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35歳の俺と7歳の嫁  作者: mixnunu
15話
63/66

15-②




 俺は以外にも冷静だった。

 ここが8年前であれば、胸ぐらをつかんでぶん殴っていたかもしれない。

 だが、その歳月が、目的を夢や妄想の類いに昇華させていた。

 ようは俺自身、牙が抜けたことを自覚した、ということになるのだが。


「いまさら、なんのようだ」



『オマエハモウ、カエレナイ』

『タイムマシンナド、ツクルコトナド不可能ナノダ』

『オマエハ事故で、ココニキタ』

『鮫島ダケヲ、ツレテクル、ハズダッタ』

『ダカラ諦メロ』

『オマエハコノ世界デ、死ンデシマエ』



 声が何重にも聞こえる。

 俺の中に入りこんでくる。

 その理解しがたい内容は、聞き取ることすら困難で、しかし、腹にはすとんと落ちてしまう。

 俺は家族が絶対だ。

 そこに代わるものなんてない。

 だが、何故だか、反論ができない。

 口を開くたび、言葉が喉につっかかる。

 こいつを前にしてしまうと、首を縦に振ることしかできなかった。


「………………、俺は……どうすればいい」



『シルカ』

『オマエニハ、ドウスルコトモ、デキヤシナイ』

『凡夫』

『一生ココデ暮ラセ』

『カエスコトナド、特別アツカイハデキナイ』




『オマエハ選バレナカッタノダ』




 響いて。

 響いて。

 気がつけば、俺は吐瀉していた。

 茶色く濁る混濁した液体に、赤い斑点が散らばり、一層グロテスクに映りこむ。

 見上げても、神の姿はもうなかった。

 神々しい煌めきは、街灯の光芒。

 綻んでいった地面も、不気味な田畑。

 少し進めば、いつもパートに向かう際に通る、見知ったT字路がみえてくる。

 夢か、幻か。

 ただ確かなことは、口に残る甘くもあり苦くもあるこの吐瀉物が、ここが現実であることの確証を、もたらしてくれている、ということだけだった。





「じゃあ……、いってきます」


 覇気のない声に鼓膜が反応する。

 俺は扉の隙間から手をだし、ひらひらっとふりかえすだけで見送った。

 和葉も俺の虚無感をなんらかで感じとったのだろうか。

 届きもしないその同情に、嬉々としている自分に嫌気がさす。

 人格を否定されて、人間性がなくなって、それでも俺は壊れなかった。

 壊れてほしいのに壊れなかった。

 そうすれば、幾許かは楽になれるはずなのに。


 いまの感情も、和葉に飯を食わせるたびに、忘れていくのだろう。

 こんなあっさりとした絶望を味わっても、なんとも思えていないのは、本当に、なんというか、蝕まれてる感覚がする。

 和葉は和葉だし、その和葉も一香に置き換えているんだ。

 だから狂わない。

 8年間、娘にむけるはずだった愛情を和葉には注いだ。

 他人だって割り切れてたら、俺も……。


「木内……さん……」

「うわっ! びっくりしたっ!」

「ずっと……呼んでまし……たよ……」


 ドアの影にいたのは聖子さん。

 いつものアンニュイな表情をむけてくる。


「あの、仕事は?」

「すぐに……いきます。……あの、木内……さんには……先に、話しておきたかった……ことが、あるので……」

「和葉よりですか」

「はい…………」


 聖子さんは深呼吸をして、少し会話の間をあける。

 8年もの間、俺も手助けはしたが、本質的な育児は彼女がおこなっていた。

 元の聖子さんより活発だったはずなのに、いまの肌艶はとてもいい。

 初めのうちは戸惑うこともあったが、彼女はもう立派な母。

 間近でみていたんだ。

 このひとはもう、あの時のような突拍子のないことは、いわないだろう。


 いい籠る聖子さんを和ませるべく、俺はそっと微笑んだ。

 俺の顔をみてか、決心ついたのか、彼女はゆっくりと口を開く。


「………………私、……再婚する…………ことに、なりました……」


「……え?」




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