捕食
昼下がりのとある村。
漁業の盛んな普通の村。しかし、村の真上には青空ににつかわしくない黒い球体が浮かんでいた。
その外れにある倉庫の側に蹲り横たわる少女がいた。
その少女は体中がアザだらけ、頬には涙跡が残っていた。
「お前のせいだ!お前のせいで私は生贄になったんだ!」
「お前なんか産まなきゃよかったよ!」
母親から罵詈雑言を浴びせられながら、暴力を振るわれた記憶が何度も何度も、少女の頭の中で繰り返し流れる。
「…」
ごめんなさい。声は出てはいないが、口をパクパクさせている。
少女は自身のせいだと思い込み、もっと体を丸めて小さくなって消え去りたいと思っていた。
『バキン!!』
そんな中、金属が壊れる音が近くで響いてきた。
少女は破壊音が気になってしまい、体を起こし周りを見渡す。
その時、
『ぐぅ〜』
お腹が鳴いた。
昨日からご飯を食べていなかったことを思い出していた。
食べるものがないかあたりを見渡す。しかし、何もない。
とりあえず立ち上がり、破壊音がした場所を探し始めた。
破壊音のしたところはすぐに見つかった。
倉庫の扉、それを守っていた南京錠が引きちぎられていた。
少しだけ扉が空いている。その中からは動物や人とは違う気配と、少しだけ磯や生魚の匂いが漂っている。
少女はお腹が空いているせいか恐怖心よりも食欲に負け、匂いのする方へと、倉庫の中へと入ってしまった。
倉庫の中は薄暗く、小さな格子から日の光が入っている。
日の光が少女の目の前にあるものを照らし出していた。
「ひ…と……?」
それは上半身が人間、下半身が魚。いわゆる人魚だ。それが少女の目の前に横たわっていた。
外からではわからなかったが少し腐った匂いがする。そして、人魚の目が上の空であり、呼吸をしていないことから死体であることが少女にでもわかった。
少女は骸の前に立ち尽くす。
しかし、それは恐怖心からくるものでは無かった。
人魚の出す少し腐った匂いの中にある、魚肉の匂い。それを我慢するかのように服を握りしめるが、よだれを垂らし目を血走らせ、呼吸が荒くなっていた。
人魚に近づき前に座り、人魚の腹肉へと齧り付く。
柔らかい肉の感触、それに歯を食い込ませ、一気に引きちぎる。
口で噛んでいるのは人魚の肉。
『びちびち』
人魚の肉と一緒にそれとは違うものを噛んでいた。それは体全体が黒く、触覚の生えたヤモリだった。
忍び込んできたのであろうヤモリが、少女が人魚に齧り付く瞬間にそこを運悪く通って来てしまい、一緒に噛んでしまったらしい。
離せと暴れるヤモリ。そんなのお構いなしに少女は顎に力を入れていき、
『ぐしゃっ!!』
っと噛みくだいた。
ヤモリの頭と尻尾が地面へと落ちていく。それを拾い上げ口の中へと運び、咀嚼をしてから飲み込む。
「…おいしい」
飲み込んだ後、少女は目の前の人魚を見ながらそう呟いた。
よだれを垂らし、忘れていた言葉を思い出す。
「いただきます」
食事は夕方になってもまだ続く。
そんな中、倉庫の前には眼鏡をかけたボサボサ髪の女性が立っていた。
「私と同じ気配を感じる」
そう言って倉庫の方へと歩み寄る。
「クリス、見ーつけた」
近くの茂みから水色髪の少女が現れ、クリスの方へと近づいた。
「単独行動をしてしまい申し訳ありません」
「大丈夫よ。それよりどうしてこんなところに?」
「はい、此処に私と同じ気配を感じまして、黒い太陽から出て来た者がいると思い、此処に来ました」
「それじゃあ、今此処でそいつを…」
「こっちであそぼうぜー!」
「!」
子供の声が倉庫に近づいて来ている。
「監視は私が置いておきます。今は逃げましょう」
クリスは水色髪の少女にそう声を掛け、指から虫のような物を倉庫へ飛ばし、二人は倉庫を後にした。
そして子供が三人、倉庫の前で遊び始めた。
「此処で鬼ごっこしようぜー」
「あれー?」
「どうしたのー?」
一人が倉庫の扉が壊れているのに気がついた。
「鍵こわれてるー」
「どうするー?」
「見てみようぜー」
子供たちは好奇心からか中を覗き込んでしまう。
『ぎぃいい…』
倉庫の中では、死肉を貪っている少女がいた。
一人の子供が口を開く。
「奏…ちゃん?」
少女は名前を呼ばれ振り返る。口や手には血がべっとりと付いており、咀嚼を続け、目は青く鈍く輝いていた。
「ひっっ!」
「あ、あっああああああああああああ!!」
「わあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
驚いた子供たちは、そそくさと逃げていく。
奏と呼ばれた少女は少し首を傾げ、人魚の肉をお構いなしに食べ続けた。
逃げた子供たちは一目散に村に戻り、その中で一番大きい家へと走っていく。
「みんなどうしたんだい、そんなに慌てて」
その家の縁側には、一人の青年が座って休んでいた。
「あっあ、あ、あっその」
「あっあの、あのね、あのね」
一人は肩を掴み震えている。
「みんな、とりあえず落ち着いて」
青年は子供たちを落ち着かせてから、倉庫の中で見たものを話した。
「うーむ、なるほど。で、その子は?」
「目が青かったー」
「青い目?此処の子じゃないのかな…」
「ううん、見たことある顔だったー」
「うん、確かあの子って…」
「奏ちゃんだったよねー」
「本当か!?」
子供たち三人はみんな顔を合わせてから、首を縦に振った。
三人の言っていたことは、全て本当。どうするべきか悩み込んでしまう青年。
「…しかし、大人たちが帰って来ていない。どうすればいいんだ」
ぶつくさと呟く青年。
日が完全に落ちる前に、青年の前に突然現れる。
「どうしたぁ、そんなに悩んで」
大人たちだ。その時、青年の顔は青ざめていた。
「ごちそうさまでした…」
人魚の肉を食べ終えた少女。
格子から外の様子を見る。空は暗く、もうすでに夜になっていることに気がついた。
「帰らなくちゃ…」
だが、少女は母親のことを思い出し一瞬、体の動きが止まる。
でも、父親や弟が心配しているかもしれないと思い、嫌々ながら倉庫の扉を開ける。
「いたぞ!」
少女が最初に目にしたものは、松明を持った大人たちだった。
声を聞いたのか続々と、他の場所を探していた大人たちが集まって来た。
「まだ、倉庫の中にいやがったたのか!」
どうやら少女のことを探していたらしい。
その集団の中から一人、前に出て来る者がいた。
「お前が人魚を食べたんだな」
それは、いつも村民たちに優しかった村長だった。
少女は大人たちの威圧に押し潰され、震えることしか出来なかった。
「お前が、食べたんだな!」
少女は震えながらもうなずく。
「っ!」
少女の体が浮いた。
村長に蹴られたのだ。
背中から地面へ落ち、激しく咳き込む少女。
「なんてことをしたんだ!四重音家でもない奴に!ただの小娘に!人魚の肉を食われたっ!!」
村長の怒り、周りからの威圧、恐怖がつのったのか少女の目から涙が流れていた。
「まぁいい。こいつを生贄がわりにしてしまえばいい」
村長の手が少女を捕まえようとした時。
『動け!』
少女の頭に言葉が響いて来た。
『声を出せ!』
その時!
「
!!!!!!!!!!!!!!」
口から出たのは声ではなく、周囲を吹き飛ばす程の衝撃波。
大人たちは吹き飛ばされ、近くにいた村長は体がバラバラになり周りに飛び散っていた。
「うそ…」
少女自身も驚いたたが、今が好機だと思い茂みの方へと走り出す。
「うぅ…」
徐々に大人たちが立ち上がってくる。
「追え、追うんだ!」
「絶対に逃すな!」
少女と大人たちの命掛けの鬼ごっこが始まった。
はじめまして、石津信行です。
初投稿です!
めいど・おぶ・るいん、これからどうなっていくのか…まだ自分でも未知数なところが多いですが、じゃんじゃん投稿していきたいです。
それでは、次回の捕食編-その1でお会いしましょう。




