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8-⑤




 夜になると熱気はなくなり、暗闇に吹く一陣の風が足の指の隙間を通り過ぎては身震いがする。振り返ればその暗闇は、すべてを飲み込んで消えてしまうのではないか。

 お義母さんはその闇を従えながらも、使い方もわからずに振りかざす。


「顧みずに……、捨てて、壊して、擲って……。私も……あなたも、どこが違うと……言うのですか! 嫌い、嫌い、私はあなたが大っ嫌い……! どうして……あなただけが……2人と……」


 俺に、間違いを正すことはできなかった。何をいっても正しい言葉しか出てこず、それはこの人を悪者へと仕立て上げる楽をした答え、自己保身にしかすぎない。


「どうして……、私もあなたと……同じなのに。あなたは……何をしたの? 何をしてあげれているの……?」

「……」


 しかしこの自虐によって、俺の良心は1つまみ綻んだ。綻びから滲んだのは正義なのか、はたまた更なる毒なのか。それでも目の前で、心臓へと刃を突き立てるもぬけの殻を見殺しにはできなかった。


「──小清水さんは、押切さんのことを愛していますか?」

「好きよ……愛してる」

「和葉は?」

「好き……大好き……」


「じゃあ、和葉はあんたのことを好きだと思うか」

「……っ? き、嫌われて……、だから……もっと嫌われ……? 愛されようと……」


 嘆息だけが廊下に響く。俺はしゃがんで目線を合わし、吐息交じりに語りかけた。


「愛するとか、愛されるとかは、要素でも結果でもない。あんたはそれを知っているはずだ。子供のために働いて、見て、俺をここに呼んだのもそうだろ。あんたは母親として振る舞えている。俺から言われても響かないだろうが、そこは、安心していいやつだ」


 返事はなかった。目を丸く、ただそれを噛みしめて、身を揺らす。

 俺からこれ以上は何も言えず、あくまでも、経験則でしか導けないことはわかっている。ここから行動をとれるのはお義母さんだけだから。

 時刻は2時を回っていた。逃げようとも、隠れようとも、最後まで見守る義務が俺にはある。


 しかし、一切懸念していなかったことが起きた。俺たちはこんなにも音の響く廊下の中央にて話し込んでおり、外にまでは届かずとも、家の中にいれば容易に騒音となる声量だったのだ。


「ママ?」

「いっ!? かず──」


 不意を突かれて、その一瞬で力いっぱいに振りほどかれた。くしゃくしゃの、ひどく俯いた顔を1度だけこちらに向け、走り抜けながらも、静かに闇夜へと逃げて行ってしまった。

 娘に向けた顔を見るのは3度目となるが、今までで一番、母親の顔ではなかった。俺は、何故だかそれに安堵した。


「ママと、なに話してたの?」

「……ん。この前に、お前とした話だよ」


 俺の発言が正しかったかはわからない。それでも、お義母さんの中で何かの引き金になって、一歩踏み込むきっかけとなれているのであれば。そう願うんだ。


「和葉、起こして悪かったな。もうこんな時間だし寝直して来い」

「……木内さん」

「ん? なんだよ」


「だっこ」

「あ!? 歩けるだろ、自分で──」

「……」

「わかった、わかったよ。ほら、来い」


「ママね、泣いてたよ」

「ん」

「ママもだっこされたいのかな」

「きっとな、そうだろうな」


 腕の中から寝息が漏れ出る。親子の、潜在的な共鳴だったのだろうか。こんなに小さな体でも、悟ることができるんだ。ぽっかりと欠如してしまったあんたでも、きっと。


「俺が、俺がそうさせるんだ」




 お疲れ様です。ここまでが8話となります。

 うつしました。活動報告に。反省会を。

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