11-②
ぼちぼち、子供たちが教室に帰るころ。
叶芽くんも眉間のしわをよせつつ、俺たちに背をむけた。
「じゃ、もういくから。余計なことすんなよ」
「へいへーい。叶芽の勇姿、見届けてやるから、指チュパってまっとれよ!」
彼のしわが、さらに溝深くなっていく。
そのまま、なにもいわずに、校舎へとかけていった。
そのうしろ姿を目でおいながら、しかし、俺の中をかけめぐるのは恥辱の念。
和葉や俺、お義母さんに出会った際には、わかなかった感情が、血液を逆流させる。
いくつになっても、俺を丸裸にさせるのは、このひとだけなのだ。
「……で、これ、どこいきゃいいの?」
「ん!? ああ……そっすねぇ……。とりあえず教室いったら、いいんじゃないですかね」
はりつめた心臓をさらに脈拍させる。
居所が悪いわけではない。
ただ、少しでも気を緩めると、ボロをだしてしまいそうで、ならないのだ。
同じクラスなのだから、行き先は同じ。
だが、隣を歩かれるだけで、そこはもう、俺の安楽なスペースになってしまう。
いつ母のことを、母と呼んでしまうか、気が気でない。
無愛想な顔で俺のうしろをついてくる母。
このひとが、なにを考えているかも、わからなかった。
「あの! おふたり、すみません……」
下駄箱へとさしかかった俺たちは、その声に止められた。
かすれた声の主は、バーコードハゲメガネ、教頭の菱元。
うすらハゲを光らせながら、いつも誰かにヘコヘコしているその姿は、生徒からも舐められている。
俺も舐めていた。
「なんでしょう?」
「えーと……叶芽くんのお母さん、お久しぶりです。その、証明書は……」
「ん? もってきとるよ」
「で、できれば首から下げるように……」
「はーい。かぶれんのよねー、これ」
「はい、はい。すみません。……で、そちらの方は……」
「え、俺ですか?」
くるりと首をこちらにむけ、へたくそな作り笑いをみせてくる。
「あの、すみません……。生徒のご両親、もしくはご身内の方、以外の方はご参加できなくて……」
「えと、一応は一緒に住んでるんですけど、ダメですかね?」
「あの、お手数ですが、どなたの……」
「かず……小清水和葉の。2年2組」
「あっ! あぁ……小清水さん……」
なにかを察した表情をみせたのち、彼の苦笑にも拍車がかかった。
この辺では小清水家はタブーに近い話。
それが小学校という、保護者と密接になる場所であれば、なおさらであろう。
できることなら、小清水家の関係者は全員、生徒によせつけたくもないはずだ。
「すみません……和葉さんには申し訳ないですが……」
「あー、どうしても無理ですかね?」
「いやぁ、すみません……」
ここからどれだけ食い下がろうと、こいつは「すみません」の一点張りであろう。
和葉には悪いが、お義母さんがくるまで、まってもらうしかないのか。
一考を余儀なくされた俺だったが、しかし、意外なところから助け舟はおりる。
「別にいいんじゃない? はいっても」
「あ、あの……ですから、ご身内じゃないと……」
「こいつ、私の従兄弟だけど」
「え?」
つい、俺も並んで「え?」といいそうになったが、とっさに指でおさえつけて、つぐんだ。
「あ、ああ、そうでしたか! それは失礼を……すみません」
「やーやー、いいってことよ」
きまりのつかない苦笑をにじませながら、教頭はそそくさと逃げていった。
なにはともあれ、母に助けられたのは事実。
あまり話をしたくはないが、俺は軽く会釈しながら、胃を逆流させる。
「ありがとうございます。なんか……助けてもらって」
「ま、和葉ちゃんのためっていいますかね。小清水の奥さん、くるんでしょ?」
「ああ、はい。俺と入れ替わりで」
「しっかし、あのひとも変わらないわねー。いくらあんたがいたとこで、親ってのは特別なのにねぇ」
「あはは……そうですね」
そしてそのまま、ひらひら手をふると、眉ひとつ動かさず、小さく口をあけた。
「ほんじゃ、私さきに便所いくから。じゃあな、叶芽くん」
「ああ、はい、どうも」
再度、軽い会釈をして、背中を見送る。
年齢でいえば俺のほうが上だったろうが、なんというか、母はいくつになっても母だった。
頼りにして、頼りにされて、それがいつまでも、めぐっていくんだ。
(ふふ、叶芽くんだってよ。くんづけなんて、初めてされたわ)
いつもと違う顔をみて、少しだけ、おかしな感じがする。
叶芽くん。
ちょっとだけ、いい響き。
「……………………あれ?」
叶芽くん、叶芽くん?
俺、かーちゃんに名前……いったっけか。
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