1-①
2023年11月21日、6時03分。
上司の睨みを突っぱね定時退社をした俺は、暗い山道にも関わらず50kmほどで車をとばしていた。
11月にもなれば日が落ちるのもずっと早い。
「このままいけば6時半の予約には間に合うな。最近家族サービスもろくにできてなったし、結婚記念日ぐらいはうまいもん食ってハメ外さしてやらねえと」
俺の名前は木内 叶芽(35)妻子持ち。娘が1人いて今年から小学2年生。
小学生時代からの幼馴染と、所謂灯台もと暗し的な恋愛の末10年前ゴールインした。
特別なにか秀でていることもないごく普通の一般家庭だが、俺にとっては何にも代え難い宝物だ。
ただ、仕事で昇進して以降は嫁に家のことをやらせっきりなので、たまの記念日ぐらいはしっかり父親ぶりたいところ。
そんなことを考えながら運転していると、何やら前方で大きく四角い箱のような塊が道を塞いでいるのが見えた。
「────ん? なんだこれ」
少しの苛立ちをしかめ面にのせながら、車を降りてその箱に近づく。
対向車線にバイクが乗り捨てられているのを見る限り、恐らく誰かの悪戯だろう。煩わしい。
箱は大体軽自動車より少し小さいぐらいの大きさをしており、どかさないと道は通れそうにない。
俺は一考を余儀なくされた。
謎の塊が道路中央に不法投棄されているなんてどう考えても警察案件なのだが、正直そんなことに付き合っている時間はない。
勝手にどかせられるならそれに越したことがなさそうだ。
得体のしれないものに触るのは抵抗感があるが、家族との約束の方が大事だ。背に腹は代えられない。
俺は全身に力を入れ押し込もうと試みた。両足で踏ん張り、掌伝いに全身の体重をその箱にのせる。
が、次の瞬間、箱に触れようとした両手が側面からすり抜けてしまったのだ。
「!!?」
力に身を任せていたため勢いそのまま態勢を崩した俺は、全身が箱の中にどっぷり飲み込まれていく。
狼狽著しく声を張り上げようとするも、声が出ない。というより息ができない。
箱の中は無重力のようだった。
外から見た大きさからは想像もつかない空間をしており、まるで広大な海の底を道具もなしにスキューバダイビングさせられている感覚。
抵抗の余地は一切なく、全身の神経が蝕まれていく。
時間にして一瞬、しかし体内ではゆっくりとした時流の中、今までの記憶が溢れ出てくる。
1人娘が生まれたあの日。
プロポーズをしたあの日。
そして、小学生の頃の。
「ひと……か……、か……ず…………」
俺はそこで意識がなくなった。