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35歳の俺と7歳の嫁  作者: mixnunu
11話
46/66

11-①




「え、いけない?」


 中腰ながらに顔をしかめ、俺はつくえに手をついた。


「仕事が……はいったの……。今日……いまから……」

「仕事って……、参観日、当日ですよ……」


 ため息まじりに頬がひくつく。

 彼女がする神経の逆撫でに、俺は受話器を耳に近づけるしかできない。


「ていうか、ほんとに仕事あるんですか? 聖子さん窓際族じゃないですか」

「ええ……、和葉と暮らすなら……このままじゃ……だめと……思って」


「まぁ、それは、そうですね」


「一昨日ころ……色々……上司にかけあったり……、提案したり……してたら……、いま、仕事が……わんさか」

「ああ、ナチュラルしごでき……」


 俺は劣等感を感じた。


「たぶん、途中からは……間に合う……から……、だから……お願いしたいの……」

「ん、なにを?」


「親……がわり」





 懐かしいような、つい最近のような、いまだ俺の中に、この学校がある感覚。

 25年前でも、6年も通っていれば、そりゃあ忘れないもんか。


(そういや、同窓会はしたな)


 当たり前っちゃ当たり前だが、風景も、匂いも、風の心地でさえ、当時そのまま。

 昼の休み時間、子供の叫び声が耳奥へと通るたび、口の中にカレー味が広がる。


 俺も少し遅れたか、すでに大人で、ごったがえしている。


「あ、おっさん」

「おお、叶芽くん。なんか久しぶり」


 そこに通りかかったのは、はなたれの短パン小僧。

 自分家の庭かのように堂々と歩いているが、しかし、どこか挙動不審ではあった。


「あっ、あのさ! 和葉の……かーちゃんは?」

「あとでくるってよ。ったく、参観日くらい、仕事、休めっての」


「お、おお……そうなんだ」


 辛気臭い顔をみせた叶芽くんは、少しだけうつむいた。

 いくら改心していようと、お義母さんのあの姿が幻影になり、脳裏にこびりついて、いるのであろう。


 30年たっても苦手意識が残ってんだ。

 子供ならなおさら。


 俺はその頭をポンポンと叩き、安心させるようほほえむ。


「大丈夫だ。聖子さんはお前が思ってるほど、ひどい人じゃねーよ。今日の和葉の弁当も、聖子さんが作ったんだぜ?」

「そうなの?」


「そうそう、だから和葉に心配させること、いうんじゃねーぞ」

「う、うん。わかった」


 聞きわけさえよければ、このクソガキも可愛いもの。

 いや、こいつがこうなったのも、俺のせいだったか。


 しかし、安心させたはずの叶芽くん。

 まだ挙動不審はなおっていない。


「じゃ、じゃあ、おっさんは親がわり?」

「そんなとこだな。……って、どうした。なんか、目ぇ泳いでるけど」


「いやべつに。も、もう、俺いくから」


 彼がそういったとほぼ同時。

 その懸念が現実となる。


「おぉぉーーすっ! 叶芽ぇ!! きてやったぞ!」


 俺の後ろから、校門付近で甲高いおばさん声が叫ばれた。

 電線にとまっていたカラスたちも、驚きのあまりに飛びたっていく。


「うわっ! かーちゃん!」


(うげ、かーちゃん……)


「おいおいおい、愛する愛息子に会いにきてやったってのに、その反応はなんじゃいな」

「こなくていい、つったじゃん……」


 このふたりが揃ってしまえば、そこはもう実家でしかない。

 なんだか少し、疎外感。


「……で、誰このおっさん」

「おっさんは、おっさんだよ。いい人だよ」


「ああ、えっと、向かいの家の小清水さんのとこで、住み込みで家事やってるものです」


 和葉や俺には別人を取り繕えるが、実の親となるとかなりきびしい。

 なんというか、変な恥ずかしさがある。


「はーん? ほーん?」

「ははは……はは……」


「ふーーん……?」


 細めた瞳をこらし、まじまじと、みつめてくる。

 顔を近づけ、まるで、吟味でもしているつもりなのか。


 あくまで母だ。

 しかも、一番、俺が暴れていた時代の母。


 緊張感だとか、羞恥心だとかは断じてないはず。

 だが、ならば、この顔をしたたる水滴は、なんなのか。


 瞬きひとつひとつが、何時間にも感じる。

 声を発する一瞬手前。

 母の上唇と下唇がもちっと弾んだ瞬間が、しっかりと見えた。


「あんた……………………、パパに似てるわね」


「は?」

(は?)


 心の声で綺麗なシンクロ。


 こんなのでも母親だ。

 この先、なにをいうのか、だいたい予想がつく。


「そんでもって、あんた、お向かいさんでしょ? あらあら、まあまあ、興奮してきた」


「なあ、かーちゃん……、そういうの、やめろって……」

「あ!? いいでしょ別に! パパくたばってから、もう2年になるし! 男に飢えてんのよ。こちとらぁ」


 俺は目をぱちくりしたあと、ひとつ大きなため息をついた。

 どうして俺はこんなにも、親世代にため息をついているのか。


「あの、すいません」

「あ?」


「心情はお察しします。気丈に振る舞ってるだけなのもわかります」


 女手ひとつ、俺を20年近く育ててくれた。

 荒くれものみたいなひとだが、碌でもないひとではない。

 いまでこそ、まあ、面と向かってはいわないが、尊敬もしている。


 だからこそ、だからこそ、いわせてほしい。


「俺に猫撫で声、2度とすんなよ……」


 母の色気。

 子供がみるものではない。



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