14-④
お昼を食べて、勉強して、気づけばもう夜の6時。
私がいくら意識しようが、ずっと一緒にいた事実は変わらないもので、生活に変化が訪れることも特にない。
高校の3年間、大学にいけば7年間、この普遍的な毎日をすごせるだけで、それでいい。
これ以上なんて、もとより望んでいないんだ。
まぁ、ただ、将来に結婚して子供とかできたとき、この時の感情が一時の気の迷いだなんて思うのは、すこし嫌だな。
「和葉、飯、冷めるぞ」
「あぁ、ごめんごめん。いまいく」
襖をあけてカーテンをくぐると、醤油と砂糖の匂いが鼻を抜けた。
その匂いにつられるよう、廊下を進んでいき、居間へと到着。
甘辛い匂いをまとわせたちゃぶ台に並ぶのは、豪華絢爛、お味噌汁と白米、そして鶏肉の筑前煮。
人参だけが唯一の彩りか。
特別なことなんてない、いつも通りの夕ご飯。
私はそそくさと畳の上に座って、木内さんの目をみながら、手を合わせる。
「いただきます」
「ん、めしあがれ」
まず私が手をつけるのはお味噌汁。
ほうれん草と、わかめと、ネギがはいった、極めて健康的な一品。
小5くらいの頃か、「和食にサラダはあわない!!」なんて生意気をいったっきり、色々と工夫して献立をたててくれるようになった。
いまでこそ、家政夫としてのありがたさがわかった手前、謝罪をしたいが、そんなタイミングもないのである。
「あ、今度の休みさ、友達とでかけるから、お昼いらないかも」
「ん? いつメンか」
「いつメンって?」
「あー……えっと、いつものメンバーな。叶芽くんとか、東雲さんとか」
私は首を横にふる。
「違う違う。今日できた友達」
「おおう……もう友達できたのか。……男?」
「女の子」
「じゃあいいか。いってらっしゃい」
「なにそれ。嫉妬ぉー?」
「まあ、そんなとこだよ」
「うわっ、はぐらかした」
上目遣い気味に、ニヤリと笑って挑発するも、木内さんは無反応。
こっちがいくら親と思っていなくても、木内さんにとって、私は子供なのだ。
「正直、叶芽くんとくっついてくれりゃ、こっちも安心なんだがな」
「ないない」
「なんだよ。その割には彼氏とかつくんねぇじゃん」
「それは……うん……。木内さんもいるし」
「ん、……そうか」
「嫌じゃないの?」
「…………」
「えへへ」
思わせぶりなのはどっちがだよ、とか考えても、恐らく私の一人相撲でしかない。
親として、そう、木内さんは親として、私のそばにいるだけだ。
だが、嫌じゃないなんていわれて、肩が跳ねたのは事実。
お父さんが離婚していなかったら、ファザコンとかいうのに、なっていたのかな、私は。
きいた話では、私くらいの年齢の乙女は、父親と洗濯物が一緒とかもダメらしい。
正直まったく理解できないというか、なんなら私はむしろ……。
いや、やめとこう。
変態じみてきた。
お父さんのことは好きだし、お母さんのことも好き。
最後に3人で集まれたのは8年前くらいか。
お父さんは、いま会ってもよくしてくれる、優しいひと。
お母さんは、私のために動いてくれる、立派なひと。
これと同じ。
あくまで親として優しくしてくれるひと、支えてくれるひと。
大葉は、どこまでいっても大葉。
なら、私も、子供として──。
『愛するとか、愛されるとかは、要素でも結果でもない』
──あの日の夜、泣きじゃくるお母さんの腕を掴んだ木内さんが、放ったその言葉。
小学生の思い出なんて風化されすぎて、もうろくに覚えちゃいない。
けれどあの時の、声と、においと、空気感、これだけは鮮明に、今でも思い出せる。
私にいった言葉じゃない。
ましてや、恋愛的な話でもない。
この言葉を言い訳にして、自分に言い聞かせて、この瞬間だけを幸せに生きる。
*
「じゃあ、いってくる。8時までには聖子さんも帰ってくるだろうから、それまで鍵あけんなよ」
「はーい、いってらっしゃーい」
このやりとりも、8年前から合算すれば、もう数千回にのぼる。
返事ひとつで返してくる和葉を背に、俺はガラガラびらきの戸をあけた。
春先特有の夜風はまだ肌寒く、もう少し厚着でもよかったな、なんて思うのは毎年のことだ。
夜といってもまだ7時。
親子連れに、ボロボロのサラリーマン、遊び帰りの女子高生と、多様な顔ぶれが往来する。
そして俺は、その集団に紛れるよう、すっと身を縮めて、道の脇へとそれていった。
少し大通りからそれるだけで、田畑並ぶ恐ろしい夜道に変貌するのは、田舎の物悲しさも感じさせる。
そこからまっすぐ進み、T字路を左に曲がって大体3分で、廃団地がみえてくる。
剥き出しのコンクリートが暗い足場の行手を塞ぎ、肝試しでもない限り、こんな夜更けに、はいってくるひとなど、いはしない。
ズボンのポッケから安物の懐中電灯を取り出した俺は、お尻のシリコンをカチッとおして、前方を点灯し、奥へ奥へと進んでいく。
地道ながらも前へいくと、ひらけたところに空き地がある。
その真ん中で、古ぼけた倉庫が、ぽうっと微かにあたりを照らしていた。
数回ノックをし、返事も待たずに扉をあける。
「なんだ、先にきてたのか」
「あ、木内。おつかれー、ささくれー」
「へいへい、カツカレー」
クリッとした目でパソコンを凝視する白雲さんを横切り、ごちゃごちゃした通路をかきわけながら、自分の席へとゆっくり座った。
この綺麗な長い白髪も、8年もみれば、見惚れることはない。
「昨日の分は?」
「全滅。あと、またラット逃げたわよ」
「あ!? まじかよ、実験体の値段もバカになんねぇぞ。……逃げたってことは、ワープはできたってことか?」
「うーん……もしくは、誰かが鍵を閉め忘れたか」
「じゃあお前じゃねぇか」
錆びた鉄の臭いに鼻を侵され、先ほどの幸せも嘘のよう。
チラッと資料に目を落とすたび、やはり頭に浮かぶのは、娘と嫁の顔だけなのだ。
時間、空間、なんらかの要素で宇宙エネルギーをつくりだし、それらを一緒くたに繋げ合わせ、粒子を歪ませることができれば、理論上はいけるはず。
そのための衝撃はなにか、どんなエネルギーなのか、どんな力が働くのか。
しらみつぶしに、すべて1から探しだす。
8年がなんだ。
諦め切れるわけがないだろ。
タイムマシンだ。
タイムマシンを、この手で────!
お疲れ様です。ここまでが14話です。
反省会は活動報告にあります。
あと次回(15話(4ep))で最終回です。




