8-③
『かつての仲間たちへ、旅立つ不幸を許してほしい。そして願わくばこの文章は、押切智光へと送っていただきたい。特に押切には謝らなければならない。お前はこのことを知らなくてはならない。
会社を畳んだ時、お前の腑抜けっぷりに俺はキレたが、一旦は水に流せ。お前が正しかった。
離婚する直前くらいからだ。半年も連絡を取っていなかったが、俺はお前ら押切家のことを知っていた。
どこからかって思うかもしれんが、冷静になって咀嚼してほしい。墓までもってくつもりでいたが、お前にだけ、ここで打ち明ける。
俺は聖子さんと関係をもった。
言い訳をするとすれば、近づいてきたのは彼女の方からだ。突然家に来て、泊めてほしいなんて言われて悪い気はしなかった。やつれた様子に、俺がなんとかしようと奮い立たされた。
お前とうまくいっていないのは知っていたから、正直に下心だ。とんとん拍子に話が進んでいって、離婚したら一緒に住むことになった。書類も作って家事代行の体に仕立て上げ、お前をだましにかかったんだ。
で、本題はここからだ。俺の目的は記述の通りだが、彼女は違った。そしてこれが、俺が命を絶つ理由でもあるんだ。
そもそも、聖子さんは俺のことなんてどうでもよかったらしい。娘の世話を頼める人で、なおかつ都合のいい相手が俺だったというだけだと、今にしてみれば思う。
それでその都合ってのが押切、お前だ。俺はある夜、慰めのために彼女の前でお前を卑下した。破局の理由は知っていたから、あいつは昔から他人を猿だとおもっているやつだ、しょうもないことでネチネチいうやつだ、って。
俺が言い切る直前に、彼女は豹変した。今までの脆弱さは嘘のように、強い力で押し倒され首を絞められた。あの目は本気で殺そうとしていたはずだ。
それでも男と女の体格差で腕ぶん回してはねのけた。はねのけて、惨めに床に顔をぶつけたあいつの顔を見たとき、俺は心臓が止まったと思った。目だ。あの目だ。
もうその瞬間にゴミのように捨てられたことを理解した。理解したから頭が真っ白になって、真っ白になったから冷静になって、倫理観で破裂しそうなくらい苦しくなった。
彼女とはそれっきりだが今日までの数日間、俺の情緒は狂ってしまった。あの目が四六時中、窓の外からもじっと見つめるくる。
そして今日、家事代行への連絡が入った。彼女しか知らない番号にだ。何故また必要とされたのかわからない。会う勇気はない。関わる勇気はない。それでも彼女は、崖まで追い詰めて叩き落そうとしている。俺はもうだめだ。どこに逃げても、目が、すぐそばまで来ている。
あとは頼む。まかせる。』
「ひぃ」「ひぃ」と出涸らしを啜っては、ピーナッツ畑の除草作業のようだった。
今時、こんな文章は読み難いだろう。1行は改行を入れるなど、空白の工夫が読者を維持させる要因ではないか。B4の紙に原稿用紙3枚、1000字程の文章をびっしり並べたところで、こんなことでは読み手がつかないぞ。
────などの思考は現実逃避にしかすぎず、頭に雪化粧を施したのは俺の方だったのだろう。
つまり、お義母さんは家事を押し付けられる人間を探していて、あまつさえ夫への切り札のつもりでこいつに近づいた。快楽主義であった木内叶芽は冷静になってその事実に気付き、取り返しのつかないことに狼狽えて命を絶った。
頭がくらくらする。出涸らしを含んだままそれを吐き捨て、俺は嘔吐のように叫ぶ。
「ひぃ……ひぃ……、昼ドラかああああぁぁーっ!!!!!」




