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9-⑤




「和葉はさ、気を張り過ぎなんだよ」

「……? なによ、急に知ったふうな口聞いて」


 モノクロの四角形を軽快な音と共に走らせ、賽銭箱手前の階段に並んで座って帰りを待つ2人は、先の議題を話し始めた。


「なんでも突っ走っては自分でやろうとするからさ、誰かが居てやんないとダメなやつなんだ。好きとかそんなんじゃなくても」

「ふーん。ま、振られたのに軽口ね」

「……でもさ、和葉を守れるのは俺だけだって言われて、頑張ってたんだけどさ、多分違うんだよなー。言ってきたちょーほんにんがあれだもん」

「……」


 アリスは憂いを帯びて投げかける。


「カッコいいよ、叶芽君も」

「は?」

「なんでもないでーす。──別に和葉ちゃん嫌そうじゃなかったし、それくらいならいいんじゃない?」

「うーん……。でも和葉、ちょっと変な感じだったし、心配だよなー」



 叩きつけられた豪雨によって言葉が遮られ、外界からは完全にシャットアウトされていた。本堂の軒下は2人の世界となる。


「や……やだって……?」

「私まだたこ焼き食べてないもん」

「でも……、もう屋台も……閉じちゃって……」

「食べるまで動かないっ!!」


 ほんの数年前であればこんなもの、対処も容易であっただろう。しかし母を放棄した聖子には、この駄々がなんらかの試練に映ったのだ。

 顔色を変えて、そして振り返る。


「たこ焼き……! 買ってくれば……いい……のね?」


 和葉はこくりと、泣きそうになりながらも頷いた。それを確認したらすぐ、もう見えなくなるところまで走って行ってしまった。


 走って、雨水が跳ねてもまた走って、階段を一段と降りていくたびに思い起こすのは、何よりも娘の顔と、その隣にいない自分の顔。それがとても、やっと、醜悪に見れて、嬉しかったのだ。

 何年振りかに走った姿は不恰好で、だけれど本人採点では100点満点のフォームであった。


「す……すみません。たこ……焼き、1つ……!」

「お、おおう、まいど……。しかしあんた大丈夫か? そんなびしょ濡れで」

「はい……」


 年甲斐もなくゼェゼェと肩で息をし、500円玉を勢いよく叩いた。


「ほれよ、たこ焼き。もう店じまいだし、1パックおまけしとくからよ。なんか知らんけど頑張れよー!」


 受け取って即座にまた足へと力を込める。戻れ、戻るんだ、一刻も早く──。



 2人が別れる直前から、本堂の寂れた影に身を隠していた俺は、とにかく和葉の様子を伺っていた。未だ笑顔は見せず、切なくもあり怒っているようでもあり、とにかく歪んだ顔を覗かせる。いざとなれば俺が止めに入らなければの一心だった。

 まるで和葉もお義母さんも我が子のようで、授業参観の気分である。

 そんな調子で細心のまま覗いていると、階段を駆け上がるビチャビチャとした音が耳に入り、より深く身を屈めた。


「──あっ! ママ!」


 泥だらけにした裾を光沢させ、颯爽と現れたお義母さん。必死に駆け寄るその顔は、厳しくも朗らかであり美しい。


「あ」


 恐らく和葉も俺も、それを同じタイミングで発していたであろう。濡れた石畳の摩擦は少なく、当然滑りやすい。全身を雨で浸しながら、流れる映像フィルムのようなスピード感で、顔面を強打した。

 流石に見かねて助けに行こうとしたところ、雨なんてお構いなしにと先に飛び出したのは和葉だった。


「ママ!」

「和葉……、風邪ひく……わよ。傘……」

「うん、ママも」


 周囲の目がこれでもかと突き刺さっているが、照れ臭そうな素振りは一切見せず、2人は親子の顔で立ち上がった。

 泥だらけなのにお澄ましな顔で相合傘をし、本堂へと戻ってくる。今までと同じなようで少し違う、俺が和葉と出会ってからの30年間、あんな2人は初めて見た。


「和葉……、ここで……食べ……ないの?」

「うん、もう帰ってからでいいの。ママもこんなだし」

「ふふ、わかった……わ。じゃあ……帰りましょう……か、3人で……」


 くるりとこちらに視線が向き、手招きされた。


「あ、木内さん!」

「き、気付いてたんですね……」

「まぁ……、ど下手くそ……ですよね、隠れる……の……」

「うっ、まぁまたいけしゃあしゃあと居られて……」

「ふふ……」


 不敵な笑みに俺もたじろぎ、苦笑で応戦する。

 通り雨だったのだろうか、いつの間にか雨も上がっていた。


「木内さんごめんなさい。さっき──」

「ああ、俺はいい。そのかわり叶芽君達にはちゃんと謝れよ。まだ待ってるかな?」

「うん……、木内さんありがとう」

「おう」


「ママ!」

「ん……、なあに……?」

「ママ、ありがとうね」

「………………私もね……ありがとう」


 先導する俺の背後で和やかに、一時代が終わりを告げる。まだ微かに残る橙の提灯が花道となり、新たな門出を祝福するかのようだった────。



(──あれ? ちょとまて、どうして俺はまだここにいる? どうしてこの和やかなムードの一員なんだ?)


 ふと疑問が頭をよぎる。光の粒子に包まれもしなければ、神やら何やらが出てくる気配もない、なにもない。

 まず、俺の目的は元の時代に戻ることだ。もちろん心の底から望んで2人の仲を取り持った。だが、目的が根底にあるからこその行動であり、そもそも俺はここの時代にいていい人間ではないはずだ。


 思い立つと、俺はなんらかの命題があり小清水家に転がり込んだ訳ではないのだ。勝手に想像を膨らませ、勝手に主目的に添えたのみで、和葉の濁りを取り除けば家に帰ることができるだなんて誰が言った。


「……っ、ここにきて、ほんとのほんとに振り出しかよ……」


 この幸せに身を投じることもできず、新たに生まれた幸福と、持って生まれた喪失感の狭間で、俺の声がこだまする。

 誰にも言えない、話せない。本当の、行き詰まりだった。




 お疲れ様です。ここまでが9話となります。

 キリがいいのでここまでが第1章です。

 別サイトでの章タイトルは、「過去に戻った親父編」です。

 絶対、自分の感性を形成したのはパワポケ。

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