い出せない。
(オロチ...蛇竜...聖域の主...てことは...)
「...その顔。雰囲気。もう、お目覚めになられたのですね。ずいぶんとお早いお目覚めで。」
オロチは、静かに続ける。
「やっぱりお前は、俺の眷属なのか?」
それに対し、俺は疑問を投げかけた。
オロチはゆっくりと口を開く。
「如何にも。貴方様は封印によって記憶を一部失っておられるのか。
されど、我が主よ。再び、貴方様がこの地を踏まれたこと、心より嬉しく思います。」
突然の"かつての俺を直接知る者"の登場により、理解が追いつかない俺たちは唖然としていた。
オロチは、ゆっくりと首を垂れる。
「貴方様が眠りにつかれてからの5000年。我はただ、この地を守り続けておりました。」
――5000年。その時間の重さが、ずしりと胸に落ちてくる。
「そんなに長い間...どうして...」
俺は思わずそう呟いた。
オロチは即答しなかった。代わりに、聖域の中央へと視線を向ける。
「ここはかつて、『虎星神殿』存在した場所――」
「虎星...」
昨日見た竜星神殿が、俺の脳裏をよぎる。
「竜が"外"を守るなら、虎は"内"を守る。だがもう、神殿はありません。」
「それって...」
「世界が耐えられなかったのです。」
その意味を、俺は理解できなかった。
だが、今は知らなくて良いと、本能が告げていた。
「我はここで、貴方様と七位星将が目覚めるその時まで、世界の行く末を見守っておりました。」
(世界...守る...神殿に何か大切な役割でもあったのか?)
俺は知っているようで知らない情報に、頭を悩ませる。
すると、
「我が主よ。」
と、オロチが俺を真っ直ぐに見た。
「記憶はいずれ戻るでしょう。今はただ、ご自身の意思で、なさりたいことをなさってください。
――今はただ、歩みを止めないでください。」
オロチがそう告げると、八つの首がゆっくりと後退する。
巨大な身体が光に溶けるように薄れていく。
そして、最後に残されたのは静寂だけだった。
「...行っちゃった。」
ミリアがぽつりと言う。
「テンコ...」
マヨが、不安そうに俺を見る。
俺は、少しだけ笑い、
「ああ。よく分かんねぇけどさ――」
と、口を開く。その時、不思議と胸の奥が、妙に落ち着いていた。
「たぶん、昔の俺は、相当面倒なことしてたみたいだな。」
それを聞いて、3人は呆れたように、そして少し安心したように笑った。
こうして、俺たちは古代の聖域を後にする。
忘れた過去。語られなかった役割。
だが確かに、世界は、今も何かに守られている。
それだけは、はっきりと分かった――。
その夜。ルミナスの街は、昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。
教会は淡い灯りに包まれ、祈りの余韻だけが空気に残っている。
石造りの回廊を渡る風が、ステンドグラスをかすかに震わせ、低い音を立てた。
すでに、みんなは眠っている。
ミリアは、布団に入るなりあっという間に寝息を立て始めた。
マヨも疲れが溜まっていたのか、珍しく早く休んでいる。
カタルシアは最後まで起きていたが、「おやすみなさい」と微笑んで部屋に戻っていった。
――だから今、この広間にいるのは俺一人だ。
「はぁ...」
俺は、教会の長椅子に腰を下ろし、天井を見上げた。
高い天井の向こう、見えないはずの夜空を、なんとなく想像する。
(...神獣...オロチ...虎星神殿...七位星将...)
昼間の出来事が、頭の中を何度もよぎる。
どれも現実離れしているのに、不思議と夢だった気がしない。
むしろ、ずっと前から知っていた話を、ようやく聞かされたような感覚。
「なんだろう、この感覚...」
普段は、元々この世界の住人だったかのように振る舞い、自分自身もそうだと錯覚するほどに馴染んできているのに、こうやって1人でいると、ふと我に返る時がある。
「既に現実離れした現実を歩んでいるのに、さらに現実離れしたものが現れたら、たまったもんじゃないよなぁ。」
自分の過去がわからない以上、神殿やバグのことについて考えても答えは出ない。
「5000年、か...」
小さく呟いた声が、静寂に溶ける。
俺が眠っている間、誰かは待ち続けていた。
世界がどうなろうと、役目を果たし続けていた存在がいた。
(...重いな。)
俺は今、テンコとして生きている。
仲間と笑って、ご飯を食べて、探検して、それで十分楽しい。
それなのに。
(昔の俺は、どれだけのものを背負ってたんだよ。)
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
だがその刹那、俺の脳裏に浮かんだのは、八つの首を垂れるオロチの姿。そして、言葉。
『――今はただ、歩みを止めないでください。』
「...ああ。」
誰にともなく、俺は頷く。
「無理に考え込むのは、やめとくよ。」
俺は長椅子に戻り、背もたれに体を預けた。
「...よし。」
そして、静かに目を閉じる。
明日になれば、またいつもの日常が戻ってくる。退屈しない、非日常的な日常が。
それでいい。過去は、追いかけなくていい。歩いていれば、向こうから追いついてくる。
「そうだよね...じいちゃん。」
星の見えない夜空の下、俺は新たな物語へ向けて出発しようとしていた――。
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〈主な登場人物〉
テンコ:神のゲームの主人公に選ばれた、普通の高校生。性格は厨二病で、抜けてるところもあるが、意外と頭はいい。
マヨ:大魔ミルキーウェイ神皇国の第一皇女。性格は真面目だが、皇女として過ごしてきた反動で素が出る場面もある。意外と間が抜けている。
ミリア:獣人の少女。とても活発で食いしん坊。強い。
カタルシア:紫髪のエルフの少女。人間で言う14歳くらいの見た目。とても誠実で真面目。




