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3-­②




「木内さん、いってきまーす」


「おう、いってらっしゃい」


 ランドセルを背に、学校へと向かう和葉を玄関先まで見送る。


「…………」


「?」


 扉を閉めるまでずっと目線を合わせ続ける和葉に微笑み返しつつ、正直変な気が一切ないというと嘘になる。


「いやいやいや、いくら初恋で嫁とはいえ娘とまったくの同年代だぞ……。自分ですら引くわ」


 そういえば、俺が和葉に好意を抱いたのはこのあたりの年代だった。


 まあそんなことはどうでもよく、俺は今日の日程に思案を巡らせていた。


 予定としては身分証の確保とあとは服。


 まず朝一で確認したのだが、財布の中身はほとんど使い物にならないことが判明した。


 硬貨の年代は元の時代のままだった上に免許証もいわずもがな、当たり前だが平成30年の500円玉は平成7年では無価値でしかない。


「こういうとこに転生特典みたいなのって当てはめれなかったのかな……」


 最悪金はいいとして、身分証がないのは困る。


 そこで、今日の最重要としては今自分がどの立場でここにいるのか、これを確かめることになる。


 俺は座敷に腰かけ、乱雑におかれた書類を手に取った。


 お義母さんが寝ている間にでもおいていったのだろう、机の上には空のコンビニ弁当に3万の入った封筒、そしてこの家政夫としての俺の情報が書かれている書類。


 その書類には「木内家事代行サービス! いつでも出張OK!」という怪しさ満点な虹色の文言と、個人の電話番号に自転車で5分もしない住所が記載されている。


 この世界の現俺は個人でメイド的なサービスをしているのか、恐らくはこの場に行けばある程度の身分はわかるのではないだろうか。


「今の現状にはわからないことが多すぎる。もちろん元の時代に帰ることが優先だが、生活する上で自分の立場は知っておいた方がいい。……今更だけど、俺は過去に召喚されたんじゃなくて、このようわからんサービスしてるやつに転生したって感じなんだ」


 そうとわかれば戸籍やその他諸々の、身の振り方がわかる情報もほしいところ。


 あとは服だ。これも事務所で2、3着は徴収しておきたい。


 さすがにこの暑さ、スーツ1着じゃ身が持たん。


「この3万は俺への給料ってことでいいんだよな、……多分。こんな田舎でもしまむらぐらいはあっただろうし、買ってきても全然いい。とりま薄着をくれ、薄着を」


 もちろんだが家事も忘れてはならない。むしろ今はこっちが本業だ。


 まあ、この事務所が存在さえすればここに行くだけで用事は済むし、そんな大仕事って程でもないだろう。


「うし、じゃったら爆速で仕事終わらせるぞー。食器洗った後は洗濯かな? その前にひとっ風呂浴びとくか~」


 方針が定まったことに肩を伸ばし気合いを入れる。


 と、ふと部屋の隅に目線をずらすと、和葉の忘れ物だろう体操服がその場におきっぱなしになっていることに気が付いた。


「あれ、月曜ってたしか体育あったよな。……まだ近くいるかな? まずは届けに行っとくかぁ」



 小走りでコンクリート塀並ぶ住宅街を駆けていく。

 家の近くにある少し開けた道路が集団登校の集合場所だ。


(案外覚えてるもんなんだな。そんなこと)


 ゴミ捨て場を右に曲がって数メートル先にある公園を抜けたらショートカット、2日目のカットシャツに一層汗が滲み込む。


 まだ上級生が来ていなかったのか、待ち焦がれる様子の和葉が見えた。どうやら間に合ったようだ。


「おーい! 和……」


「もう!!! やめてよ!!!! こんなこと!!!」


 甲高い叫びが住宅街に響きわたる。


 近所迷惑ともなる大声だったが、その発端であろう毛虫片手にあほ面を晒している少年が目に入り、彼女が被害者であることを認識した。


「あのガキ、たしか俺んち(木内家)の前にいた……」


 たしか俺が初日に蹴飛ばしたやつだ。となればあいつは……。


「うっせぇ、ブスっ!! ぶりっこすんなよ!!」


「いや! やめてよ、叶芽君!!」


 木陰から見守りつつ、その名前が出た瞬間少し肩が跳ね上がってしまう。


「あれ……、俺かぁ……」


 まさかの人物との対面に気持ちの悪い鳥肌が立つ。


 黒歴史を直に触れているというべきか、動悸と冷や汗が止まらない。


「ううー……、帰りの会で先生にいうから!」


「関係ねえし、俺毛虫持ってただけじゃん」


「私のことブスっていったよ」


「ほんとのこといっただけだしー」


 今にもぶん殴ったほうがよさそうなクソガキだが、ここまでくると魂胆は透けて見える。


(俺、こんなわかりやすいやつだったか……?)


 所謂あれだ、好きな子をいじめてしまう子供特有の愛情表現的なあれ。


 しかし、大人になれば微笑ましさのあるやり取りには見えるものの、子供にとってはそんなことは知りもしない訳で。


 案の定和葉の怒りは頂点に達していた。


「いうならいえよ! 俺毛虫持ってただけだしー」


「もうっ!!! 知らない!! 叶芽君なんて、大っ嫌い!!!!!」


 ガーーーン


(グワーーーーン!!)


 因果応報な結末にも一丁前にショックを受ける叶芽君であったが、その攻撃は俺にも響く。


「は……知らねえし……、お、俺も……きら……嫌いだし……」


(あれは……小学生がする軽い喧嘩みたいなやつだしぃ……、明日には忘れてるようなやつだしぃ……)


 新旧(?)俺がプルプル震えるあまりの惨状に我慢ならず、途端に2人の間へ飛び出してしまった。


「お、おうい和葉~……、これぇー……」


「あっ! 木内さん!! 見送り来てくれたの!?」


 打って変わった快活な笑顔を見せられても、その笑顔は逆に心を蝕んでいく。


「あの、見送りじゃなくてな、月曜ってたしか体育だったろ、だからな、これ、忘れ物かなーって」


「あっ、体操服! 部屋に忘れてたんだった」


「じゃ、じゃあ俺、これ届けに来ただけだからさ……」


「うん! 木内さん、ありがとう!!」


 恐る恐る叶芽君の様子を伺うも放心状態。


 好きな子が突如現れた見知らぬおっさんにデレデレともあったら、そりゃあそんな顔にもなってしまうだろうよ。


(やめろよ俺ぇ、そんな顔で見んなよ俺ぇ、気持ち的にはお前と変わらないんだからな俺も……)


 寝取りながら寝取られるという人類としておよそ初と思われる経験を胸に、千鳥足ながら気合いを入れ直す俺であった。




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