11-③
廊下の窓にはられた習字用紙は日焼けして、味のある達筆がさらにコッテリ栗色に。
チラリと別クラスの教室をのぞいては、小さな机に懐古する。
頭の中に手をつっこまれ、わずかに残った塊を、すくいあげられているような。
俺のなにかが、呼びおこされているのか。
2年生は5限目が体育で、6限目が本命の算数。
子供が体育館に集まっているうちに、保護者がお習字やら図工やらを見てまわるシステムだ。
まあ、当時の俺は、夏休み中の登校日なんだから、もっと早く帰らせろ、とか思っていたが。
(大人になったからわかるけど、午前に2時間だけあけるのなんて、ほぼ無理だもんな……)
成長してわかる、学校側の労力。
子の親として本当にありがたい。
そうこうしているうちに、和葉と俺が通うクラス、2年2組に到着していた。
前を歩いていたほかの子の親についていくよう、扉の奥へとコソコソはっていく──。
「…………」
なにもかも、そのままの教室があった。
当時、そのまま。
部屋のつくりは、よそのクラスとなにも違わない。
だが、先生机の隣にある金魚鉢も、今では少し小さくみえる黒板も、あのグチャグチャな机は俺のものだろうか。
同窓会でおとずれたときには感じなかった空気感。
肌をなでる空気が黄ばんでいて、なんだか、頬のあたりが熱くなる。
俺は「いけない、いけない」といわんばかりに首をふり、すっと、そこから目をそらした。
しかし、改めてみると、新鮮に映るものもある。
背面黒板にはられた図画工作の画用紙。
娘の参観にいったときは、娘の描いた絵にしか興味がなかったが、こう、まじまじとみてみると、子供の思い思いが感じられておもしろい。
理想の将来と題されたそれらは、やれ、巨大なツリーハウスだとか、やれ、空飛ぶ家だとか、空想に空想が重ねられる。
それでも、将来となると、この歳の子供はみんな「家」に帰結するものらしい。
ちなみに、俺のはというと、「10000」と記された紙切れが散らばる部屋の真ん中、その束を片手にハンズアップする笑顔の男の子。
まあ、みなかったことにしておこう。
「で、和葉のは、っと……」
小清水だから、あ行の最後。
右の端。
順番通りにみていけば、廊下側の反対、外の窓付近にあるはずだ。
(えーと、小清水、小清み──)
俺は、足をとめて、そして、息をのみこむ。
これは、俺がみるべきではない。
他人が評するものではない。
「なんで……なんでこんなときに限って、あのひとは……」
………………
…………
「あれっ! なんで木内さんがいるの!?」
「あう和葉、おつかれ」
髪を結んで、顔をほてらせた和葉によびとめられた。
日曜授業で軽い内容だったのか、疲れている様子はまったくない。
「聖子さんな、仕事で遅れるらしいから」
「あぁー……うん……」
あからさまにテンションの直下降がみえた。
口元だけは作り笑いをがんばっているが、滲みでる哀愁に、その笑みも破られる。
考えれば俺の立場は、かなりの貧乏くじだ。
返す言葉もみつからず、かがんで、慰めるように微笑むことしか、俺にはできない。
だが、このころの和葉を一言で呼ぶとすれば、いわゆる陽キャ。
普段通りではないというだけで、すぐさまカースト上位陣に取り囲まれるのが常である。
小学生に杞憂などはない。
気になることがそこにあれば、なになんで攻撃の標的とするのだ。
「和葉ちゃん、和葉ちゃん! だれこの人? お父さん?」
「あんまにてなーい」
「小清水の親くるのめずらしっ」
「ようちえんのときのお父さんとべつのひとなのなんで?」
「ああ、えーと……」
和葉はこころなしか、顔をほころばす。
「このひとはね、木内さん。私の家の家事代行をしてくれてるの」
「家事代行って?」
「えーと……、家のことを……お母さんがやることを、してくれるひと」
「えー、男なのに?」
「変なの」
「じゃあ、お父さんってこと?」
「んーとね……」
歯切れ悪く八の字眉毛をおでこにうかべ、すこしうつむきぎみに、腕をくむ。
数秒の思案。
ふと、頭にピンっと豆電球がうかんだ和葉は、締まりのない笑顔で言葉をならべた。
「あの……メイド! メイドみたいなひと!!」
「えっ!!? メイド!??!?」
4人の高い声がハモって、一斉に注目をあびる。
やめろ、変な想像すんな。
想像させんな。
………………
…………
「みなさーん、そろそろチャイム、なりますよー」
「はーい」
ワンピース姿の若い女性教師、みなこ先生の号令によって、子供たちは散り散りに席へと戻っていった。
「まあ、聖子さんは絶対くるから。安心しろよ」
俺は慰めるよう和葉をうながすと、「う、うん……!」と晴れない笑顔をはりつけて、パタパタ自分の席へと戻っていった。
起立と礼もすませてしまい、もう、教室全体は授業モードに突入。
私語も厳禁で、みんな黒板へと注目している。
こうやって外からみると、小学2年生といっても、案外しっかりしているものだ。
だが、そのなかで、落ち着きなくあたりを見渡している生徒がひとり。
「それじゃあ、ここの問題を小清水さん」
「え、あっ、はい! えーと…………」
「あら? わからない?」
「ご、ごめんなさい……」
いつもならすぐに答えられそうな、単純な掛け算だ。
それほどまでに平常心ではないのか。
なんだか、ずっと、締まりの悪い笑顔をみせる。
(しかし、ほんとうにあのひとは、なにやってんだ。今日みたいな日が、お義母さんの望むここぞだろ)
そんな悪態も脳裏にうかぶ。
和葉を正当化してやるための良心……、いや、たんなるエゴだ。
和葉の味方でありたいんだ。
俺の顔もしかめ面になっていくが、そんなおり、背筋にツンと刺激がはしった。
触覚の類ではない。
ただ、そんなきがした。
廊下側にいた俺は、すこし、意識を教室の外にむける。
「……あ」
と、細い声がでそうになったのを、いったんのみこんだ。
和葉にはバレないよう、縮こまりながら、ひとの列をかきわけ、教室の外にでる。
そして、数メートル先の女子トイレ前にいる……というより倒れている、彼女へと近づいた。
「あの、大丈夫ですか?」
「……………………まぁ…………まに、……あっ……たぁ?」
息も絶え絶え、化粧が汗でメチャクチャ、それでいて、とても母親の顔。
「まだ始まったばかりですよ」とだけつたえると、息を吹き返したかのようにたちあがって、ゾンビみたいにはいつくばっていった。
その顔のまま教室をのぞいては、我が子を初めて抱いたような、やわらかい笑顔でため息をもらす。
ツンとして、はずんで、腹が熱くなる。
その様子を確認し、俺は学校をあとにした。
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