9-③
わたがし片手に賽銭箱付近のコンクリートブロックに2人で掛け、この重苦しいムードを糖質で紛らわす。もちろん専用の機械で砂糖を串に巻くタイプのものではなく、100円もあればスーパーで2個は買える袋に入ったわたである。
とはいえこのお通夜を醸し出しているのは叶芽君だけで、本人も下手に騒いだ自省のためであり、実のところただ3人共に先ほどの喪失感にばつの悪いだけなのであった。
事態の打破を図り、頬をぺチぺチとはたいた叶芽君が「あのさ!」と身を乗り出した時、丁度目の前を通ったブロンズ髪に頭突きをお見舞いした。
「いっつ……。ちょっと、どこ見て歩いてるのよ!」
「あ、アリスちゃん」
「和葉ちゃんっ! ──と、木内君。あっ、こんばんは」
お団子状に束ねたブロンズヘアに薄緑の花柄模様が身を包み、それとなく気品を漂わせたアリスちゃん。俺も「こんばんは」を返し、社交辞令じみた疑問を投げかけた。
「アリスちゃんは今日は1人で来たのかい?」
「ううん、パパに今たこ焼き買いに行かせてるの」
「い、行かせてるんだ。そっか……」
娘に顎で使われるのは世の父親共通である。
普段であれば、和葉が切り出しに女の子のフィールドを展開して俺1人取り残されるものなのだが、今日は中々渋るものなので、間を気にしてか残り物同士でいがみ合いを始めてしまった。
「なんでお前着物なんか着てんだよ」
「ふふん、いいでしょ~! お母さんのお古なのよ。まぁ、あんたみたいにレディ誘っといて着物の一着も用意できない男じゃ、良さなんてわかんないでしょうけど」
「は? そんなんいらんし。そんなん買うならうまい飯食った方がいいって、かーちゃん言ってたし」
「おいおい、お前らどっからでも喧嘩すんな。ワイドショーかよ」
窘めたが盛り上がっていく。しかし、いつもこいつらの統率をとっていた和葉がこの様子なので、2人ともほつほつクールダウンしていった。
その様子を不思議に思うアリスちゃんは確認すべく耳打ちをしてくるも、そのまま叶芽君に聞いてしまうのはなんか癪だったのか、和葉と距離をとっては内緒話で迂廻路を探ってきた。
「ねぇ、あんた結局和葉ちゃん誘ってるじゃない。しつれんってそんな吹っ切れるの早いわけ?」
「ちげーよあほ。お前今の和葉見てもなんもわからないのか?」
「む! だから聞いてるんじゃない!」
「ん!」っと、丁度2人の間を割るように差し込んだ俺の指は和葉を指す。さすがの2人も察したのか、珍しくもしおらしくなっていった。
「ああ、いたいた。勝手に移動するなよ、有栖」
「お父さん! だって和葉ちゃん達がー」
「奇遇ですね。すみません、見てもらっちゃって」
「いえいえ……」
アリス父の登場で大人2、女子2と分かれるのを嫌ってか、「おじさん、こんばんは」と叶芽君が元気に牽制し、アリスちゃんのお父さんも微笑みながら返事をした。
「和葉ちゃんも、こんばんは」
「あっ、はい。こんばんは……」
和葉はすかさず駆け寄ってきたが、すぐに俺の左脇腹へと身を隠してしまう。
「あはは、恥ずかしかったかな。でも、この前はちょっと他人行儀でしたけど、もう今はすっかり木内さんにべったりですね」
「ええ、そうかな?」
「こうしてみてると本当に親子みたいですね」
「……っ!」
その一言で和葉の様子は一変した。感情を込めて力いっぱいに手を握り、剥き出した眼球を点にして狼狽える。
「ど、どうした和葉? どっか具合でも悪いか?」
「──木内さんこの前、俺は親代わりみたいなものって言ったよね」
「あ、ああ……」
「木内さんのことはすごく好き。でも違うの。ママはママだし、パパはパパだもん。木内さんはお父さんじゃない」
「おいっ! 和葉!」
「ママが、ママじゃなくなっちゃう」
人肌から感情を解き放ち、鬼気迫るように淡い橙へと消えていく。
和葉にとってはお義母さんだけが母なのだ。先の深夜の一瞬で、母が母以外の人間になってしまう不安が全てを崩し去っていく恐怖となり、和葉を崖っぷちに連れ去ったのだ。
「あの、僕なにか……」
「すいません! 俺、和葉追いかけますんで、2人見ててもらっていいすか!? 多分寺からは出てないと思うんで!」
「わ、わかりました。住職さんにも伝えておきます」
今日お義母さんがここに来ることを和葉は知っている。あの様子、どうしても一緒にいなければならない思って、闇雲にも探しに行ったはずだ。
「お父さん、さっき雨降ってたよ」
「え? 今日は1日晴れって……。でも確かに雲行きも怪しくなってきたような」
去り際にそんな会話も聞こえてきて、一刻の猶予にも構わずに、俺の走りは更なる加速をした。




