10-④
この町にくるのも久しいものだ。
それこそ、幼稚園生のとき。
両親につれられ、町の端にある、さびれた遊園地にいったくらいか。
なれない工業系の匂いが風にのって、ぶつかり、目が乾く。
突然の連絡に、警戒でもされないだろうかと尻込んだが、いまさら、あとにも、ひけやしなかった。
(しっかし、大丈夫なやつだよな? これ……)
一昨日のことだ。
テレビ局に電話をかけ、鮫島遊歩に会わせてほしい、と無理な要求をした。
普通に考えて荒唐無稽。
電話一本で切られても、文句はいえまい。
だが、返ってきた反応は、かなりの友好的なものだった。
いわく、鮫島側からも、視聴者からなにかあれば、自分の連絡先を教えておいてほしい、とのことだったらしい。
鮫島遊歩も連絡がくることを、みこしていたのか。
もし、これが宗教の類いであれば、ろくでもないが、いまの俺が藁にすがりたいのも然り。
家族のためなら、できることは、なんだってやるんだ。
「……ここか」
深いため息が漏れでる中、空も仰ぐほどにビルを見上げる。
雲の上から四角い頭をのぞかせる、所謂ところの摩天楼。
窓に太陽が反射して光り、目を細めながら、おでこに掌で傘をつくった。
もし、彼が俺とまったく同じ境遇であれば、誰かしらに転生をしているはず。
こんなところに住んでいても、なんら、おかしなことはない。
だが、俺には今後、縁もなさそうなこの高層ビル。
少し身震いはしてしまう。
周りの通行人にも悟られぬよう、小さな深呼吸をした俺は、意を決して薄いガラスの奥へとむかっていった。
………………
…………
「やぁ、木内叶芽さんだったかな。まずは初めましてだよね」
25階、ダークブラウンの開戸。
その扉の先にいたのは、にこやかに立つ、ショートヘアのオールバック。
およそ190cmの長身で、目の前をふさぐ。
圧倒されて、合わせた目がずれる。
そのまま部屋を覗きみた俺に、肌寒さすらある隙間風がふいた。
椅子、机、小さな冷蔵庫と、それ以外の家具は見当たらない。
足を踏み入れるたび、俺の生きた35年、感じたこともない空気感に包まれる。
だが、戸を開けた瞬間からある、この肌が焼けるような感覚は、彼の長身が威圧的だからでも、異界のような部屋だからでもない。
一切の隙すらみせない、彼のたたずまい。
そして、この笑顔だ。
狂人にでも追いかけまわされているのか、いっときの気もひけない、そんな緊張感。
「えーと……とりあえず、お話、いいでしょうか」
「そうだね。じゃあ、こしかけて」
こわばらせた顔を一瞬も崩すことなく、用意された席へと座った。
「はい、とりあえず……ありがとうございます。お時間とっていただき」
「ううん、どうってことはないよ。それに、放送をみて連絡をくれたってことは、君もそういうことなんだろう」
優しい口調が俺へと同調するが、彼の目は笑っていない。
俺は息を吸って、吸った息をぶつけるかのように、吐きだした。
「あの……単刀直入にききますが、鮫島さんは俺と同じ、未来からきた人、なんですか……?」
「…………」
「……」
「──うん。そうだ、そのとおり。令和5年、11月21日の夕方ごろ……だったかな」
(俺がこっちにきた日と同じ……!)
彼は眉ひとつ動かさず、言葉を続ける。
「この日は奈々子……この事件で焼死するはずだった同級生と、付き合い始めた日でね? 元の時代のぼくは、気晴らしに墓参りでもいこうと思ったんだ」
「気晴らし……ですか」
「ああ、彼女が死んでから、ぼくもずっと悶々としていてね。まぁ、気晴らしだよ」
でた。このニタリ顔。
テレビ越しとはまた違う、すべてを自分の世界にせんとする、狂気を感じる。
俺は、自ずと身構えていた。
「それで単車を走らせていたらね、突然、目の前に神が現れた」
「神……?」
「そう、神。一目でわかったよ。この世のものとは違う存在だって」
(なんだ? 神……? 俺はそんなヤツにあっていないぞ)
困惑する俺をよそに、彼の言葉には熱がこもる。
「その神がいうにはね、『ひとつ、やり直したいことがあるなら、叶えてやる。ただし、手は貸さない。壁は、自分の手で乗り越えるんだ』とのことだ」
「…………」
「もちろん即答したさ。そしたら、変な装置にいれられてね」
「あぁ、あの四角いヤツ」
「そうそう。溺れて、意識を失って、そしたらこのビルの一室にいた。あとは君も知っての通りさ……。って、君も体験しているんだっけか」
そんなこと、身に覚えはない。
だが、この話、妙なリアリティはある。
神がどうこうは知らないが、あの転送装置が人智のものでないことはわかる。
そして、俺と鮫島さんが転生したあの日。
あの時の記憶をたどってみると、すごく、それが、しっくりきてしまう。
なんだろうか、話を聞くたびに、首を絞められ、息をつまらされているような、嫌な想像に、嫌な想像が重なっていく。
「ところで、そんなことの確認で、きたわけでも、ないんだろう?」
「ああ、はい。……あの、答えにくい質問かもしれないのですが」
「ん、なんだい」
「鮫島さんは目的をなしえたんですよね? その、元の時代に戻っていないのは……」
「そんなことかい? 神からは、戻ろうと思えば、いつでも戻れるらしいよ。ぼくも、そのうちに」
瞬間、ガタッと音をたて、イスを後ろに倒す勢いのまま、俺は彼へとなげかける。
「そ、そのやりかたを! 俺は知りたいんです……! どうか……」
………………
…………
俺はすべてを話した。
神には会っていないこと。
和葉のこと。
そして、俺の過去転生には目的がないこと。
聞き終えると、彼は目を丸くして、それから少しうつむいて、考えこむ。
「なるほど……色々と試みて、それでも成果がなかったんだね」
「そうなんです。そもそも、俺は死人に転生した身。このまま元に戻れるのかどうかさえも、わからなくて」
「ん、転生……?」
なにかにひっかかったのか、頭をあげ、こわばった顔をみせつけてくる。
「ぼくはこの肉体、そのままのぼくだよ」
「え?」
「転生なんてしていない。そのまま過去にきただけさ」
「……っ!? で、でも、この部屋は……」
「まぁ、特典みたいなものだよ。例の神が用意したんじゃないかな」
は? なんだ、どういうことだ?
「え、ええと……つまり?」
「ぼくがこの世界にきた理由と、君がこの世界にきた理由は、違うんじゃないかな。いや、君の場合は『つれてこられた』ということになるのか」
つれてこられた?
つまり、俺のなすべき目的は……、俺が元の時代に戻る手段は……?
「いや、悲観するのはまだ早いよ。たしかに、君に目的がないことは定か。でも、つれてこられた、ということは、それ相応の理由がないとおかしいだろ?」
「は、はい……」
「手がかりがあるハズだ。君を、この世界に招いた元凶が、だれか」
……白雲さん。
ここで、彼女なのか?
俺は勝手に目的があると思いこんでいただけで、実は、彼女の目的を果たすために呼ばれた?
「…………、すまないね。力になれなくて」
「い……いえ、情報の整理はできましたので」
そういうと、少しだけ間ができて、俺も彼も息を吐く。
だが、部屋に入ったときの重苦しい空気感は、そこになかった。
そして、ポツリと、彼がもらす。
「……事件が解決する数日前、神がここにきた」
「え?」
「そしてね、そのときに初めて、元の時代に帰ることができると、教えられた」
「は、はぁ……」
「目的を果たしたら、ぼくの未練もなくなる。そうしたら、正直、ここで自殺をするつもりだったんだ」
ニタリと彼が、また笑う。
だが、俺はもう、その狂気を感じなかった。
「でもね、元の時代に戻れば、奈々子が生きているんだ。近くから見ることができなくても、生きているだけで、ぼくの生きる価値がある。
この価値が、君の未練なんだろう。君の未練も、似たようなものさ」
「…………」
「なら、動けるよ。君は」
………………
…………
バスで揺られながら帰路に着く。
ぶっちゃけると、目的の収穫はなかったが、俺の今後が確かなものにはなった。
そして……。
『ちなみになんですけど、テレビであんな発言をしたのはわざとなんですか?』
『ん、ああ、そうだね。君をここに呼ぶためだよ』
『えと……なんのために……?』
『これも、神いわくなんだけどね──』
「もうひとり、紛れ込んだから、選別したい」
そのささやきが、手前の席に座る老婆の耳にはいったらしく、ギョッとされる。
吊り革をにぎりしめながら、俺は少しはにかんだ。
選別……、選別……か。
彼は、明確にこの時代の人間ではなかった。
だからこそ、その幼馴染とも接点をもたなかったのだろう。
俺は……?
どうして俺は、この時代に順応していっている。
転生したこの肉体が、俺自身になっていくかのような。
この世界の、人間であるかのような……。
「目的……、理由……」
お疲れ様です。ここまでが10話になります。
ここからが第2章です。
別サイトでの章タイトルは、「絶対帰還編」です。




