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スクールソックス☆ウォーズ  作者: 三下下膳
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幼馴染まず

「それでは、早速ですがこちらの資料を」

 杉咲季さんはリュックの中からホチキス留めしたA4の用紙を取り出し、僕に手渡した。表紙には丸で囲った禁という字だけが書かれている。

「なんの脈絡もなしに女子に声をかけるのは、彰影たちほどではないにしても碌に女子と接する機会のない大慈弥さんにも難しいと思います。そこでわたしの方でターゲットとなる女子のことをリサーチし、この用紙にまとめておいたので、ご活用ください」

 まるで僕が協力するのは既定路線だったかのように、屋上まで持ってきていたんだな。

「へぇ、どれどれ」

 禁と書かれている一枚目をめくると、まるで履歴書のように経歴やプロフィールが書かれており、さらには明らかに盗撮したと思われる写真まで貼られていた。そしてそこに写っていたのは、僕の知っている人物だった。

「地磁気穏やか(ちじきおだやか)……」

 家が近所で幼稚園の頃から一緒の学び舎に通い、現在はクラスメイトでもある。だがこれといった交流はなく、唯一の思い出といえば、小学一年生のときに彼女が母親同伴でバレンタインチョコをうちにもってきてくれたことくらいだ。もちろん義理チョコである。

 ちなみに、これが女子からもらった最初で最後のチョコレートでもあるんだな、これが。

 要するに知り合いではあるが、幼馴染というほどの仲ではないということだ。

「休み時間ごとにどこに出現しやすいかも記しておいたので、偶然を装って待ち伏せするといいと思うんですが、地磁気さんは学内においてひとりで行動することがほとんどないので、放課後ひとりになったところを狙った方がいいかもしれません。なお、情報の流出に備えて用紙はこの場で回収し廃棄するので、いまのうちにすべて覚えてしまってください」

 読み進めると家族構成や所属している委員会といったものから、普段どんな会話をしているとか誰とよく一緒にいるといったことまで、様々なデータが書かれていた。

 さすがにスリーサイズは書いてなかったが、こんなものが流出したらまずいのは明らかだ。廃棄するのは正しい判断といえる。

 それにしてもよくぞここまで調べあげたものだ。

 万が一僕が油断でもしようものなら、いままで誰にも話したことはないし今後も絶対話すつもりはないが、中学に入った頃から密かにポエムを書き連ねていることもバレてしまうかもしれない。気を付けなくては。

「補足ですが、地磁気さんに紺のハイソックスを履いてもらうための期限は、今日を入れて十日以内でお願いします」

「えっ、時間制限があるの?」

「はい」

 まいったな。とはいえ時間をかければ達成できるかというと、そういう問題ではない気もするが。

 しばらく用紙を眺めて暗記を終えると、僕は用紙を彼女に返した。

「もう覚えたんですか?」

「多分、ね。試してみる?」

「それでは。地磁気さんの家族構成は」

「両親と小学二年生の妹がひとり」

「では、普段休み時間はどのように過ごしていますか」

「仲のいい友達四、五人と主にファッションやスイーツの話。それと同年代を中心とした動画クリエイターの動画をよく見ている。トイレに行くときはみんな一緒に、でしょ」

「……いいでしょう。これなら合格としてあげます」

「なんで上から目線!?」

「では次はこちらを」

 僕のツッコミを華麗にスルーすると、杉咲季さんはまた別の用紙を取り出した。

「なんの意味もないとは思いますが、一応あのふたりの情報です。こちらは流出しても困らないので、紙飛行機にして飛ばすなり裏紙として使うなり、どうぞご自由に」

 先ほどとは違い一枚目から個人情報むき出しの、あのふたりこと杉兄と檜の情報に目を通す。えーと、杉兄の貯金残高は七万七千七百七十七円で、檜は美少女ものを中心としたアニオタ……どうでもいいな、うん。

 一応書かれていたことを全部暗記すると、僕はすぐに杉咲季さんへ紙を返した。

「ところで、杉咲季さんのプロフィールは――」

「さてさて、時間も限られていることですし、今日中に計画を立てるなりして、さっそく明日からでもトライしてみてください。それでは」

 杉咲季さんはさらっと言うと、僕を置いてさっさとドアの方へ歩いていってしまったので、屋上に別れを告げると慌ててその後を追った。


 杉咲季さんからの情報を基に自分なりにできるだけの対策を考え、翌日を迎えた。

 頭の中で何回もシミュレーションを繰り返しながら一日を過ごし、現在は終礼の真っただ中だ。間もなく、紺色のハイソックスを履いてもらうための戦いの火ぶたが切って落とされる……なんとも情けない戦いだ。

 しかし話の流れでさりげなく紺ハイソを履いてもらうように仕向けるなんて、本当にできるのだろうか。ましてや僕なんかに。

 不安を紛らわすためにこの後の展開についてイメージしておこう。

 地磁気は部活に入っておらず、今日は掃除当番もないため、スムーズに帰り支度に入るはずだ。

 問題は周りの女子たちとどこかに寄り道したりするパターンだが、杉咲季さんのデータによれば放課後どこかに行く確率は、せいぜい週に一回程度らしい。

 一緒の方向に帰る奴がいなければ地磁気はひとりになるはずなので、そこを最寄り駅が一緒の僕が偶然を装って話しかけ、帰りがてら紺ハイソを履いてもらうためのきっかけを掴もうというのが、今回僕が立てた計画だ。

 流れを確認し終えるとちょうど終礼も終わったので、地磁気のいる校則に引っかからない程度の薄茶色をした、似たようなボブヘアの集団に目を向ける。

 髪型だけでなく格好の方もみんな一緒で、ブレザーの下にクリーム色のカーディガン、さらにその下に白のYシャツを着てボウタイをしていた。

 ひざ丈よりも幾分か短いスカートに目を奪われそうになりながら、さらに下に位置する靴下へ目を向けると、これまた全員一緒で、短めの紺ソックスを履いていた。

 わずかにメイクをしているという情報だが、僕はそういったことにはとんと疎いので、見てもよく分からない。ただ、地磁気の目鼻立ちが他の量産型女子たちよりも整っているのは明らかだった。

 とここで、彼女たちがなにやらひそひそ話をはじめた。どうやら僕の視線に気づいたらしい。

 これはまずいと大慌てで目を切り、机の中を覗き込んだ。

「えーっと、数学のノートはどこだったかなっと」

 しらじらしいセリフを吐きながら机の中を漁っていると、地磁気たちが教室を出ていった。どうやらごまかせたようだ。

 すぐさま僕も教室を出て、適度な距離を取りつつ後を追う。廊下でひとりまたひとりと散っていき、靴箱に着いたときには地磁気だけになっていた。さっそくチャンスが訪れたわけだ。

 彼女が上履きを履き替えたのを確認すると、僕も急いでローファーに履き替え、声をかけるタイミングを見計らいつつ後をける。

 門を出て最初の角を曲がるまでには声をかけることができなかった。次の角を曲がるときにも、中々勇気が出ずに声をかけることができない。

 元来女子と積極的に話すタイプではないので、ネタがあるとはいえ自分から話しかけるのは中々にしんどい。

 杉兄と檜に比べたらマシなのかもしれないが、結局のところフリマアプリの『目立った傷や汚れなし』と『やや傷や汚れあり』くらいの違いしかないのだ。

 しかしこうして改めてよく見てみると結構かわいいな。中学のときは黒のロングだったけど、いまの髪型も中々似合ってるじゃないか。そういえば昔は結構モテてたよな。僕が知ってるだけで小学生のときに一回、中学のときに二回告白されてたはず。いまも告白とかされてるのかな。それともすでに特定の相手が……って、なにを考えてるんだ僕は!

 ハッと我に返ったときには、すでに駅に着いてしまっていた。焦りを覚えつつも、僕たちが利用している線は比較的うちの学校の利用者が少ないので、話しかけるには好都合だと気持ちを切り替えた。

 ホームに自分と地磁気以外に同じ制服姿がいないのを確認すると、僕は意を決して数年ぶりに彼女に話しかけた。

「や、やあ偶然」

 後を尾けてたのだから必然なんだけど。

「んー、ひのとんか」

 僕のことをわずかに横目で見ると、地磁気はすぐに視線を手にしていたスマートフォンに戻した。

 久しぶりに言葉を交わしたというのになんと淡泊な対応。まあ愛想がないのは昔からだけど。

 ちなみに『ひのとん』とは僕の名前である丁からヒノノニトンと派生し、それが縮まってついた小学生の頃のあだ名である。

 うちの小学校ではあだ名を禁止されていなかったし、僕もそれなりに気に入っていたので、クラス内では割と浸透していた。なので当時も同じクラスだった地磁気にはいまでもそう呼ばれているだけで、決して親密な間柄だからあだ名呼びというわけではないということだ。

 やあ偶然という不自然な挨拶の後に続く言葉が出てこず困っていると、電車がホームに到着した。よし、ここから仕切り直しだ。

 一緒の車両に乗り込むと、僕は彼女の隣に立った。自宅に着くまでになんとか紺ハイソを履いてもらうためのきっかけをつかまなくては。

 地磁気が好む話題については、杉咲季さんからの情報を基にできるだけ知識を蓄えておいた。これらを利用して距離感を詰めていくとしよう。まずはファッションの話題だ。

「最近パステルカラーが流行っているけど、そのスマホカバーもパステルカラーを意識してたりするの?」

「えっ、いや別にしてないけど。つーかいきなりなに? そういうの興味あったっけ」

 ヤバい、初っ端から警戒されてしまった。確かに僕はファッションなんて微塵も興味ないし、そもそもファッションっていう言葉を使うこと自体、気恥ずかしくて嫌なんだ。しかしいまはそれを悟られてはいけない。動揺は見せるな。

「一応僕も思春期だし、人並みにはね。ほら、いま着てるYシャツの下のランニングもパステルカラーなんだ」

 僕はYシャツのボタンを上から数個外すと、昨日のうちに自宅の風呂場で、絵の具を使って元々の白色をほんのりと黄色がからせておいたランニングを見せた。

「ちょっ、なにしてんの? こんなとこでいきなり脱ぎ始めないでよ。つーかYシャツの下にそんなの着てても意味ないから。着るんならYシャツの色をパステルカラーにすれば良かったじゃん」

「ぐっ……」

 やっぱりそうなのか。

 確かに調べた画像ではモデルがそういう着こなしをしていたが、それでは少々派手すぎるのではないかと思い、パステルカラーを中に潜め、より淡く見せるというアレンジをしたのが裏目に出てしまったようだ。

「つーか、そもそもランニングって言い方がダサいんだけど」

「ダサいってなにが? ランニングはランニングじゃないか」

「いやいや、タンクトップでしょ。ふつう」

「そんなことはないよ。もしも地磁気が英語圏の文化に精通していて、ランニングは和製英語で英語ではタンクトップかシングレットでないと意味が通じないと主張するなら理解できるけど、日本において襟の開きが深い袖のないシャツの通称としてランニングは十分に普及しいているはずだ。それ故、これをランニングと呼んでも差支えはないと言える」

「はぁ、相変わらず理屈っぽいね。いいよ別に、ひのとんがダサくてもあたしには関係ないから」

 ぐっ! せっかく人が建設的に説明したというのに。

 これ以上ファッションの話をしても噛み合う気がしないので、今度は動画の話題を出すことにしよう。

 杉咲季さんからの情報に名前が載っていた動画クリエイターの作品を一通り見てみたが、ほとんどの作品で歌ったり変な顔をしたり踊ったりしたものを加工しているだけで、専らエロ動画しか見ない僕には、なにが面白いのかさっぱり分からなかった。

 そんな中唯一僕の興味を惹いたのは、ヒメタカというアカウント名の女子が作った動画だった。

 内容は野良猫と戯れたり、お気に入りの服やら小物やらを紹介するだけなのだが、投稿者であるヒメタカさんがものすごくかわいくて、ついつい見惚れてしまったのだ。

 青みがかった左右非対称の黒髪に、履いてる靴下の色がショッキングピンクだったりと中々に個性的なのだが、不思議と調和が取れていて、実に絵になっていた。

 世間的にも人気があるようで、動画は何十万回も再生されていて、インフルエンサーとしての役割も担っているらしい(どうでもいいことだが、インフルエンサーっていう表現もファッションと同じで、なんとなく言うのが気恥ずかしかったりする)。

 そしてなんと僕はいままでまったく気が付かなかったが、彼女は我が校の生徒であり、しかも同級生らしいのだ。

 なぜ気づかなかったかといえば『別に女子なんて興味ねーし』という訳でなく、うちの学校が全校生徒千人以上のマンモス校だからだろう。

 情報の整理が済んだところで、僕の持つ動画に関する唯一のカードを切ることにした。

「そういえば、うちの学校に結構人気の動画クリエイターがいるんだけど、知ってる?」

「ヒメタカのことでしょ。ひのとんもああいうの好きなんだ」

「そりゃもちろん。猫がかわいいのはもちろんだけど、それにも増してヒメタカさんがかわいいんだよ」

「やっぱりね。男子ってほんとかわいい子に目がないよね」

「いや、ちょっと待ってほしい。確かに僕はかわいい猫よりかわいい女の子の方が好きだ。しかしそれだけで男子全員一緒くたにするのは違うんじゃないかな。中には猫や犬といった動物の方が好きな奴だっているだろうし、女子より男子がいい奴だっているだろう。ひとりの女子がイケメンを目で追っかけただけで、女子全員がイケメンに目がないって思われたら嫌じゃないかな」

「別に嫌じゃないけど」

「あっ、そう……」

 ダメだ、話が続かない。これじゃ会話のキャッチボールでなくドッジボールだ。

 その後も手あたり次第地磁気好みの話題を振ってはみたが、暖簾に腕押しで手応えはまるでなかった。

 そうこうしているうちに、気が付けば僕たちの家がある駅へと着いてしまった。

 慌てて電車から降りる僕を尻目に、彼女は車内に残ったままだ。

「あれっ、降りないの?」

「寄るとこあるから」

 今日の夕飯なにがいいかと聞かれ、「別になんでもいい」と答えたときのような、なんとも愛想のない口調で言うと、僕と彼女を隔てるようにドアが閉まった。こうしてなんのきっかけも掴めないまま、僕と地磁気の久しぶりの会話は終了したのだった。

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