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35歳の俺と7歳の嫁  作者: mixnunu
13話
56/66

13-③




「は?」


 そう口から漏れでていきそうになって、俺は慌てて口をつぐんだ。

 そのひとことが、母のすべてを否定しているようで、なんだかとても、肌の表面が凍えていってしまう。

 どこのだれが後ろ指をたてようと、俺だけは、なにもいってはいけない。

 そんな気がする。


「みたかんじ、あんたも被害者なんでしょ? じゃあ、いいじゃない。諦めたって、お天道さんは許してくれるわよ」

「…………」

「糾弾しても、嘆いても、だれもとりあっちゃくれない。ならいっそ、ふんぞりかえってみなさいな」


「…………、一香は……」

「ん?」

「俺の娘は……どうすんだよ…………」

「関係ない。会えないひとのこと気にしても仕方ないわ。和葉ちゃんを守る義務はあるかもしれないけど、どうにもできないこと悩んでも、時間の無駄よ」


 それは、たぶん、俺が1番ほしい言葉だった。

 事情をしっているふたりがいっても、なんなら、ぼんやりした見知らぬだれかがいったとしても、俺を折るには十分な、その言葉。

 首筋を撫でる空気が、俺を抱きしめる。

 無数の手が、暖かい熱をもって、俺にからみついてくる。

 いま、首をたてにふって、母の手を握るだけで、俺のすべてが肯定されるような気がして、すごく湧き立ってならないんだ。


 だが、なんだろうか。

 どこかから、なにかが、俺に……。


「もう35っつっても、私にいわせりゃまだ35よ」

「……ん」

「あと50年、長生きして60、70年もあるんだから、余生を謳歌したいなら、早いとこ見切りつけても──」


「かーちゃん……!」

「……?」

「もういい、大丈夫」


 そういった俺は、ゆっくりと背筋を伸ばし、正面を、母の目をみた。


「親父が交通事故で死んで、俺が独り立ちするまでの14年間、かーちゃんが弱音をはいたとこをみたことがない」

「…………」

「ただかーちゃんが、強いひとなだけだと、おもっていた。でも、それだけじゃない。あの日……、葬式でみた親父の顔と、かーちゃんの顔は、たぶん一生、忘れない」


 雨が降りしきる火葬場。

 頭の奥が熱くなっていく感覚はあったが、それ以上に、神妙な面持ちで並んでいる大人たちがなんだか怖くて、俺は咄嗟に母のほうへ目をむけた。

 その時の母は、悲しいだとか、怒っているだとか、そんな顔をしていないと、子供ながらにおもったりして、少し、壁を感じた。


 父と、最後の会話をしていたのだ。

 よくわからなかったけど、あの顔は、なんだか、誇らしかった。


「俺の人生はもう、俺だけの人生じゃない。一香が独り立ちしても、和葉が先にいなくなっても、一生、ずっと」

「……」

「俺は一家の主だ。俺には、家に帰る義務がある。それは、かーちゃんが1番よく、わかってるだろ……」


 心からの、言葉だった。

 用意もしていない、すべてが本心で、心臓から喉を潤す言葉。


 それをきいた母は、苦虫を噛み潰したようでいて、頬杖をついて、ため息をはいて、それでもなんだか朗らかで。

 すぐさま表情を崩し、いつもの俺をバカにするときの顔をしていたが、なんとなく落ち着いていた。


「あー、あー。冗談よ、冗談っ! ったく、殊勝ぶってからに。ダレに似たのかしらねぇ!」

「そっちが殊勝ぶらせたんだろ……」


「……はぁ……………………、でも、まぁ……、息子が私の最愛のひとのこと、いつまでたっても忘れてないってのは……悪くないわ」


 顔をそむけた母は、目を薄くひらき、戦隊モノのソフトフィギュアへと視線をむける。

 その横顔は俺も、初めてみたかもしれない。


「ほら、帰った帰った! 夕飯つくんだよ、こちとらぁっ!! あんたも和葉ちゃんに飯つくってやんな!」

「わかったよ……、いわれんでも帰るよ、帰る」


 悪態つくようたちあがった俺は、すぐさま母に背をむけた。

 その横顔が琴線にふれてきて、逃げたい気持ちもあった。

 早足気味に扉をまたぎ、ふりかえることもなく、ヒラヒラ、手をふった。


「………………まって」

「……ん?」

「あー……、いまさらあんたには、お節介かもしんないんだけどさ、ちょっと、いいかしら?」


 その母は、いつもより少し、声のトーンが低い気がして、はたと身をふりかえした。

 椅子を引きずる音とともに、ゆるりとたちあがり、ズンとした佇まいで、俺の目をみてくる。


「父親として、その決心があるなら、意地でも帰りなさい。折れた瞬間、あんたはあんたじゃなくなる。いま、叶芽を父親たらしめているのは、その決心だけよ」

「ああ、わかってる」


「……で、ここまでが一般論。ここからは母として、ひとつだけ、いわせて」


 息をはき、息をすい、その重みを言葉にのせる。


「あんたが置かれている状況が、私の想像だにできないことなのはわかってる。でも、もし、あんたの選択が、世間一般の批難に浴びることだとしても、私は絶対にあんたの味方でいる。それだけは、忘れないで」


 そこまでいいきると、母は俺の反応も確認せずに、ゆっくりと扉をしめた。

 ドアガラス越しに、背をむけて座る母の姿がみえて、すぐに目をそらす。


 求めたものは、ここにはない。

 しかし、その情念は、よどみのない晴れやかなものだった。


 俺は、その扉の奥へ、深々と頭をさげた。




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