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スクールソックス☆ウォーズ  作者: 三下下膳
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姉貴

 自宅に帰ると僕はすぐに私服に着替え、隣にある姉貴の部屋へ向かった。

 現在大学二年生ということもあり、普段はサークル活動やバイトで家にいないことも多いのだが、今日はちょうど在宅中だった。

 別に一緒に髭親父やキノコでカートレースしたり、インクで地面を塗りたくりたいわけではなく、又隣先輩との会話のきっかけをつくるために、姉貴が持っているくまっくまのグッズを借りに来たのだ。

 もちろん杉兄に経費を支給してもらって新たにグッズを買ってもいいのだが、それだと見た目がいかにも新品ぽくて怪しまれる可能性がある。それよりかは実際に姉貴が使っているものを持っていった方が、グッとリアリティが出るだろう。

 沙羅ちゃんのときのようにくまっくまのグッズをプレゼントするという策も考えたが、饅頭やパイといったお菓子と違い、キャラクターグッズを知り合って何日もしない女子にあげるというのは僕にはハードルが高いのでやめておいた。

 それに加え沙羅ちゃんのときにお菓子代で結構お金を使ってしまったので、いくら杉兄持ちだからといって今回もグッズを買ってもらうのはちょっと気が引けたというのも幾分かはある。

 さらに言えば警戒心が限りなく薄い沙羅ちゃんに比べて、いかにもしっかり者という感じの又隣先輩は、僕がいきなりプレゼントなんてしたらなにか裏があるのではないかと疑いの目を向けてくるかもしれない。以上のことから、今回は姉貴の力を頼ることにしたというわけだ。

 二回ノックすると、中から「なーにぃー?」と間延びした声がしたのでドアを開けた。適度に片付いている僕の部屋と違い、姉貴の部屋はどこになにがあるのか多分本人にも分からないくらいに雑然としていた。うん、いつもの光景だ。

 姉貴が椅子に座っているのでベッドくらいしか座るところはないが、ブラジャーが放置されているので行くことができない(ちなみに色は黒だ)。

 仕方がないのでわずかな空きスペースに足を伸ばし、つま先立ちの状態で訊ねた。

「姉貴、ちょっと相談なんだけど……」

「ん、なになに、どうやったら童貞を捨てられるかって?」

「違うよ! やめろよ弟に下ネタ振るの」

「それはね、いまからバイトするかお年玉を貯めるかして、二十歳の誕生日を迎えた日に風俗に行けば――」

「だから違うってば! 無視して話を進めないでよ」

「で、用件はなに? さっさと言いな」

 クソ、このアマ。腹立たしくはあるものの、物を借りに来ている以上、下手にでなくては。

「じ、実はさ、姉貴のくまっくまのハンカチを貸してほしいんだけど……」

「はぁなんで? あっ! あんたもしかして、わたしのこと好きなの? 肌身離さずわたしの私物を持っていたい、それで常にわたしのことを感じていたい……みたいな? やめてよね、いくら童貞こじらせたからって実の姉に手を出そうなんて。そんなの断固拒否! 無理! お断り!」

「違うわ! なんでハンカチ貸してくれって言っただけでそんな話になるんだよ」

「だって意味分かんないじゃん。ハンカチならあんただって自分の分何枚も持ってるのに、わざわざわたしのくまっくまのハンカチを貸してくれなんて。なにかあると思うのが普通じゃない」

「いや……はい、その通りです」

 急に冷静に指摘されたので思わず敬語になってしまった。いくら僕が口八丁な奴でも、どうにも姉貴には通用する気がしない。ここは短期決戦に賭けるとしよう。

「じ、実は、す、好きな子ができて、その子がくまっくまが好きだって言うから、僕がくまっくまのハンカチを持ってれば会話のきっかけになるかと思って……」

 好きな子というのは嘘だが、目的自体は嘘ではない。虚実織り交ぜることで真実味を出して、姉貴の目をかいくぐろうというわけだ。

「あーそーそういうこと。なにそのかわいい理由。ほーんとひのとちゃんは奥手なんだから」

 姉貴は語尾に黒色のハートマークでもついていそうな声音で、ニヤニヤしながら僕の方を見てくる。

 ぐっ、我慢だ我慢。

「いいわよいいわよ、そういうことなら」

「あっ、ありが――」

「た・だ・し、結果がどうなったかは教えなね。ま、聞かなくても分かるだろうけど」

「それってもちろん、僕の恋が成就するってことだよね」

「へぇー、あんたすごいじゃん。寝てもないのに寝言が言えるようになったなんて。それとも、実はいまも寝てるとか?」

「嫌味が酷い!」

 これでも姉かね、本当に。

「そんであんたが好きになった子って、この間うちに来た子?」

 姉貴は野菜マシマシにしたラーメンのように積み重なった洋服の山を崩しながら、僕に訊ねてくる。この間というのは、沙羅ちゃんと大食いしに行く前の日に来た杉咲季さんのことだろう。

「いや、違うけど」

「そ、なら良かった。あの子はあんたにゃ手に負えないだろうから」

「それってどういう――」

「ほれあったぞ。下でアイロン掛けでもしといで」

 姉貴はハンカチとは名状し難い、くっしゃくしゃになった布を僕に手渡した。

 使用感は十分すぎるほどに滲み出ているが、大切にしている感は干からびている。

 さすがにこのまま持っていくのはどうかと思うので、僕は姉貴のアドバイスに従い、一階に下りてアイロン掛けをすることにした。


 翌日の放課後、僕は又隣先輩と約束している図書室へ向かった。

 ズボンのポケットの中には昨日姉貴から借りたくまっくまが何匹、いや何体か? とにかくいっぱいくまっくまが描かれたハンカチが入っている。

 室内に入るとすでに先輩は勉強をはじめていたので、軽く会釈してから隣に座ると、僕も早速勉強を開始した。

 ハンカチを見せるタイミングがやってきたのは、それから一時間くらい経ってからだった。

 昨日と同じように休憩を兼ねて自販機のところに行くと、僕はコーラを買って先輩にバレないようにシェイクしてからプルタブを開けた。

 もちろんメントスはなくてもコーラは吹き出し、それを意図的に自分の着ているYシャツの上へこぼした。

「おいおい大丈夫か?」

「大丈夫です先輩、すぐ拭きますから」

 僕は満を持してポケットからハンカチを取り出すと、両端を掴んでバサッバサと上下させ、先輩に絵柄を見せてから拭きにかかった。反応してくれればいいのだけど。

「あぁ、それは……」

「あっ、これですか。これは姉貴の――」

「くまっくまがかわいそう」

「えっ、かわいそうって?」

「だって拭くのに使ったらかわいそうじゃないか」

「いや、ハンカチって濡れたものを拭くのに使うものですよね」

「そうだけど、水とかならともかくコーラはちょっと……とにかくそういうわけだから、それを使うのはやめてくれ」

 そう言うと先輩はポケットからチェック柄のタオル地のハンカチを出し、僕の体を拭きはじめた。

 うわぁーすごくいい匂いがする。シャンプーの匂いかな。ふひひひ……って落ち着くんだ僕。なんだよふひひひひって。

 結局、高鳴りまくった心臓の音が聞こえてしまっているんじゃないかと思うくらいの近距離から先輩が離れるまで、僕の体液は電気ケトルに入った水のように、沸点へ向けて温度が上昇し続けたのだった。

「よしっ、これである程度目立たなくなったな」

「ありがとうございます。それにしても先輩って本当にくまっくまが好きなんですね」

「そりゃもう。あのつぶらな瞳で見つめられると、もうそれだけで……」

 いつもの凛としていて年相応より大人びて見える表情と違い、実年齢よりも幼く見える無邪気な顔でうっとりする先輩の姿に、ようやく落ち着いたはずの僕の体温が再度上昇してしまう。このギャップはズルい、ズル過ぎる。なにがズルいのかは分からないけど。

「さっ、そろそろ戻って勉強するとしよう。帰るまでもうひと頑張りだ」

「はい」

 僕は缶の中に残っていた炭酸の抜けたコーラを一気に飲むと、いつもの凛々しい表情に戻った先輩と一緒に図書室へと戻った。

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