沙羅ちゃん
昼休み、僕は昨日と同じように食堂へ来ていた。計画の内容も昨日と同じだ。なにせなにも達成できなかったからな。
日替わり定食の食券を手に丼さんを待っていると、昨日とほぼ同じ時間に友人ふたりと一緒に入ってきた。そして券売機でこれまた同じく日替わり定食を頼んだ。
よし、今日こそは決めてみせるぞ。あの苦労の成果を活かしてやるぜ。
丼さんより少し先に食券を渡すと、昨日と同じように「日替わり一丁あがり!」の声がおばちゃんから上がった。
誰も声を上げないので丼さんが「あっ――」と声を上げたところで、僕は声を被せた。
「すみません、ありがとうございます」
「ありゃ、確かこっちのお兄ちゃんの方が先に頼んでたわね。お嬢ちゃんはもう少し待っててちょうだい」
そう言っておばちゃんは僕に今日の日替わり定食(今日は焼肉だ)が乗ったトレイを手渡した。
僕は受け取るや否や、流れるようにそれを丼さんの方に向けて、言い放った。
「きっ、君も一緒のメニューだったんだ。僕は後でいいから、どうぞお先に」
多少声は上ずったが、用意しておいた台詞を少し噛みつつもしゃべりきり、僕は焼肉定食の乗ったトレイを丼さんに渡した。
「いいんですかぁ、どうもありがとうございます」
丼さんは愛嬌のある笑顔を浮かべると、小さくお辞儀をして列から離れた。よーし! よしよし! 修行の成果が見事に発揮できたぞ。
かなり過酷で辛いものではあったけど、ありがとう、杉咲季さんのおかげです。
歓喜の報告をしに行きたいところだったが、計画はまだ実行中だ。
昨日と同じく周囲からの冷たい視線に耐えながら杉兄と檜が確保していた四席分を空け、彼女たちが座り込んだところに、僕も乗り込んでいった。
「ここ、座ってもいいかな」
僕は目の前に座する丼さんに声をかけた。今度は割と自然に発声できたぞ。
「どうぞどうぞ、あっ、さっきはありがとうございました」
「いやいや、僕は二年の大慈弥丁。以後お見知りおきを」
「左様ですか。それじゃあジミー先輩って呼んでいいですか」
「もちろん」
「ではではよろしくお願いします、ジミー先輩。わたしは一年の丼沙羅です。沙羅って呼んでください」
「了解、沙羅ちゃん」
他のふたりの女子も自己紹介をしたが今回のターゲットではないので、マコちゃんとドロリンという呼び名だけ覚えておくことにしよう。
「いつもはここに来ないんだけど、今日は昼ご飯持ってくるの忘れちゃってさ。沙羅ちゃんたちはいつも学食なの?」
「そうですね、ほとんど毎日。学食って安いのに量が多くてお腹一杯になれるから、ついつい来ちゃうんですよ」
「そう言いながら教室に戻ってからも、メロンパンとかあんぱんとか食べるじゃん」
「それにお菓子もね」
「甘いものとかお菓子はデザートだからだよ。主食じゃないから別腹別腹」
丼さん改め沙羅ちゃんは、口角を上げて朗らかな笑みを浮かべる。
「部活とかってなにかやってる? 僕はワンダーフォーゲル部に入ってたんだけど、最近廃部になっちゃって」
「廃部ですか。それまたなんで?」
「まあ……部員不足って感じかな。それより沙羅ちゃんは?」
「わたしも入ってますよ。せっかくだから何部か当ててみてください」
「そうだなぁ、それじゃあ……料理部とか?」
「すごーい! 先輩正解です。もしかしてエスパーなんですか?」
「いやいや、きっと沙羅の体型を見て判断したんだよ。この子は食いしん坊だなって」
「この豊満な体つきを見て、ね」
そう言いながら、ドロリンが沙羅ちゃんのお腹の肉をつまむ。
うーむ、なんかエロいな。ガン見して変態扱いされては計画がパーになってしまうので視線を逸らさなくてはならないのだが、どうしても横目に入ってしまう。いやはや、哀しい性だ。
「むー、そんなことないもん。ねえ先輩?」
「えっ、ああ、そうだね。ちょっとした勘ってやつだよ」
言えない、事前にデータをもらっていたからだなんて。
「それで料理部って普段はどこで活動してるの? やっぱり家庭科室とか?」
「そうですそうです」
「クッキーとかパンケーキとかつくったりするの?」
「そうですねぇ、予算がカツカツなのでそういったお菓子系が多いのは確かなんですけど、たまーにどーんといいお肉を買ってきて、みんなで焼いて食べることもあるんですよ。百グラム千五百円の和牛とか。でもでも、みんなで分けるからほんのちょっとしか食べられないんですけどね」
「そいつは残念だね」
心底無念そうに語る沙羅ちゃんの話に相槌を打ちつつ、彼女の食事の進捗度合いを窺う。結構しゃべっていたのに食べる手は止めていなかったらしく、すでに八割方食べ終わっていた。この辺がちょうどいい頃合いだろう。
僕は杉兄から借りた腕時計を見やると、とぼけた口調で言った。
「おっといけない、そういえば先生に呼び出されていたんだ。すぐに行かないと」
「えっ! 全然食べてないじゃないですか」
沙羅ちゃんの言う通り、僕は焼肉定食に添えてあったパセリにしか手を付けておらず、限りなく受け取ったときのままに近い状態だった。
「僕も食べたいのは山々なんだけど、なんか忙しいらしくて時間厳守で来いって言われてるんだ。そこで相談なんだけど、もし良かったら百グラム千五百円の和牛には遠く及ばないけど、残すのはもったいないからこの焼肉定食を食べてくれないかな」
「もちろんいいですよ、喜んでお引き受けします」
「ありがとう、助かったよ。どうも食べ物を残すのには抵抗があって。今度なにか埋め合わせするからさ。それじゃあ僕はこれで」
軽く右手を挙げると、僕は沙羅ちゃんたちを残して席を立ち、昨日とは違い悠然と食堂を後にした。
もちろん教師に呼び出されてなどいない。杉咲季さんのデータから鑑みて沙羅ちゃんは食べることが好きだと予想していたので、なにか理由をつくって彼女にご飯をご馳走することで仲良くなろうとしたのだ。
しかし親しくもないのにいきなりご飯を奢るよなんて僕には到底言えないので、食べ残してはもったいないから食べてくれないかとこちらがお願いすることで目的を達しようとしたのだ。
さらにそうすることで奢った場合と違い、この間のお礼という名目で彼女に会いに行きやすくなるという狙いもあった。
計画通りに事を運び廊下に出ると、すぐさま杉咲季さんに確保され、昨日のように廊下の端へと連れていかれた。
「やればできるじゃないですか」
「それもこれも昨日の修行があったからだよ。あれに比べればどうってことないからね」
「そうですね、幼女に不審者扱いされるのに比べたら、大したことないですよね」
「思い出さないで!」
「しかしこんなことくらいで、果たしてどれ程の効果があるのやら」
「そこは僕にもなんとも。明日の昼休みに彼女の教室に会いに行ってみようと思うけど、果たしてどうなるかな」