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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛

知らない人に婚約破棄されました

作者: フーツラ

最後までお付き合い頂けたら幸いです。

「マリア。君との婚約を破棄したい」


「えっ……」


「突然のことで戸惑う気持ちは分かる。しかし……私には他に愛する人が出来てしまったのだ……」


「いえ……そうではなく……」


 この人、誰?



 静かな湖の辺り。聞こえるのはカエルの鳴き声ぐらい。


 私は知らない男に婚約を破棄されようとしている……。


「マリア! 君が私のことを心から愛してくれているのは分かっている!! しかし……それにはこたえられない……」


 勝手に感情を昂らせ、男はポロポロと泣き始めた。


 私は夢でも見ているのだろうか? どれだけ記憶を漁ってみても、目の前の男のことを思い出せない。


 間の抜けた顔に、不自然なほど豪華な格好。劇団の役者か芸人みたい。私は揶揄われている?


「可哀想なノビオ様!」


 バシャァァ! と突然、湖から女が這い出してきて叫んだ。驚きのあまり腰を抜かし地面にへたり込んでしまう。


「おぉ! シズエット!! 私の愛しい人!!」


 ノビオと呼ばれた男はびしょ濡れの女をきつく抱き締める。そして、見つめ合ったかと思うと、接吻を始めた。


 ──音を立てながら。


 もう帰っていいかな? ここ、王都の東の湖だよね? デートスポットで有名な。歩いてもすぐだし、この辺りは魔物も滅多に出ない筈。


 もっとも、醜悪な魔物が二体、目の前にいることはいるのだけれど……。


「あの、行ってもいいでしょうか?」


「あっ、済まない! 追い討ちをかけるようなことをしてしまって。シズエットに対する愛を止められなくてな」


「もう! ノビオ様ったら!」


 死ぬか? お前達死ぬか!?


「帰ります!!」


 怒りに任せて大声を出すと、シズエットが「きゃっ怖い」と悲鳴を上げ、ノビオがそれを庇うように前に出た。


「悪いのは全て私だ! シズエットは何も悪くない。もし罪があるとしたら……その美しさ……」


「もうもう! ノビオ様ったら! っったら!!」


 気がつけば爪を噛んでいた。心に負荷がかかり過ぎたみたい。


 いけない。ここは危険よ。一刻も早く立ち去らなければ。


 私は全ての感情を殺して二人を視界から追い出し、早足で歩き始める。


 背後からはキャッキャとじゃれ合う声がするが、振り返ってはいけない。深淵をのぞくようなもの。必ず私に跳ね返ってくるわ。


 耐えるのよ、マリア。これは何かの間違いに違いない。屋敷に戻って一晩寝れば、全て元通りに戻っている筈。


 ドレスの裾が汚れるのも気に留めず、私はひたすら前へ前へと足を踏み出した。明日はきっと普通の日が訪れると信じて。



#



「ねぇ、マリア。ノビオ様に婚約破棄されたって噂、本当なの?」


 王立魔法学院で授業を受けている間は日常だった。しかし休み時間になり、伯爵令嬢レイチェルの悪戯っぽい一言で全てが壊されてしまう。


「……どうしてそのことを?」


「えーっ! やっぱり本当だったの? マリア可哀想ぅ。あんなにもノビオ様のことを慕っていたのに」


 んなことない。あり得ない。そもそも私はノビオなんて昨日まで知らなかったのだから。


「ノビオがなんだっていうのよ!!」


「……マリア。呼び捨てはまずいよー。ノビオ様は王太子なんだから」


「えっ、あんな奴が!? 正気なの!?」


「ちょ、ちょっと! 私まで巻き込むつもり? し、知らないからねっ!」


 周囲の視線を気にして後退りし、レイチェルは逃げるように去っていく。静寂の中、一人ぽつんと残された。


 ノビオが王太子? 王太子はアルフォンス殿下の筈なのに……。一体全体、何がどうなっているの?


 いつまで覚めない悪夢を見ている気分だわ。とても授業を受ける気になれない。


 私はサボることを決心し、学院校舎の階段を無心で昇り始めた。


 途中、すれ違う貴族の子女達が「ノビオ様に……」「可哀想に……」なんてことを言っていたが、炎の魔法で消し炭にしなかった私はとても辛抱強い。偉いぞマリア。とにかく偉い。



#



 校舎の屋上は授業をサボるのには定番の場所で、やさぐれた貴族子女の溜り場になっていた。


 しかし今日は誰もいないみたい。ちょうどよかった。


 ベンチに腰を下ろして雲一つない空を眺める。私の暗澹たる内面との落差に、世界から見放されたような気分になった。


「はぁぁ。なんなのよ」


 全く訳が分からない。私がおかしくなったの? それとも私以外? 周りの様子を見る限り、変なのは私のように思える。


 皆はノビオのことを当たり前に知っている。きっと、シズエットのことも知っているのだろう。あんな狂った女が王太子の婚約者ってこと? ヤバすぎる。


 ギギギッ。とドアが開き、背を丸めた男が屋上に出てきた。私と同じように暗い雰囲気を醸し出している。


「……アルフォンス殿下?」


 こちらを一瞥もせず、すーっと屋上の端まで歩いていく。そして手すりに手を置いてぼんやりと空を眺め始めた。


 レイチェル曰く、ノビオが王太子らしい。となるとアルフォンス殿下は一体どのような立場なのだろう? 第一王子から第二王子になっている?


 手すりに顎を乗せ、寝そべる様に項垂れるアルフォンス殿下。私の知っている殿下はいつもキリっとして近寄り難いお方だったけれど、今日は違う。


 ちょっと話をしてみたい。


 そう思ってベンチから立ち上がりゆっくり近づく。殿下は私に一切気付く様子はない。


「アルフォンス殿下」


「ヒッ!」


 私の声掛けに身を捩って驚くアルフォンス殿下。そんなに驚かなくてもいいのに……。


「ごめんなさい。驚かせてしまって」


「……はぁはぁ。ふぅー。いや、大丈夫。ちょっと神経質になっているのだ。君は確か侯爵家の……」


「はい。マリアです。ところで、何かあったのですか? いつもの様子とは余りにも違うので、つい声を掛けてしまった次第なのですが……」


「昨日からおかしなことばかりだよ……」


 殿下はまた項垂れる。


「それはノビオに関わることでは?」


「……まさか君も!?」


「はい。昨日、気が付いたら東の湖にいて、いきなり現れたノビオに婚約破棄をされました」


「私もだ! 気が付いたら湖の辺りにいて、びしょ濡れの女に婚約破棄をされたんだ!」


「シズエットですね?」


「あぁ。ノビオという輩も現れて私の前で接吻を始める始末。そして何より驚いたのは、私が──」


「王太子の地位を追われていたこと?」


「そうだ! いつの間にか第二王子になっていた!!」


 それから二人でベンチに座り、お互いの状況を確認し合った。やはりアルフォンス殿下は私と同じ。昨日まではノビオとシズエットのいない世界に生きていた。


 それが急に現れた二人に滅茶苦茶にされたのだ。


「マリア。この世界を元に戻すために協力してくれないか?」


「もちろんですわ。私だってノビオに婚約破棄された女なんて汚名を背負って生きてはいたくありません」


「共に戦おう」


 差し出された右手に一瞬ドキッとし、ゆっくりと握手をする。この世界にも味方がいる。その事実が私を安堵させた。


 それはきっとアルフォンス殿下も一緒で、少し潤んだ瞳を私は見逃さなかった。



#



「皆に私の愛する人を紹介しよう! シズエット、出ておいで!」


 ドゴオオンンッ! と音が響き、大広間の壁に穴があいた。そこからドレス姿のシズエットが現れる。


「なんであの女は普通に登場できないのよ……」


「しかし、とんでもない力だ。アレがノビオの近くにいるのは厄介だな……」


 私とアルフォンス殿下はノビオとシズエットの婚約披露パーティーに参加していた。元の世界に戻す鍵はやはりあの二人にあると睨んでいるのだ。


 笑顔のシズエットが壇上に上がり、ノビオの横に立つ。途端、参加者から盛大な拍手が送られ、二人は得意気だ。


「納得いきませんわ」


「あぁ、私もだ」


 ノビオがシズエットとの馴れ初めを語り、それを聞いた貴族の娘達がキャーキャーと騒ぐ。やはりこの世界は狂っている。早く正さないと。しかし、どうやって……?


 ノビオの立場は王太子。迂闊に手を出せる相手ではない。何か弱点はないものかと観察しているけど、今のところ見当たらない。ただただ気持ちが悪いだけね。


 一方のシズエットは隣国の第二王女という話。なんで第二王女が単身、このバラント王国にいるのかは謎だけど……。シズエットへの攻撃は国際問題に発展する可能性がある。


「……単純に二人を消すのは難しそうですね……」


「……シズエットはあの怪力だし、ノビオの方は賢者並みの魔法の使い手らしい……」


「……二人に悪意がなさそうなところも厄介ですわ……」


「……あぁ。何かするとこちらが一方的に悪者になる……」


 アルフォンス殿下と小声で話し合うが、どんどん暗くなってしまう。手が見つからない。何かないのか──。


「私達は東の湖で永遠の愛を誓ったのだ!!」


 ノビオが声高々に曰った。


「……そうだ。東の湖に行ってみましょう。私もアルフォンス殿下も、日常が狂い始めたのはあの場所からです。あそこに何か原因となるものがあるかもしれません……」


「……分かった。早速行ってみよう……」


 もうこれ以上、婚約披露パーティーに付き合っていられないという気持ちもあり、私達はコソコソと大広間を抜け出したのだった。



#



「せっかくいい湖が見つかって移住してきたのにさぁ、やたら人間のカップルがやって来てイチャイチャするのよ」


 湖に来てみると、異様な光景が広がっていた。


 猫ぐらいの大きさのカエルが湖の淵に立ち、魚を集めて何かを語っている。あの生き物はなんだろう? 魔物?


 状況が分からず殿下と二人、大木の影に隠れて様子を窺う。


「もうね、すぐにチュッチュするの。恥じらいもなく。いや、俺もね、最初は我慢してたのよ。でもさ、ほぼ毎日誰かしら来てさ、よろしくやってるのよ! いくら寛容なこのヴォジャノーイ様とはいえ、流石に我慢の限界になったわけよ!」


 魚達が尾鰭をバシャバシャとさせ、興奮している。


「だから偉そうな貴族の男女がイチャイチャ始めた時に、世界改変の力を使ってやったのさ! そしたらどうなったと思う?」


 魚達が飛び跳ねて続きを催促している。カエルの魔物は随分と楽しそうだ。


「なんと! 二人は別々のカップルになり、おまけに相手に婚約破棄されてやんの!! 傑作だろ?」


 魚達は興奮の余りに気絶し、腹を上にして浮かんだ。それをカエルの魔物が拾い上げ、一口で飲み込んでいる。悪夢のような光景。


「……アルフォンス殿下。あれは?」


「……もしかしたら精霊かもしれない……」


「……精霊?」


「……あぁ。カエルの姿をした精霊の話を聞いたことがある。大精霊に匹敵する力を持っているらしい……」


「……アレがですか?」


 カエルの精霊? は水面に浮かんだ魚を全て平らげた後、パタリと倒れて昼寝を始めてしまった。


「どうしましょう? 捕まえますか? この世界になった原因はあのカエルの精霊のようですけど」


「しかし、怒らせるのは不味い……」


「いえ、アルフォンス殿下。逆ですよ。怒らせた方がいいのです。アレはどうやら、怒った時に世界改変の力を使うようなので」


「……なるほど。では怒らせるとしよう」


 ツカツカと歩き出した殿下はカエルの脇にしゃがみ、大きく息を吸う。そして──。


「蛇だぁぁぁ!!」


「わぁぁぁー!!」


 勢いよく跳ね起きたカエルは辺りを真剣に見渡している。


「へ、蛇は?」


「嘘だ!」


「なっ!? 人間! 私を騙したのか!?」


「騙される方が悪い」


 アルフォンス殿下は腕を組んでカエルを睨みつけている。私も隣に立って真似をした。


「うん? お前達……なんで一緒にいるんだ? 確か別々のカップルになった筈なのに……」


 やはりそうだったのね。私の本当の婚約者はアルフォンス殿下だった……。


「ふん。いくら世界が変わろうとも、私のマリアに対する愛は普遍だからだよ」


 あぁ、殿下……。


「なんだと!! 人間の癖に生意気な!!」


「どうする? また世界を改変して私達の仲を裂いてみるか?」


「こ、後悔するなよ!! 今度こそ!!」


 ゲロ! っとカエルが口の中から七色に輝く球を吐き出した。それは絶えず色が混ざり合い変化している。


 カエルはそれを両手で挟み込んで力を込めた。


「こんな世界! 嫌いだぁぁぁぁぁ!!」


 ──バリン!! っと七色の球が弾け、スッと光が広がった。


「ふぅふぅ……これでまた世界は変わっ……た」


 疲れ果て、パタリと倒れこむカエルの精霊。


「アルフォンス殿下……」


「マリア……。王都に戻ろう」


 一体世界はどのように変わったのか? ノビオとシズエットは……?


 アルフォンス殿下は私の手を取り、王都に向けて歩き始めた。



#



「あら、マリアどうしたの? そんな思い詰めた顔をして」

 

 一度アルフォンス殿下と別れて王立魔法学院に顔を出すと、いきなり伯爵令嬢レイチェルに捕まってしまった。


「私、そんなに酷い顔してた?」


「うん。殿下と何かあったのかしら?」


「えっ? ……いえ。何もないわよ」


 殿下……。これはノビオのこと? それともアルフォンス殿下のこと?


「ところでレイチェル。私の婚約者って誰?」


「はぁ? 何を言ってるの? アルフォンス殿下でしょ?」


「そうよね! ありがとう!! じゃあね」


 晴れやかな気分になり、軽い足取りで階段を駆け上がる。すれ違う学院の生徒達は私の様子に驚いている。


 屋上の扉を開け放つと、雲一つない空が広がり、私の内面を表しているようだ。


 気持ちいい。


 世界が私を認めてくれている。


 少し落ち着いてベンチに座り、余韻に浸っていると屋上の扉があいた。きっと──。


「マリア! やったぞ!」


 ──アルフォンス殿下だ。


 殿下は子供のような笑顔でこちらに駆け寄り、私に飛び付いてくる。


「私は王太子に戻っていた!!」


 グッと抱き寄せられ、荒い息遣いを首元で感じた。


「おめでとうございます」


「ところでマリア……」


 殿下は少し私から離れ、真剣な表情になった。


「なんでしょう?」


「この世界では私の婚約者はマリア、君みたいなんだ」


「……はい」


「もし、君が嫌でなければこのまま結婚してほしい」


「喜んで」


 アルフォンス殿下はごく自然に私に口づけをした。嬉しく、とても懐かしい。



「ところで殿下。ノビオとシズエットは何処にいったのかしら? 完全に消えてしまった?」


「その件なんだが……」


 殿下は懐から何かを取り出した。


「王城の人達に彼等の名前を知っているかと聞いたら、この本を渡されたんだ」


「本ですか?」


 それは酷く古びている。


 手渡されて見てみるも、掠れていてタイトルも読み取れない。


「その本のタイトルはね──」


「まさか、【ノビオとシズエット】ですか?」


「それは読んでのお楽しみだよ」


 そう言ってアルフォンス殿下は笑い、不機嫌そうにする私にまた口づけをして誤魔化すのだった。

異世界恋愛短編、投稿しました!

『声なき聖女の伝え方』

https://ncode.syosetu.com/n8427hx/

是非!



滅茶苦茶だったけどなんか楽しめたよ! って方、いらっしゃいますか? いらっしゃいましたら、ブックマークや下にあります評価★★★★★をポチッと押してくださるとめちゃくちゃ喜びます!!

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[良い点] ノビオとシズエットがロミジュリと青い猫ロボの合体させてて笑っちゃいました 世界改変……なんて恐ろしい力!! 短編でここまで展開が目まぐるしく変わるとは……こんがらがりながらも、2人が無事ゴ…
[一言] まさかの国民的漫画? ヴォジャノーイって蛙だけど、実は青狸だったりします?いや、青蛙か? 休憩中に笑わせていただきました。 ありがとうございます。
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