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35歳の俺と7歳の嫁  作者: mixnunu
10話
45/66

10-④




 この町にくるのも久しいものだ。

 それこそ、幼稚園生のとき。

 両親につれられ、町の端にある、さびれた遊園地にいったくらいか。


 なれない工業系の匂いが風にのって、ぶつかり、目が乾く。

 突然の連絡に、警戒でもされないだろうかと尻込んだが、いまさら、あとにも、ひけやしなかった。


(しっかし、大丈夫なやつだよな? これ……)


 一昨日のことだ。

 テレビ局に電話をかけ、鮫島遊歩に会わせてほしい、と無理な要求をした。


 普通に考えて荒唐無稽。

 電話一本で切られても、文句はいえまい。


 だが、返ってきた反応は、かなりの友好的なものだった。

 いわく、鮫島側からも、視聴者からなにかあれば、自分の連絡先を教えておいてほしい、とのことだったらしい。

 鮫島遊歩も連絡がくることを、みこしていたのか。


 もし、これが宗教の類いであれば、ろくでもないが、いまの俺が藁にすがりたいのも然り。


 家族のためなら、できることは、なんだってやるんだ。


「……ここか」


 深いため息が漏れでる中、空も仰ぐほどにビルを見上げる。

 雲の上から四角い頭をのぞかせる、所謂ところの摩天楼。

 窓に太陽が反射して光り、目を細めながら、おでこに掌で傘をつくった。


 もし、彼が俺とまったく同じ境遇であれば、誰かしらに転生をしているはず。

 こんなところに住んでいても、なんら、おかしなことはない。


 だが、俺には今後、縁もなさそうなこの高層ビル。

 少し身震いはしてしまう。


 周りの通行人にも悟られぬよう、小さな深呼吸をした俺は、意を決して薄いガラスの奥へとむかっていった。



 ………………

 …………



「やぁ、木内叶芽さんだったかな。まずは初めましてだよね」


 25階、ダークブラウンの開戸。

 その扉の先にいたのは、にこやかに立つ、ショートヘアのオールバック。

 およそ190cmの長身で、目の前をふさぐ。


 圧倒されて、合わせた目がずれる。

 そのまま部屋を覗きみた俺に、肌寒さすらある隙間風がふいた。

 椅子、机、小さな冷蔵庫と、それ以外の家具は見当たらない。

 足を踏み入れるたび、俺の生きた35年、感じたこともない空気感に包まれる。


 だが、戸を開けた瞬間からある、この肌が焼けるような感覚は、彼の長身が威圧的だからでも、異界のような部屋だからでもない。


 一切の隙すらみせない、彼のたたずまい。

 そして、この笑顔だ。

 狂人にでも追いかけまわされているのか、いっときの気もひけない、そんな緊張感。


「えーと……とりあえず、お話、いいでしょうか」

「そうだね。じゃあ、こしかけて」


 こわばらせた顔を一瞬も崩すことなく、用意された席へと座った。


「はい、とりあえず……ありがとうございます。お時間とっていただき」

「ううん、どうってことはないよ。それに、放送をみて連絡をくれたってことは、君もそういうことなんだろう」


 優しい口調が俺へと同調するが、彼の目は笑っていない。

 俺は息を吸って、吸った息をぶつけるかのように、吐きだした。


「あの……単刀直入にききますが、鮫島さんは俺と同じ、未来からきた人、なんですか……?」


「…………」

「……」


「──うん。そうだ、そのとおり。令和5年、11月21日の夕方ごろ……だったかな」


(俺がこっちにきた日と同じ……!)


 彼は眉ひとつ動かさず、言葉を続ける。


「この日は奈々子……この事件で焼死するはずだった同級生と、付き合い始めた日でね? 元の時代のぼくは、気晴らしに墓参りでもいこうと思ったんだ」

「気晴らし……ですか」


「ああ、彼女が死んでから、ぼくもずっと悶々としていてね。まぁ、気晴らしだよ」


 でた。このニタリ顔。

 テレビ越しとはまた違う、すべてを自分の世界にせんとする、狂気を感じる。


 俺は、自ずと身構えていた。


「それで単車を走らせていたらね、突然、目の前に神が現れた」

「神……?」


「そう、神。一目でわかったよ。この世のものとは違う存在だって」


(なんだ? 神……? 俺はそんなヤツにあっていないぞ)


 困惑する俺をよそに、彼の言葉には熱がこもる。


「その神がいうにはね、『ひとつ、やり直したいことがあるなら、叶えてやる。ただし、手は貸さない。壁は、自分の手で乗り越えるんだ』とのことだ」

「…………」


「もちろん即答したさ。そしたら、変な装置にいれられてね」

「あぁ、あの四角いヤツ」


「そうそう。溺れて、意識を失って、そしたらこのビルの一室にいた。あとは君も知っての通りさ……。って、君も体験しているんだっけか」


 そんなこと、身に覚えはない。

 だが、この話、妙なリアリティはある。


 神がどうこうは知らないが、あの転送装置が人智のものでないことはわかる。

 そして、俺と鮫島さんが転生したあの日。

 あの時の記憶をたどってみると、すごく、それが、しっくりきてしまう。


 なんだろうか、話を聞くたびに、首を絞められ、息をつまらされているような、嫌な想像に、嫌な想像が重なっていく。


「ところで、そんなことの確認で、きたわけでも、ないんだろう?」

「ああ、はい。……あの、答えにくい質問かもしれないのですが」


「ん、なんだい」

「鮫島さんは目的をなしえたんですよね? その、元の時代に戻っていないのは……」


「そんなことかい? 神からは、戻ろうと思えば、いつでも戻れるらしいよ。ぼくも、そのうちに」


 瞬間、ガタッと音をたて、イスを後ろに倒す勢いのまま、俺は彼へとなげかける。


「そ、そのやりかたを! 俺は知りたいんです……! どうか……」



 ………………

 …………



 俺はすべてを話した。


 神には会っていないこと。

 和葉のこと。

 そして、俺の過去転生には目的がないこと。


 聞き終えると、彼は目を丸くして、それから少しうつむいて、考えこむ。


「なるほど……色々と試みて、それでも成果がなかったんだね」

「そうなんです。そもそも、俺は死人に転生した身。このまま元に戻れるのかどうかさえも、わからなくて」


「ん、転生……?」


 なにかにひっかかったのか、頭をあげ、こわばった顔をみせつけてくる。


「ぼくはこの肉体、そのままのぼくだよ」

「え?」


「転生なんてしていない。そのまま過去にきただけさ」

「……っ!? で、でも、この部屋は……」


「まぁ、特典みたいなものだよ。例の神が用意したんじゃないかな」


 は? なんだ、どういうことだ?


「え、ええと……つまり?」

「ぼくがこの世界にきた理由と、君がこの世界にきた理由は、違うんじゃないかな。いや、君の場合は『つれてこられた』ということになるのか」


 つれてこられた?

 つまり、俺のなすべき目的は……、俺が元の時代に戻る手段は……?


「いや、悲観するのはまだ早いよ。たしかに、君に目的がないことは定か。でも、つれてこられた、ということは、それ相応の理由がないとおかしいだろ?」

「は、はい……」


「手がかりがあるハズだ。君を、この世界に招いた元凶が、だれか」


 ……白雲さん。

 ここで、彼女なのか?


 俺は勝手に目的があると思いこんでいただけで、実は、彼女の目的を果たすために呼ばれた?


「…………、すまないね。力になれなくて」

「い……いえ、情報の整理はできましたので」


 そういうと、少しだけ間ができて、俺も彼も息を吐く。

 だが、部屋に入ったときの重苦しい空気感は、そこになかった。


 そして、ポツリと、彼がもらす。


「……事件が解決する数日前、神がここにきた」

「え?」


「そしてね、そのときに初めて、元の時代に帰ることができると、教えられた」

「は、はぁ……」


「目的を果たしたら、ぼくの未練もなくなる。そうしたら、正直、ここで自殺をするつもりだったんだ」


 ニタリと彼が、また笑う。

 だが、俺はもう、その狂気を感じなかった。


「でもね、元の時代に戻れば、奈々子が生きているんだ。近くから見ることができなくても、生きているだけで、ぼくの生きる価値がある。

 この価値が、君の未練なんだろう。君の未練も、似たようなものさ」


「…………」


「なら、動けるよ。君は」



 ………………

 …………



 バスで揺られながら帰路に着く。

 ぶっちゃけると、目的の収穫はなかったが、俺の今後が確かなものにはなった。


 そして……。




『ちなみになんですけど、テレビであんな発言をしたのはわざとなんですか?』

『ん、ああ、そうだね。君をここに呼ぶためだよ』


『えと……なんのために……?』

『これも、神いわくなんだけどね──』




「もうひとり、紛れ込んだから、選別したい」


 そのささやきが、手前の席に座る老婆の耳にはいったらしく、ギョッとされる。

 吊り革をにぎりしめながら、俺は少しはにかんだ。


 選別……、選別……か。


 彼は、明確にこの時代の人間ではなかった。

 だからこそ、その幼馴染とも接点をもたなかったのだろう。


 俺は……?

 どうして俺は、この時代に順応していっている。

 転生したこの肉体が、俺自身になっていくかのような。


 この世界の、人間であるかのような……。


「目的……、理由……」




 お疲れ様です。ここまでが10話になります。

 ここからが第2章です。

 別サイトでの章タイトルは、「絶対帰還編」です。

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