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9-②




 静寂に溺れた居間が聞き耳を立てると、熱気な着物がそれに答えるようはしゃぐ。

 卓上に置かれた書置きには手短に用件だけを残しておいた。大丈夫、今のお義母さんなら必ず来る。夜風の肌寒さすら凌ぐほどに、心拍数は上がっていた。


 待ち合わせはいつもの公園で、集合したら3人で寺へと向かった。橙に光る提灯に導かれるよう足を踏み入ると、普段は寂れた寺もかなりの人でごった返しになっている。

 見かけこそ大層なものだが、賑やかな太鼓が鳴り響くその音源は割れに割れたラジオカセットで、出店も市販品が横並び雰囲気は台無し、打ち上げ花火などあるわけもなく、都会の華やかさはまるでなかった。

 しかしこんな祭りでも娯楽に限りある田舎では需要があり、かくいう俺も5割増しほどになる缶の三ツ矢を純粋に飲んで楽しんでいた記憶がある。財政的には子共だましとして丁度いい規模感なのであろう。


「結構人いるから、はぐれないよう注意しろよ」

「おう、まかせろ」

「うん……」


 今日になるまでの一週間、お義母さんが帰ってくる様子はなく、ただ刻々と時間だけが浪費されていった。和葉もそれに伴って悄然としていき、具合を聞いてもはぐらかされるだけで、どんどんと中身を募らせる。

 あわよくば恋路の亀裂も修復できればとも考えていたが、今は姑息であろうと落ち着かせてやることが先決のような気がした。


「ほら、手」

「も、もう! 私そんな子供じゃないよ……!」

「まあいいだろ、今日ぐらいは。せっかくなんだから子供でいとけよ」


「──う、じゃあ、うん……」


 差し出した右手に左手が重なり、強く柔らかく包み込んだ。にぎにぎと、冷たくなっていく指先を温める。


「あっ! ずるい! 俺も!!」

「ずるくないよ。じゃあ叶芽君は反対の手、握れば?」

「ん、わかった、遠慮なく」


 てっきり和葉の手でも握りたいもんだと思ったが、するりと通り抜け、やってきたのは俺の左側だった。


「いや、俺かい」

「おっさんの手、でかくてごつくてかっこいいし」

「はぁ……、それはどうも」


 人ごみへと構えた態勢は、俺を挟んだ子供2人と手を握るという夕暮れ帰りの母スタイル。下手に抜けられてはぐれるのも面倒なので、引っ張りながらもこのまま祭りへと向かった。


「和葉、食いたいもんとかあるか?」

「ううん」

「ほら和葉、金魚すくいあんぞ。金魚の手作り感満載だけど」

「いい、よくわかんないもん」


 露骨に誘うも裾に隠れて閉じこもってしまった。

 あの日、あの深夜に見た母親のもっとも母親らしからぬ顔は和葉にも堪えたらしく、一層と俺を求めるようになっていっている。それまでは毎日のように外で遊んでいたが、ここ一週間は家でひっそりすることも増えてきていた。日を増すごとに承認欲求が暴発いていき、それでいて俺にはだましだましにしか取り繕えず、互いに虚脱感だけが溜まっていく。


(少しでも紛らわせれたらと思ったが、人ごみに揉まれることすら億劫だったかもしれない。もしかしてプランそのものが間違ってたか?)


「あっ!! プレーステーションだ!!」

「あ? おいっ! 勝手に行くなよ、握んじゃないのか!?」


 好奇心の波に流されていった叶芽君が、指の知恵の輪を滑るように抜けていき、雑踏の一部に紛れて小さくなる。和葉への注意は万全に、抱きかかえながら追いかけた。

 立ち止まっていたのは、他所に比べると立派に設けられ、でかでかのぼりに胡散臭いフォントで射的と記された出店。目を輝かせて見上げているところに、俺の息切れが呼び止めた。


「走んな、走んな。お前はちっちゃいから抜けれるけど、大人は人掻き分けんのも大変なんだぞ」

「和葉これ、これやろ」


「おう、いらっしゃい」


 厳つく四角く鼻の穴が妙にデカい顔をした50歳くらいの親父が、「1回5発100円ね」と見かけによらず高い声で言いながら、プラスチックのショットガンライフルを手元に持ってきた。

 財布から100円玉を二枚取り出すと、ライフルが2人に送られ、叶芽君は舌なめずりをしながらウキウキながらもへっぴり腰に構えだす。


 ポン、コツン。

 ポン、コツン。

 ポン、コツン。

 ポン、コツン。

 ポン、コツン。


「はい、おしまいね」

「詐欺じゃん! これっ!」

「あんまそういうこと大声で言うな」


 俺は頭もコツンと叩いた。


「あっはっは、じゃあ次嬢ちゃんね」

「──え、いや私は……」


「敵討ってくれよ和葉ぁー! 微妙にずらしはしたから、あとちょっとなんだよ」

「うーん……、わっかた。1回だけね」


 渋々ながらも引き受けた和葉は、不格好にも持ち前の適応力で重心を見破り、スパスパきめてはついに叩き落すことに成功したのだ。

 親父は鼻の穴をさらに数倍大きくしながら、手元の当たり鐘を大げさに振り回し、そしてその鐘の音に勝る声量で真横から狂喜乱舞がされるものなので、和葉は呆れながらも朗らかに失笑を見せた。


 天然であれ感服する。子供同士だからこその部分もあるのであろうが、なんとなくに察知し、ここで和葉を立てられるのは同一人物を感じさせた。


(かっこいいぜ、叶芽君)


「はいこれ、景品ね」

「直かよ。箱とかないんすか?」

「仕入れた時からそれだったよ」

「……?」


(何か……モーレツに嫌な予感が……)


「わー! いいなー。今度遊びに行っていい?」

「う、うん、いいけど……。これこんな軽いんだね」

「本当だ、軽っ! あれ? これボタン押せないけど」


「ディスク入れるとこ開けてみ」


 親父が軽快に答える。


「え、なんか、画面……」

「電池はおまけしといたからさ、多分START押せばつくと思うよ──おっ! いらっしゃい」


 据え置きのゲームで何故電池なのかは説明をすっぽかされ、興味は次なる客へと移行してしまった。


「STARTって、これ……、わっ! 画面ついたよ!」


 プ-ンとざらざらした音に乗って、四角く黒い物体がモノクロの画面を動き回る。コントローラーの左右だけは反応があり、上方からくるまた違った黒い物体を避けるたび、右上のポイントが加算されていった。

 ここの祭りにしてはやけに気合いが入っていると思ったら、これでは先ほどのかっこよさもざらざらした音と共に掻き消えていくのみ。


「これ……土産屋で500円とかで売ってるやつ……」


 提灯光る出店の傍ら、叩き割るほどの祭り囃子とモスキート音が折り合わさった不快な音源に、取り囲まれたプレイステーションが3人へと喪失感を運ぶのだった。




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