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35歳の俺と7歳の嫁  作者: mixnunu
11話
48/66

11-③




 廊下の窓にはられた習字用紙は日焼けして、味のある達筆がさらにコッテリ栗色に。

 チラリと別クラスの教室をのぞいては、小さな机に懐古する。


 頭の中に手をつっこまれ、わずかに残った塊を、すくいあげられているような。

 俺のなにかが、呼びおこされているのか。


 2年生は5限目が体育で、6限目が本命の算数。

 子供が体育館に集まっているうちに、保護者がお習字やら図工やらを見てまわるシステムだ。

 まあ、当時の俺は、夏休み中の登校日なんだから、もっと早く帰らせろ、とか思っていたが。


(大人になったからわかるけど、午前に2時間だけあけるのなんて、ほぼ無理だもんな……)


 成長してわかる、学校側の労力。

 子の親として本当にありがたい。


 そうこうしているうちに、和葉と俺が通うクラス、2年2組に到着していた。

 前を歩いていたほかの子の親についていくよう、扉の奥へとコソコソはっていく──。


「…………」


 なにもかも、そのままの教室があった。

 当時、そのまま。


 部屋のつくりは、よそのクラスとなにも違わない。

 だが、先生机の隣にある金魚鉢も、今では少し小さくみえる黒板も、あのグチャグチャな机は俺のものだろうか。

 同窓会でおとずれたときには感じなかった空気感。

 肌をなでる空気が黄ばんでいて、なんだか、頬のあたりが熱くなる。


 俺は「いけない、いけない」といわんばかりに首をふり、すっと、そこから目をそらした。


 しかし、改めてみると、新鮮に映るものもある。

 背面黒板にはられた図画工作の画用紙。

 娘の参観にいったときは、娘の描いた絵にしか興味がなかったが、こう、まじまじとみてみると、子供の思い思いが感じられておもしろい。


 理想の将来と題されたそれらは、やれ、巨大なツリーハウスだとか、やれ、空飛ぶ家だとか、空想に空想が重ねられる。

 それでも、将来となると、この歳の子供はみんな「家」に帰結するものらしい。


 ちなみに、俺のはというと、「10000」と記された紙切れが散らばる部屋の真ん中、その束を片手にハンズアップする笑顔の男の子。

 まあ、みなかったことにしておこう。


「で、和葉のは、っと……」


 小清水だから、あ行の最後。

 右の端。

 順番通りにみていけば、廊下側の反対、外の窓付近にあるはずだ。


(えーと、小清水、小清み──)


 俺は、足をとめて、そして、息をのみこむ。

 これは、俺がみるべきではない。

 他人が評するものではない。


「なんで……なんでこんなときに限って、あのひとは……」



 ………………

 …………



「あれっ! なんで木内さんがいるの!?」

「あう和葉、おつかれ」


 髪を結んで、顔をほてらせた和葉によびとめられた。

 日曜授業で軽い内容だったのか、疲れている様子はまったくない。


「聖子さんな、仕事で遅れるらしいから」

「あぁー……うん……」


 あからさまにテンションの直下降がみえた。

 口元だけは作り笑いをがんばっているが、滲みでる哀愁に、その笑みも破られる。

 考えれば俺の立場は、かなりの貧乏くじだ。

 返す言葉もみつからず、かがんで、慰めるように微笑むことしか、俺にはできない。


 だが、このころの和葉を一言で呼ぶとすれば、いわゆる陽キャ。

 普段通りではないというだけで、すぐさまカースト上位陣に取り囲まれるのが常である。

 小学生に杞憂などはない。

 気になることがそこにあれば、なになんで攻撃の標的とするのだ。


「和葉ちゃん、和葉ちゃん! だれこの人? お父さん?」

「あんまにてなーい」

「小清水の親くるのめずらしっ」

「ようちえんのときのお父さんとべつのひとなのなんで?」


「ああ、えーと……」


 和葉はこころなしか、顔をほころばす。


「このひとはね、木内さん。私の家の家事代行をしてくれてるの」

「家事代行って?」

「えーと……、家のことを……お母さんがやることを、してくれるひと」


「えー、男なのに?」

「変なの」

「じゃあ、お父さんってこと?」


「んーとね……」


 歯切れ悪く八の字眉毛をおでこにうかべ、すこしうつむきぎみに、腕をくむ。

 数秒の思案。

 ふと、頭にピンっと豆電球がうかんだ和葉は、締まりのない笑顔で言葉をならべた。


「あの……メイド! メイドみたいなひと!!」


「えっ!!? メイド!??!?」


 4人の高い声がハモって、一斉に注目をあびる。


 やめろ、変な想像すんな。

 想像させんな。



 ………………

 …………



「みなさーん、そろそろチャイム、なりますよー」

「はーい」


 ワンピース姿の若い女性教師、みなこ先生の号令によって、子供たちは散り散りに席へと戻っていった。


「まあ、聖子さんは絶対くるから。安心しろよ」


 俺は慰めるよう和葉をうながすと、「う、うん……!」と晴れない笑顔をはりつけて、パタパタ自分の席へと戻っていった。


 起立と礼もすませてしまい、もう、教室全体は授業モードに突入。

 私語も厳禁で、みんな黒板へと注目している。

 こうやって外からみると、小学2年生といっても、案外しっかりしているものだ。

 だが、そのなかで、落ち着きなくあたりを見渡している生徒がひとり。


「それじゃあ、ここの問題を小清水さん」

「え、あっ、はい! えーと…………」


「あら? わからない?」

「ご、ごめんなさい……」


 いつもならすぐに答えられそうな、単純な掛け算だ。

 それほどまでに平常心ではないのか。

 なんだか、ずっと、締まりの悪い笑顔をみせる。


(しかし、ほんとうにあのひとは、なにやってんだ。今日みたいな日が、お義母さんの望むここぞだろ)


 そんな悪態も脳裏にうかぶ。

 和葉を正当化してやるための良心……、いや、たんなるエゴだ。

 和葉の味方でありたいんだ。


 俺の顔もしかめ面になっていくが、そんなおり、背筋にツンと刺激がはしった。

 触覚の類ではない。

 ただ、そんなきがした。


 廊下側にいた俺は、すこし、意識を教室の外にむける。


「……あ」


 と、細い声がでそうになったのを、いったんのみこんだ。

 和葉にはバレないよう、縮こまりながら、ひとの列をかきわけ、教室の外にでる。

 そして、数メートル先の女子トイレ前にいる……というより倒れている、彼女へと近づいた。


「あの、大丈夫ですか?」

「……………………まぁ…………まに、……あっ……たぁ?」


 息も絶え絶え、化粧が汗でメチャクチャ、それでいて、とても母親の顔。

 「まだ始まったばかりですよ」とだけつたえると、息を吹き返したかのようにたちあがって、ゾンビみたいにはいつくばっていった。

 その顔のまま教室をのぞいては、我が子を初めて抱いたような、やわらかい笑顔でため息をもらす。


 ツンとして、はずんで、腹が熱くなる。

 その様子を確認し、俺は学校をあとにした。




 以下、宣伝です。


 もうなりふり構わず、浅ましくも、宣伝します。

 読んでいただけたら嬉しいです。

 読んでいただけなかったら悲しいです。


「後輩男子と仲良くなりたいコミュ障女子が、支離滅裂な言動で、しっちゃかめっちゃかするギャグ作品」

https://ncode.syosetu.com/n7426km/


「横暴野球少年の主人公が無理やり漫研に入部させられるも、そこで出会った女の子と一緒にいるうち、自分の中のアイデンティティが形成されていく、ボーイミーツガール短編」

https://ncode.syosetu.com/n3766kj/

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