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スクールソックス☆ウォーズ  作者: 三下下膳
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スカウト

「フッ、今日もここは変わらないな」

 昼休みになってすぐにやってきた屋上で、僕はグラウンドに面したフェンスに背中をあずけながら唇を動かすと、持ってきたメロンパンの袋を開封した。

 うちの学校も他の多くの日本の学校と同じで屋上は施錠されているはずなのだが、なぜか鍵が開いているのに気づいたのは二年生になってすぐのことだった。

 それ以来、昼休みになると僕は学内の喧騒から離れ、自分以外誰もいないこの場所で時間を過ごすのが日課になっているのだ。

 一陣の風が吹き抜け爽やかな心地になった僕は、眩しさに目を細めながら雲ひとつない空を見上げて言った。

「うーん、どうにも太陽って奴は眩しすぎる。やはり夕空の方が僕にはお似合いだな」

 メロンパンを一口かじり、水筒の麦茶を軽く口に含む。本当はパンには牛乳派なのだが、乳糖不耐性なのですぐにお腹が下るため、学校ではNGだ。

 その後は黙々とメロンパンを食べ進め、次の焼きそばパンを食べ終えると、僕はポケットから長さ八十ミリメートルほどの細長い棒状のものを取り出し、人差し指と中指で挟みつつ、口に銜えた。

「まいったな。こんなもの吸うのは止めなくちゃならないってのに」

 僕はそう言うと軽く息を吸い、唇から棒状のものを離すと大きく息を吐き出した。

「今日も沁みるな……こいつの味は」

 余韻に浸り終わり、再びポケットにしまおうとしたのだが、その際にうっかり先っぽが折れてしまった。やはり削りすぎてはダメだな、鉛筆ってのは。

 健康に害のある煙草と違って、主成分は粘土と炭素からなる元素鉱物のグラファイトであり、黒鉛と名乗ってはいるが実際に鉛は入っていないので毒性はないわけだが、そもそも異物を口に銜えるのはどうかと思うし、衛生的にもよろしくないだろう。止めなくちゃならないのは分かってるんだけど……渋かっこいい雰囲気に浸れるんだよなぁ。鉛筆これ銜えると。

「さてと、そろそろ行くとするか――」

「さっきからなにをひとりでブツクサ言ってるんですか」

 リュックを左肩にかけてドアの方へと向かおうとした僕に、誰もいないはずの屋上からなんとも捉えようのない女子の声が届いたもんだから、「うわっぼばぁぁあ!?」と奇声を上げてしまったのも仕方がないというものだ。むしろ小便を漏らさなかっただけ、自分を褒めてやりたいくらいだ。

 体を捻じって声の方に目を向けると、そこにいたのは昨日知り合ったばかりの同級生――くまのぬいぐるみのようにかわいらしい見た目に、敬語なのに全然敬意を感じさせない口調の女の子――杉咲季すぎさきさんだった。

「えっ、えええっと、えーっと、ど、どうしてここにいるんですか?」

 しまった。つい僕まで敬語になってしまった。

「どうしてと言われれば、あなたと同じように昼食を摂りに来たということになりますね」

「いや、そうじゃなくって、僕がここに来たときは誰もいなかったはずだよ。その後ドアが開いた音もしなかったし」

「だとしたら大慈弥おおじみさんの目と耳が悪いんでしょう。それで、なにをブツクサと言っていたんですか。イマジナリーフレンドでもいるんですか」

「いや、そういうわけじゃなくって、あれは単なる独り言で……っていうか、どの辺から見てた?」

「どの辺かというと、『フッ、今日もここは変わらないな』と不気味にニヤつきながら言ったところからですね」

「最初も最初じゃないか! ああっ、なんてこった……」

 誰もいないと思っていたからこそ、自身の中のナルシズムを解き放っていたというのに……うわぁぁぁぁ! 恥ずかしいぃ!

「それでですね、わたしがここに来たのは食事の他に『昨日の件』について再度大慈弥さんにお願いをしに来たからなのですが」

 恥ずかしさのあまり発狂しそうになっていた僕をよそに、杉咲季さんは淡々と用件を告げた。それにより僕もどうにか冷静さを取り戻すことができた。

「……申し訳ないけど、やっぱり僕には手伝うことはできないよ」

「そうですか。それでは仕方ありませんね」

「ほんとにごめ――」

「でしたら、『お願い』ではなく『脅し』に切り替えさせてもらいます」

「えっ?」

『フッ、今日もここは変わらないな』

 杉咲季さんが僕の方に向けたスマホの画面に映っていたのは、不自然に片側の口角を吊り上げ、歯の間に詰まった食べカスでも舌で取ろうとしてるような間の抜けた顔をする男――僕、大慈弥丁ひのとだった。

 あれーおかしいな。ほんとはもっとカッコよくニヒルに笑っているつもりだったのに……って、っちょっと待って!

「な、な、ななななっ、なんで撮ってるの!?」

「ですから、あなたを脅すためです。こちらの要求を呑んでいただけないのであれば、この動画を学内にばら撒かせていただきます」

「なに言ってんの!? 正気か?」

「本当はわたしだってこんな真似はしたくないんです。スマホの容量が無駄になりますから」

「勝手に盗撮しといてなんて言い草! だったら消せばいいじゃないか」

「そうですね。それでは」

「良かった、分かってくれたんだね」

「はい。クラウド上で保存することにしたので、スマホ本体からは削除しました。これで容量が無駄にならずに済みます」

「いや、違うんだって! そういうことじゃなくって……」

「ですから、わたしたちに協力してくれさえすれば削除します」

「うっ……」

 僕はつい言葉に詰まってしまう。そもそもどうしてこんな目に合っているかというと、話は昨日の放課後に遡る。

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