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35歳の俺と7歳の嫁  作者: mixnunu
15話
62/66

15-①




「ま、タイムマシンなんて無理ですよ」


 月が真上に昇る頃、スカートの裾を隙間風で揺らしながら、四角い巨大な鉄箱がコンコンと叩かれる。

 気持ちのいい音が耳奥で反響しながらも、俺は彼女に聞かせるよう、大きなため息をついた。


「お前なぁ、ちょっとは気休めでも覚えろよ……」

「でもこっちは8年も付き合ってんですよ。当事者な上、被害者でしょ」


 なんともふてぶてしい物言いだが、こんなでも事実に即した内容ではあるため、いかんせん反論の余地はなし。

 そもそもこの女、自分を被害者だとかは微塵も思っていなかろう。

 罪悪感に打ちひしがれる俺を舐め腐ることが、愉悦極まりないのだ。

 白雲さんはもとより、そんなひとだ。


「ふふふ、といっても手伝いしてたおかげで、いい大学入れたんですけどね」

「なによりじゃねーか」


 談笑にも花が咲くが、その後すぐ、彼女は少しいい淀んで、目尻をよせた悲しみの目をむけてくる。


「………………、……あと、木内にとっては悪魔の甘言かもですけど、私は本当に気休めでいってますよ」

「…………」

「いや、その、本当に……」


 タイムマシンだとか簡単にいっても、そんなものを素人が作れるのであれば、今頃あたりまえに普及しているものだ。

 それこそ、俺の行動自体、気休めでしかない。

 そんなことはとっくにわかっている。


 それでも母の言葉が反復する。

 俺のアイデンティティは家族なんだ。

 振り払ったとき、俺の、人間としての価値そのものがなくなってしまう。

 白雲さんも、かーちゃんも、俺をひとりの人間として尊重してくれている。

 そうして思い返すたび、ため息しかでてこないんだ。


「そういや、白雲さんも大学生になったし聞きたいんだけどさ」

「はい?」

「なんでいまだに付き合ってくれてんだ? 俺が未来からきたなんて、大学生にでもなれば信じないだろ。他意はなく、純粋に」


「あぁ、そんなこと。たしかに信じてはいないですよ」

「やっぱり」

「でもいったでしょ? 私はなにがあっても、木内の味方だって。暇ならここにきて遊びましょって」


「……………………」


 わかっている。

 とっくにわかっている。

 一寸先が闇のなか、脇道をチラリとみるだけで光が差すんだ。

 肉体だけじゃない、精神が、俺の存在が、すべて順応していく。

 この世界のものになっていく。


 白雲さんが難関大学に入ったなら、もう俺と同じ職に就くことはなくなる。

 聖子さんは家族のことを大切にした。

 和葉と俺に距離ができて、もう結婚することもないかもしれない。


 全部、全部俺が狂わせた。

 そして俺自身、その事実に嫌悪感さえなくなっているんだ。

 俺は家に帰らないといけない。

 だが、俺の居場所は8年前から、ずっと……──。


「……白雲さん、もう1個いいか?」

「はぁ」

「白雲さんは未来だと、俺と同じ会社の人間っていったよな。K大なんていけたなら、その職じゃない、もっと上を目指すことになる。それに嫌悪感とか、あったりするか」


「え、なんすかそれ。あるわけないでしょ」

「まぁ……だよなぁ……」





 また、剥き出しのコンクリート地帯をのりこえて、夜風になるまま帰路についた。

 僅かな街灯は頼りにもならず、俺はまた懐中電灯をポケットからだし、小さな白い楕円をつくりだす。

 次に会う日程は決めなかった。

 物悲しげで、それでいて安堵の眼差しをむけられたが、俺は押し黙ることしかできなかった。


 頭の中にこもった熱が、夜風で凍えて心地よい。

 熱はないが、熱がある。

 赤くないが、身体が火照る。

 足取りもおぼつかず、前に進むこともやっとの俺は、自宅に帰れるかもわからない。

 だが、闇夜を踏むたび、進むべき地面が白く綻んで、奥へ奥へと吸い込まれていく。

 こんな夜更けに、光がみえるようだった────。



 ────………………。


「……え?」



『…………………………』



 まず真っ先に思い浮かんだのは、「逃げなければ」、だった。

 そしてすぐ、「あぁ、そんなこと意味がないんだな」、と思った。

 白く、輝いているのか、くすんでいるのか、判別もできないそれは、生物たる動きをしていることが、かろうじてわかるのみ。

 ひとならざる人型のそれは、人智を超えたなにか。

 きまぐれか。

 なにかトリガーがあったのか。


 焼き切れた脳が全神経を巡り、アドレナリンを放出させる。

 ちょっとの愚行で死ぬかもしれない。

 だが、そんな考えは微塵もわかなかった。

 喉にかかった生唾が、俺の第1声を拒んでくるが、お構いなしにと濁声をあげる。


「お前が、神か……!」




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