15-①
「ま、タイムマシンなんて無理ですよ」
月が真上に昇る頃、スカートの裾を隙間風で揺らしながら、四角い巨大な鉄箱がコンコンと叩かれる。
気持ちのいい音が耳奥で反響しながらも、俺は彼女に聞かせるよう、大きなため息をついた。
「お前なぁ、ちょっとは気休めでも覚えろよ……」
「でもこっちは8年も付き合ってんですよ。当事者な上、被害者でしょ」
なんともふてぶてしい物言いだが、こんなでも事実に即した内容ではあるため、いかんせん反論の余地はなし。
そもそもこの女、自分を被害者だとかは微塵も思っていなかろう。
罪悪感に打ちひしがれる俺を舐め腐ることが、愉悦極まりないのだ。
白雲さんはもとより、そんなひとだ。
「ふふふ、といっても手伝いしてたおかげで、いい大学入れたんですけどね」
「なによりじゃねーか」
談笑にも花が咲くが、その後すぐ、彼女は少しいい淀んで、目尻をよせた悲しみの目をむけてくる。
「………………、……あと、木内にとっては悪魔の甘言かもですけど、私は本当に気休めでいってますよ」
「…………」
「いや、その、本当に……」
タイムマシンだとか簡単にいっても、そんなものを素人が作れるのであれば、今頃あたりまえに普及しているものだ。
それこそ、俺の行動自体、気休めでしかない。
そんなことはとっくにわかっている。
それでも母の言葉が反復する。
俺のアイデンティティは家族なんだ。
振り払ったとき、俺の、人間としての価値そのものがなくなってしまう。
白雲さんも、かーちゃんも、俺をひとりの人間として尊重してくれている。
そうして思い返すたび、ため息しかでてこないんだ。
「そういや、白雲さんも大学生になったし聞きたいんだけどさ」
「はい?」
「なんでいまだに付き合ってくれてんだ? 俺が未来からきたなんて、大学生にでもなれば信じないだろ。他意はなく、純粋に」
「あぁ、そんなこと。たしかに信じてはいないですよ」
「やっぱり」
「でもいったでしょ? 私はなにがあっても、木内の味方だって。暇ならここにきて遊びましょって」
「……………………」
わかっている。
とっくにわかっている。
一寸先が闇のなか、脇道をチラリとみるだけで光が差すんだ。
肉体だけじゃない、精神が、俺の存在が、すべて順応していく。
この世界のものになっていく。
白雲さんが難関大学に入ったなら、もう俺と同じ職に就くことはなくなる。
聖子さんは家族のことを大切にした。
和葉と俺に距離ができて、もう結婚することもないかもしれない。
全部、全部俺が狂わせた。
そして俺自身、その事実に嫌悪感さえなくなっているんだ。
俺は家に帰らないといけない。
だが、俺の居場所は8年前から、ずっと……──。
「……白雲さん、もう1個いいか?」
「はぁ」
「白雲さんは未来だと、俺と同じ会社の人間っていったよな。K大なんていけたなら、その職じゃない、もっと上を目指すことになる。それに嫌悪感とか、あったりするか」
「え、なんすかそれ。あるわけないでしょ」
「まぁ……だよなぁ……」
*
また、剥き出しのコンクリート地帯をのりこえて、夜風になるまま帰路についた。
僅かな街灯は頼りにもならず、俺はまた懐中電灯をポケットからだし、小さな白い楕円をつくりだす。
次に会う日程は決めなかった。
物悲しげで、それでいて安堵の眼差しをむけられたが、俺は押し黙ることしかできなかった。
頭の中にこもった熱が、夜風で凍えて心地よい。
熱はないが、熱がある。
赤くないが、身体が火照る。
足取りもおぼつかず、前に進むこともやっとの俺は、自宅に帰れるかもわからない。
だが、闇夜を踏むたび、進むべき地面が白く綻んで、奥へ奥へと吸い込まれていく。
こんな夜更けに、光がみえるようだった────。
────………………。
「……え?」
『…………………………』
まず真っ先に思い浮かんだのは、「逃げなければ」、だった。
そしてすぐ、「あぁ、そんなこと意味がないんだな」、と思った。
白く、輝いているのか、くすんでいるのか、判別もできないそれは、生物たる動きをしていることが、かろうじてわかるのみ。
ひとならざる人型のそれは、人智を超えたなにか。
きまぐれか。
なにかトリガーがあったのか。
焼き切れた脳が全神経を巡り、アドレナリンを放出させる。
ちょっとの愚行で死ぬかもしれない。
だが、そんな考えは微塵もわかなかった。
喉にかかった生唾が、俺の第1声を拒んでくるが、お構いなしにと濁声をあげる。
「お前が、神か……!」




