14-③
この乙女の顔は、恋する顔。
このアホな面は、アホな面。
ずっと子供だと思っていたご両人、知らぬところで少女漫画をやっていた。
(知らなかった!! 全然、気づきもしなかった!!)
だが、「知らなかった!!」というよりは、「知りたくなかった!!」が正解かもしれない。
かれこれ、ふたりとは10年の付き合い。
うまくいこうが、いかまいが、間に挟まれるちんちくりんは、邪魔と呼んで差しつかえなし。
いままでの10年に、亀裂がはいってしまうのだ。
(けど、気にはなるんだよなぁ! 気にはなる!! そ、それとなく聞くだけなら、だいじょぶかな? バレないかな?)
「あ、あー……、ふ、ふたたた、たりはさぁ、なんか、出会いとかあったの?」
「は?」
「え……?」
やば、直接的すぎた。
「今日ね! 今日! 友達ができたのよ。中学の違う、新しい子。それで、友達とか……そういう話!」
「ああ、そういう」
ごまかせただろうか。
へんなタイミングで、へんな汗が流れていく。
「つっても俺、顔馴染みとしかつるんでないしなぁ」
「あたしも中高一貫校だし」
「うーん、そんなもんかぁ。……そういえばさ、アリスちゃんの学校の話、あんまりきかないよね」
「ああ、たしかに」
「…………………………、まぁ、話してないし」
その言葉に、少し冷たさを感じた。
別々になってから3年、その間、1度も話そうとしなかったとなれば、なにか聞かれたくないことでも、あるのかもしれない。
嫌な話題ふっちゃったかも──。
「お前、むこうで告白とかされてねぇの?」
「は?」
「……っ!!?!!?」
「お前、金髪だし目立つだろ。アホな男なら寄ってくんじゃね?」
あ、あほぉぉぉぉぉお!!!!
犬猿とはいえ、地雷原という言葉を知らんのか、こいつは!!
「学校」と「男」で、2枚抜き狙ってんじゃないわよ!!
「あ……あのぅ、アリスちゃんさん……。あんま気にしなくて──」
「…………そうよ」
「え?」
「あんたの言う通り。他所からきた金髪なんて、目の肥やし。ましてやスポーツ校でしょ。そりゃ、ちやほやされるわよ。ありえないくらい」
「アリスちゃん……」
アリスちゃんはハーフだが、顔立ちはアジア系の特徴が強くて、子供の頃に違和感を覚えたこともなかった。
でも、歳を重ねるごとに、周りとの容姿の違いが鮮明になってきて、それが原因で距離を置くひとも、でてきたくらい。
ましてや、中学生なんて思春期真っ只中。
ちょっとでも浮いたなら、どんな仕打ちにあうかなど、想像するのは容易なもの。
言葉がでてこない。
話題をふった私が悪いのか。
デリカシーのない叶芽くんが悪いのか。
そんなどうでもいい責任転換だけが頭を巡るが、巡るたび、泥でも飲まされた気分になる。
お通夜状態の中、あーでもない、こーでもないと、脳を沸かす私を尻目に、このアホ男は、なんともなしに口火を切る。
「あぁ、だからお前、中学なっても俺らとつるんでたのか」
「……」
「ちょっと、叶芽くん!」
「じゃあやっぱ、和葉も部活はいれよ。そのほうがみんなで帰る時間あわせられるだろ」
「え……、……あっ!!」
「いじめられるのが社会経験になるわけねぇしな。新しいとこいったら、新しいヤツと一緒にならなきゃ、いけないわけじゃなくね?」
熱ヒーターの前にたつような、身体の底から暖かくなっていき、頭の先から抜け出ていって、顔がぽわぽわする感覚。
誰かがいわなければいけないことを、この男はなにも臆することなくいってしまう。
たぶん、私たちが10年たっても離れなかったのは、こんなことを惜しげもなくいえる、彼がいたからだ。
大きな笑みが抑えきれなくなった私は、大きく上下に首をふる。
あかべこのように、こくこくと。
ふと横をみると、赤らめた女の子の顔があった。
あぁ、やっぱり、そういうことなんだ、と私の疑念も確信へと変わる。
「あぁ……か、かっ、……和葉ちゃんはともかく!! あんたごときが、自惚れんじゃないわよっ!!!」
「あぁ!?」
「あーあー、やだやだ! 自意識過剰ってやつかしら! ほんと、勘弁してほしいわ!!」
「くそっ、変わんねぇなお前も」
「ははは……」
でもアリスちゃん、ニヤケは止められない様子。
「か、和葉ちゃんはどうなのよ!!?」
「え……? 私?」
「そう! 言い出しっぺでしょ? なんか出会いとか、恋みたいなの、ないの!?」
急に全力のフルスイングをしかけてくる。
このスイングを叶芽くんに当てないあたり、ここぞでヘタレたか。
ちょっと、うん、先が思いやられるなぁ、なんて。
あと、えーと、なんていうか、しかし、その…………。
「…………」
ダメだ! ダメ!
突然すぎて、言葉がまとまらない。
「…………え、あー……」
「……? なに、その反応……」
「う、……うん?」
「和葉ちゃん、好きなひといるの!!?!!?」
ま、まずい。
この流れは非常にまずい。
「い、いや、ちが──」
「だ、だれ!? あたしの知ってるひと?!?」
くうぅ、自分の話じゃなくなった途端、いけしゃあしゃあとしやがって。
ここで私が叶芽くんっていったら、なんて反応するんだ。
まぁ、あながち間違いでもないけど……。
「で、だれ!? だれなの!?!」
「いや、あの……」
「おい東雲。そのへんに──」
嘘というのは、咄嗟になると出てこないもので、私のひとの良さを、いらないとこで再確認してしまう。
否定のパーツが脳細胞に準ずるようレールスライドしていくが、合体することもなく道中で破壊されていく。
なにか探ろうにも、昨日のテレビ番組とか、新担任のむさ苦しい顔とか、そんなどうでもいいことしか頭にうかばない。
嘘がつけない。
と、とりあえず、「いいえ」とだけいってしまえば、いいんだ。
そうすれば、あとなんてどうにでもなる。
この圧が、私を封殺して、性根が切れる前に。
いうぞ、いえ、いうんだ。
なんて意気込むと同時、私を覆ったのはアリスちゃんの圧ではなかった。
もっと大きな、体を覆い尽くすほどの影。
視界が暗くなる。
条件反射か、上を見上げて、そっと、その影の主を確認した──。
「おかえり」
「ぎゃぁぁぁぁぁっっ!!!!?!??」
「どうした、どうした。その反応は違うだろ」
き、木内さん……!
まって、いまはダメ。
目の前にいたら、なおのこと取り繕えない。
「あ、こんにちは」
「おう。しかしお前ら仲良いな。付き合い何年目だよ」
目をみれない、顔をむけれない、声をだせない。
一手ですべてを悟られる。
私の行動が、すべて糸で繋がれているような、なにをしても、終着点が同じな気がしてならないんだ。
「それで和葉、さっきの話!」
バカァッ!!
バカバカバカバカバカバカバカバカ!!
色恋づいてんじゃないわよ!
鼓動が、鼓動だけで、全部バレて──。
「おら、いくぞ……」
「え? ちょっと! あんたお向かいさんでしょ!? いくってどこに」
「走りたい気分だから、ちょっと付き合え」
アリスちゃんの手首を掴みながら、ふたりは息の合わない足取りで、その場を離れていった。
た、助けられた。
……ってことは、叶芽くんにはバレてるのか。
う、うわぁ……。
ふたりの背中を目で追ったのち、木内さんの顔を一瞥する。
ぼそっと「仲良すぎだろ……」なんていいながら、ふたりを眺める瞳は、邪気というか、殺意というか、不機嫌な様が感じとれた。
なぜ不機嫌かはわからない。
でも、その顔にすら、意味なんて必要なかった。
今日は昼終わりだし、予定もないし、木内さんのパートもない。
もしかして、ずっと?
この状態の私で、今日ずっと一緒にいないといけない?
「………………」
「ん、どうした和葉。なんか様子おかしいぞ」
「にゃ……、な、なんでもぉ……」
余計なお世話をした。
本当に、余計なお世話をした。
バカみたいな好奇心が巡り巡って、行き着く先は私の家。
どんな顔が正解なのかも、もうなにも、思いだせない。




