2-①
「未来の嫁」なんて言い方をすればただの痛いおっさんになるのだが、本当にそのままの意味の女の子から俺は何故か人生を励まされていた。
「まあ、昨今の考え的には働けるだけマシってのはあるかもしれないけど、私は休めるときは休んだ方がいいと思いますけどねぇ──」
まるで専門家ぶったような口ぶりで、腕を組みながら適度に頷く素ぶりを見せる彼女。
こんな状況であろうと、和葉に対して率先的に出てくる感情が下心なあたりに重症を自覚してしまうのだが、俺にとれる最善は沈黙しかなかった。
「…………っ」
「うーん? これは重症ですかねえ……。────てっ……、あっ!! ママ!!」
(えっ!? お義母さん……)
「………………………………奇遇ね……、和葉……」
振り返ると義母がいた。
容姿端麗ではあるものの、全てを見透かしていそうな鋭い眼光に常に寄せ集まっている眉間のしわ。その表情は7歳児の娘に向けるものでは断じてないだろう。
正直俺は義母のことが子供のころから苦手だ。
「ママ! あのね、今からアリスちゃんと遊びに行っても────」
「もしかして頼んでた家政夫の方ですか……?」
義母は娘の言葉には目もくれず、俺の方へと直進してきた。
この時点で怒り心頭に発してはいたが、以外にもこの怒りによって冷静にはなれる。
「家政夫? すみません、今たまたま通りかかっただけなんですけど」
(家政夫ってなんだ? 小学生のころはそんなの見かけなかったぞ……?)
家がお向かいさんである以上それなりにお宅の関係性は確認できていたが、ミニメイドや家事代行が小清水家を出入りしていた記憶はない。
「え……、でも届いた書類にはあなたの顔写真……ありましたよ……。木内 叶芽さん……ですよね……」
義母の取り出した書類にはばっちりと俺の写真や名前、改ざんされた生年月日までも載っていた。
「ほ、本当に俺だ……。あの、でも変な話なんですが、俺何も聞いてないといいますか……。仕事内容とかも全然把握してないし、そもそもそんなサービスしてる会社なんて働いてないですよ?」
(どういうことだ? 俺がこの時代にいること自体おかしいのに……。適応させようと過去そのものが書き換わっている?)
理屈は意味不明だが、理解はできていると思う。……多分。
「はあ……、別に娘の世話してくれるなら……なんでもいいですけど……。お金は出しますし……。家……泊まっても大丈夫なんで……」
アンニュイな物言いに思いつつ、ただ適当に事を済ませようとしているようにも見える。
あまりに突飛な展開に戸惑いを隠せないでいたが、そんな俺を尻目に実の娘である和葉が切り込んでいた。
「あのっ! ママ!! 今日も……お仕事なの?」
義母は娘の疑問をコケにするかのようにため息を漏らす。
「はあ……今日じゃなくて明日も明後日もよ……和葉……。パパと別れてからは家にお金がないの……。誰のせいで離婚することになったか……あなたならわかるわよね……」
今時スケバンでもしないような高圧的な口調に対し、和葉も黙り込んでしまった。
結婚してからも、和葉は基本的に家のことを話したがらない。
ただし、浮いた家庭の噂は嫌でも耳に入ってくるのが狭いコミュニティというもの。
親は無法者。家はごみ屋敷。家事はすべて子供にやらせている。所謂、毒親類いのものは網羅していたと思う。
小さい時から和葉が片親なのは知っていたが、特別貧乏だという印象はまったくなく、むしろ少し裕福なイメージすらあったぐらいだ。
となれば地雷はやはりこの母親であろう。
中学時代、母親が警察の厄介になったという話は和葉を強く縛り付けていた。この義母には何かときな臭さが残る。
「それじゃあ……、あとは……頼みますね……」
そうとだけ言い残した義母はこの場を去ろうとしたが、つい俺は彼女を呼び止めていた。
状況が呑み込めないというのは大いにあるのだが、こんな辺境の地に飛ばされてしまった以上、根城の確保ができるだけでもありがたい。
だが、俺も1人の父だ。それとは別に怒りはある。この立場であるにも関わらず、俺は悪戯なことをききだそうとしていた。
「あの、自分で言うのもなんですけど、娘さんもう7歳ですよね。こんな見ず知らずのおっさんにいきなり家入られたら、十分ストレスになるんじゃないですか?」
(ほら、ちょっとは動揺しろよ)
俺の思惑もつかの間、義母は立ち止まって振り返り、眉一つ動かすことなく言葉を吐いた。
「でもそれ……、悪いのはあなた……ですよね……」