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35歳の俺と7歳の嫁  作者: mixnunu
14話
61/66

14-④




 お昼を食べて、勉強して、気づけばもう夜の6時。

 私がいくら意識しようが、ずっと一緒にいた事実は変わらないもので、生活に変化が訪れることも特にない。

 高校の3年間、大学にいけば7年間、この普遍的な毎日をすごせるだけで、それでいい。

 これ以上なんて、もとより望んでいないんだ。


 まぁ、ただ、将来に結婚して子供とかできたとき、この時の感情が一時の気の迷いだなんて思うのは、すこし嫌だな。


「和葉、飯、冷めるぞ」

「あぁ、ごめんごめん。いまいく」


 襖をあけてカーテンをくぐると、醤油と砂糖の匂いが鼻を抜けた。

 その匂いにつられるよう、廊下を進んでいき、居間へと到着。

 甘辛い匂いをまとわせたちゃぶ台に並ぶのは、豪華絢爛、お味噌汁と白米、そして鶏肉の筑前煮。

 人参だけが唯一の彩りか。

 特別なことなんてない、いつも通りの夕ご飯。

 私はそそくさと畳の上に座って、木内さんの目をみながら、手を合わせる。


「いただきます」

「ん、めしあがれ」


 まず私が手をつけるのはお味噌汁。

 ほうれん草と、わかめと、ネギがはいった、極めて健康的な一品。

 小5くらいの頃か、「和食にサラダはあわない!!」なんて生意気をいったっきり、色々と工夫して献立をたててくれるようになった。

 いまでこそ、家政夫としてのありがたさがわかった手前、謝罪をしたいが、そんなタイミングもないのである。


「あ、今度の休みさ、友達とでかけるから、お昼いらないかも」

「ん? いつメンか」

「いつメンって?」

「あー……えっと、いつものメンバーな。叶芽くんとか、東雲さんとか」


 私は首を横にふる。


「違う違う。今日できた友達」

「おおう……もう友達できたのか。……男?」

「女の子」

「じゃあいいか。いってらっしゃい」

「なにそれ。嫉妬ぉー?」

「まあ、そんなとこだよ」

「うわっ、はぐらかした」


 上目遣い気味に、ニヤリと笑って挑発するも、木内さんは無反応。

 こっちがいくら親と思っていなくても、木内さんにとって、私は子供なのだ。


「正直、叶芽くんとくっついてくれりゃ、こっちも安心なんだがな」

「ないない」

「なんだよ。その割には彼氏とかつくんねぇじゃん」

「それは……うん……。木内さんもいるし」

「ん、……そうか」

「嫌じゃないの?」

「…………」

「えへへ」


 思わせぶりなのはどっちがだよ、とか考えても、恐らく私の一人相撲でしかない。

 親として、そう、木内さんは親として、私のそばにいるだけだ。


 だが、嫌じゃないなんていわれて、肩が跳ねたのは事実。

 お父さんが離婚していなかったら、ファザコンとかいうのに、なっていたのかな、私は。

 きいた話では、私くらいの年齢の乙女は、父親と洗濯物が一緒とかもダメらしい。

 正直まったく理解できないというか、なんなら私はむしろ……。

 いや、やめとこう。

 変態じみてきた。


 お父さんのことは好きだし、お母さんのことも好き。

 最後に3人で集まれたのは8年前くらいか。

 お父さんは、いま会ってもよくしてくれる、優しいひと。

 お母さんは、私のために動いてくれる、立派なひと。

 これと同じ。

 あくまで親として優しくしてくれるひと、支えてくれるひと。


 大葉は、どこまでいっても大葉。

 なら、私も、子供として──。



『愛するとか、愛されるとかは、要素でも結果でもない』



 ──あの日の夜、泣きじゃくるお母さんの腕を掴んだ木内さんが、放ったその言葉。

 小学生の思い出なんて風化されすぎて、もうろくに覚えちゃいない。

 けれどあの時の、声と、においと、空気感、これだけは鮮明に、今でも思い出せる。


 私にいった言葉じゃない。

 ましてや、恋愛的な話でもない。

 この言葉を言い訳にして、自分に言い聞かせて、この瞬間だけを幸せに生きる。





「じゃあ、いってくる。8時までには聖子さんも帰ってくるだろうから、それまで鍵あけんなよ」

「はーい、いってらっしゃーい」


 このやりとりも、8年前から合算すれば、もう数千回にのぼる。

 返事ひとつで返してくる和葉を背に、俺はガラガラびらきの戸をあけた。


 春先特有の夜風はまだ肌寒く、もう少し厚着でもよかったな、なんて思うのは毎年のことだ。

 夜といってもまだ7時。

 親子連れに、ボロボロのサラリーマン、遊び帰りの女子高生と、多様な顔ぶれが往来する。

 そして俺は、その集団に紛れるよう、すっと身を縮めて、道の脇へとそれていった。


 少し大通りからそれるだけで、田畑並ぶ恐ろしい夜道に変貌するのは、田舎の物悲しさも感じさせる。

 そこからまっすぐ進み、T字路を左に曲がって大体3分で、廃団地がみえてくる。

 剥き出しのコンクリートが暗い足場の行手を塞ぎ、肝試しでもない限り、こんな夜更けに、はいってくるひとなど、いはしない。

 ズボンのポッケから安物の懐中電灯を取り出した俺は、お尻のシリコンをカチッとおして、前方を点灯し、奥へ奥へと進んでいく。


 地道ながらも前へいくと、ひらけたところに空き地がある。

 その真ん中で、古ぼけた倉庫が、ぽうっと微かにあたりを照らしていた。

 数回ノックをし、返事も待たずに扉をあける。


「なんだ、先にきてたのか」

「あ、木内。おつかれー、ささくれー」

「へいへい、カツカレー」


 クリッとした目でパソコンを凝視する白雲さんを横切り、ごちゃごちゃした通路をかきわけながら、自分の席へとゆっくり座った。

 この綺麗な長い白髪も、8年もみれば、見惚れることはない。


「昨日の分は?」

「全滅。あと、またラット逃げたわよ」

「あ!? まじかよ、実験体の値段もバカになんねぇぞ。……逃げたってことは、ワープはできたってことか?」

「うーん……もしくは、誰かが鍵を閉め忘れたか」

「じゃあお前じゃねぇか」


 錆びた鉄の臭いに鼻を侵され、先ほどの幸せも嘘のよう。

 チラッと資料に目を落とすたび、やはり頭に浮かぶのは、娘と嫁の顔だけなのだ。


 時間、空間、なんらかの要素で宇宙エネルギーをつくりだし、それらを一緒くたに繋げ合わせ、粒子を歪ませることができれば、理論上はいけるはず。

 そのための衝撃はなにか、どんなエネルギーなのか、どんな力が働くのか。

 しらみつぶしに、すべて1から探しだす。


 8年がなんだ。

 諦め切れるわけがないだろ。


 タイムマシンだ。

 タイムマシンを、この手で────!




 お疲れ様です。ここまでが14話です。

 反省会は活動報告にあります。

 あと次回(15話(4ep))で最終回です。

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