君の瞳にあいしてる~瞳の力に目覚めた令嬢は王太子殿下を守りたい~
思いのままに書いてしまいました。
綺麗なふわふわの金髪に、しなやかな身体。整った顔立ちに長い睫毛とエメラルドのような深い翠色の瞳。
アデルファームス侯爵家の末娘、シアナはそれはそれは美しい娘だった。
顔を質の悪い牛乳瓶の底のような黒縁眼鏡で隠さなければ……の話だが。
◆◆◆◆◆
アデルファームス家にシアナが産まれたのは16年前の雪の日だった。リンデン・アデルファームスとミモザ・アデルファームスの間に産まれたはじめての女児だった。
10年前に男の子の双子を設けた夫妻の久しぶりに出来た子であり、それはそれは家族中で可愛がった。
仲の良い両親とやんちゃな双子の兄、末っ子の愛娘。ありふれた穏やかな家族の日々にその力は突然現れた。
シアナが5歳の春である。
兄のフィルとウィルが絵本を読みながら、文字を気まぐれにシアナに教えてあげた日の夜のことである。
いつものように王宮での仕事から帰ったリンデンがシアナを抱きとめ、その可愛らしい顔を愛でた瞬間である。
「か わ い い?」
「ん?そうだぞ、シアナは世界一可愛い私の娘だ」
「……で も?」
「んん?」
「み も ざ が い ち ば ん」
「ゴホッゴホッ!ど、ど、どうしたのだシアナ!」
「あのねぇ?パパのおめめにそうやってかいてあるの」
顔を真っ赤にしたリンデンと同じくミモザ、まさかの両親の仲睦まじい様を見ることになった双子はまさかそれが文字通りとは思わなかった、最初は。
表情や態度からその人の心に秘めた思いが他人に知られているというような慣用表現かと家族の誰も信じることが出来なかった。
しかし、それはすぐに覆された。
「あのね、フィルのあめめにテストヤバいとかいてあったわ」
その日、フィルのベッドの下に両親に見せていないテスト用紙が発掘された。0点だった。
「ねぇ、ウィルおにいさま。ミーシェすきだ、とおめめにかいてあるけどだあれ?」
言った瞬間にウィルの顔は真っ赤に染まり、部屋を飛び出してしまった。後からフィルが、ミーシェというのはクラスメイトなのだと教えてくれた。
こんなことが毎日のように起きた。
そして家族の全員がシアナの能力を認めた。
シアナにはその人の感情や思っていることが、その人の瞳に「書いてある」ように見えるのだと。
とはいえ、人の瞳は小さい。文字数も限られるのと、顔と顔をかなり近づけないと瞳に書かれた文字は見えないのだが。
両親と兄たちは、シアナがその力で困らないようにその力をみだりに使ってはいけない。見えたとしても言ってはいけない。何度も教育した。それは家族の愛ゆえだった。
「その力はね、相手の心を踏みにじってしまうこともあるんだよ。だから気をつけて使わなくてはいけないよ」
普段シアナに甘いリンデンもその時ばかりは厳しい表情だった。
その日からはみだりに人の顔を、瞳を見ることを避けるようになった。明るく無邪気だったシアナは少しずつ元気がなくなり、友達を作ることも無く、家の中に閉じこもるようになった。
両親や兄たちは「別に私たちはいくら瞳を見られても構わないよ」と瞳を見ることを嫌がらなかったが、シアナは挨拶の時以外は決して瞳を見ようとはしなかった。
◆◆◆◆◆
そして11年が経った。活発な少女は大人しく、本を愛するおとなしい令嬢になっていた。シアナはこの年に成人する。
フィルは王都の騎士団に入団し、ウィルは文官になったらしい。いずれどちらかがこの家を継ぎ、シアナはどこかの家に嫁ぐ必要があった。
いつものように休日の午後をフィルとウィルとシアナの3人はガゼボで過ごす。幼い時からの習慣だったが、この年になっても欠かさない。仲の良い兄と妹である。
「シアナが成人したって、シアナが幸せでいられるならば、ずっとこの家にいたらいいじゃないか」とフィル。
「うう……いやだいやだ。嫁になんか行かないでくれええ!」とウィル。
立派なシスコンの兄たちは、不思議な力を得てしまったシアナの身を案じていた。
「ふふ、お兄様たちはお優しいのね。そんな冗談ばかり言って。でも家で本ばかり読んでいる私みたいな女を貰ってくれるような方はいらっしゃらないと思うわ。それにこんな気味の悪い力もあるし」
シアナは読んでいた経済学の本を閉じ、テーブルの上に置いた。
「そんなことないさ。シアナは世界一可愛いし、賢くて優しい自慢の妹さ」
「気味が悪いなんてそんなことを言わないでおくれ。俺たち家族はシアナを心から愛しているんだから」
2人の瞳には(シアナかわいい)(嫁なんかやらん)と書いてある。
シアナは久しぶりに2人の瞳を見てしまった。うっかり顔を見ると、瞳を読んでしまうので避けていたのに。心の中で2人に謝罪した。シアナは充分に大人になり、瞳に書いてあることを、何でもかんでも伝えるようなことはしないと心に決めている。だから心の中で謝った後、(お兄様たち、ありがとう)と心の中で呟いた。
「シアナー!デビュタントは行けそうかしら?」
ミモザは手にたくさんのデザイン画を持ちながら遠くから手を振っている。朝から仕立て屋に出かけるとは聞いていたが、まさかあのデザイン画は自分のデビュタントのドレスなのかと思うと目眩がした。
16歳になる貴族令嬢は王宮の舞踏会でデビュタントをしなければ成人とは認められない。シアナは大勢の中で、瞳の中の感情を読むのが苦手だ。人の悪意を可視化されるというのは辛いものがあるからだ。一度父に連れられて行ったパーティは酷いものだった。口から出る嘘みたいなお世辞や美辞麗句の反面で、瞳には妬み、嫉み、憎悪、嘲り……悪意のオンパレードだったからだ。それからパーティの類は避けて通ってきた。
しかしながら、シアナは貴族に産まれた義務もしっかり理解していて、デビュタントだけは参加するしかないと諦めている。
「お母様、おかえりなさい。……デビュタントは行きたくありませんが、行くしかないときちんと理解していますわ。がんばります」
「シアナが行きたくないというのはわかるわ。お母様もパーティは嫌いだわ。綺麗な装いの裏で人の悪意が煮詰まったような場所でもあるから」
そういうとシアナにウインクした。
「まぁお母様ったら」
「でもね、デビュタントは生涯に一度だけよ。お母様のデビュタントの時は、実家の資金繰りが良くなくてね。従姉妹の少し丈の短いドレスを着るしかなかったわ。凄く哀しくて、パーティ中に泣いてしまったのを今でも覚えているわ」
「そうだったのですね」
「えぇ、だからデビュタントも一度だけだし、今後パーティなんか死ぬまで出なくていいのよ!すんごく可愛いドレスを作ってステキな思い出にしちゃいましょ!」
ミモザはこれまで、シアナに貴族令嬢としての全てを押し付けなかった。貴族令嬢同士とお茶会やパーティも、お見合いや婚約も。「シアナの人生はシアナのもの。シアナが選んで良いのよ」といつもニコニコと笑っていた。シアナは母のことも大好きだった。
「わかったわ!お母様!」
そういうとバサバサとデザイン画をテーブルに置き、夜までドレスや装飾品を選ぶことになった。
尚、ミモザのデビュタントで泣いているところを慰めたことがきっかけで、リンデンと結婚したことに関しては今のところ子供たちには内緒である。
◆◆◆◆◆
そしてデビュタントの日である。
シルクの白い生地に、パールを裾と胸元に贅沢に刺繍したドレスを身にまとったシアナはそれはそれは美しかった。
フィルとウィルはエスコート役を決めるのに数ヶ月言い争いをしていたが、結局は父であるリンデンがその座を射止めた。
「シアナ、とっても可愛いよ。世界一可愛い」
「まぁ、お父様の1番はお母様ですわ」
「世界一は2人いたっていいだろう?」
「ふふっ。今日だけはそういうことにしておきますね」
入場前にふたりは微笑み合った後、リンデンのエスコートで王宮の会場へ進んでいく。
輝くような大理石の床に、会場中を鮮やかに飾る白百合。色とりどりの料理に、多くの人々。あんなに嫌だった筈なのに、生涯で一度きりかもしれない王宮だと思うと心が踊った。
これから順番に国王陛下と王妃陛下、皇太子殿下にご挨拶をして、リンデンとダンスを1曲だけ踊ればもう帰宅して良いことになっている。
(あと少しよ、頑張ってシアナ)
シアナは自分自身に気合いを入れ直したのだった。
少しすると、王家への挨拶の列が作られた。シアナの家は侯爵家だったので早めに挨拶の順番がくるはずだ。列に並んでいると、ひとりの使用人が前の方から飲み物を配っているのが目についた。そしてシアナにも声がかかる。
「失礼致します。宜しければお飲み物はいかがですか?」
こちらの国では珍しい黒髪と赤色の瞳の若い女性の使用人だった。
「いえ、だいじょうぶで……」
断ろうとふと、顔を上げるとうっかり至近距離で顔を見合わせた。
(王太子 やる)
シアナは眉をひそめた。王太子をやるとはどういう意味なのか。意味が分からない。でも本人に伝えることは出来ない。問いただすことなんて以ての外である。
「あの?なにか?」
使用人は訝しげな顔をしている。
「いえ、私は大丈夫なので他の方にお配りしてください」
「はい、ありがとうございます」
小さく会釈をして使用人は離れていく。意味は分からない。でも言いしれない不安がシアナを襲う。
「そろそろ私たちの順番になるぞ。心の準備はいいかい?」
「え、えぇ。お父様。さっきの方……」
父の身体に身を寄せて小さな声で囁くと、リンデンは身体を丸めるようにしてシアナの顔に耳を寄せた。
「さっき飲み物を給仕をしていた使用人かい?」
声を顰める。誰にも聞かれないように。
「えぇ……」
「まさか瞳を見たのかい?」
「……」
「なんと書いてあったのかお父様に言えるかい?」
「王太子をやる……と。でも一瞬のことでした。意味も分かりません。本当のことなのかもわかりません。でも不安で……」
屈めていた身体を真っ直ぐに直して、リンデンはシアナの頭をゆっくりと撫でた。
「シアナは優しく賢く聡い私の愛しい娘だ。シアナの不安が現実にならぬようお父様もやるべきことはやるよ。シアナの勘違いならそれはそれで構わない」
リンデンの言葉にシアナはホッとした。そしてこの嫌な予感が現実のものとならぬようぬ心の底から祈った。
そしてあっという間に王家の方々への挨拶の順番がやってきた。
「王国の太陽、エレディス国王陛下、ミレリア王妃陛下、並びにジェラルディン王太子殿下にご挨拶申し上げます。リンデン・アデルファームスの娘、シアナ・アデルファームスでございます。本日は王国の太陽に拝謁出来て恐悦至極でございます」
挨拶が終わると顔を上げるように声がかかる。淑女の礼をしていた体を起こして真っ直ぐに王太子殿下を見つめる。
(あっ、無事みたい。良かった。まだ何も起こってないのね)
一瞬王太子の顔が歪んだ気がしたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべている。
「リンデンの娘か。本日はおめでとう。今日は楽しんで行きなさい」
短い挨拶が終わると私はホールへ戻る。
「シアナ、お父様はちょっとだけ職場の人にお話をしてきてもよいかい?」
「えぇ、勿論よ。私はここで待っているわ」
「いいかな、知らない人にダンスに誘われても断るんだよ」
「わかっているわ、それに私になんか誰も声をかけないと思うわ」
シアナは付き添いの侍女から分厚いレンズの黒縁眼鏡を受け取ると装着した。もはやシアナの目は見ることすら出来ない。
「ね?これを着けて待っているから」
この眼鏡は家族からの贈り物である。人目が多い場所に出歩くことが出来なくなったシアナに、「じゃあ瞳なんか見えなくしちゃえばいいんじゃね?」とウィルが発案した。実際、瞳が見えなくなると思うとシアナは安心して出かけることが出来たので、シアナのお気に入りである。
「シアナ、デビュタントにまでそれを持ってきたのかい?」
「さすがに王家への挨拶でこの眼鏡をする訳にはいかないけれどもういいでしょ?」
「まぁいいか。じゃあいってくるよ」
そう諦めたように呟くとリンデンは早歩きで何処かに消えていった。
手持ち無沙汰になったシアナはホールの端を目指した。この眼鏡をしている姿は他人からは物笑いの種になることはわかっていたからだ。目立たないようにゆっくりと向かうと、壁に寄りかかる。度の合わない眼鏡をしている為目が疲れたシアナはゆっくり目を閉じた。この眼鏡をしていれば、シアナの目は認識できないので、こうしていても誰にもバレないはずだ。
「さっきの熱い眼差しはどういうことですか?シアナ嬢?」
「ひゃっ!!!」
突然耳元で声をかけられて淑女とは言えない声が出る。低めのテノールが耳を擽るように響いた。
「どうしてそんな眼鏡をつけているんですか?」
シアナは驚き、慌てて目を開けるがこの声の持ち主が誰なのかわからなかった。目の前に顔が近づいているのはわかるが、こんな至近距離で眼鏡を外す訳にも行かない。
「す……すみません。どなたでしょうか。も、申し訳ございませんが貴方様のようなお知り合いは身に覚えがございません」
「挨拶はさっきしたとおもうけど。ってかさっきまで君は僕のこと知っていたのに突然忘れちゃったのかな?それともそんな眼鏡のせいなのかな?」
さっき挨拶をした?嫌な予感が止まらず私は慌てて眼鏡を外した。さっき挨拶をしたばかりのジェラルディン王太子殿下その人だった。
「……!殿下……大変失礼致しました。どうぞお許しください」
とんでもない近さで目が合ったまま動かない。
「あぁ、やっぱりシアナ嬢で合っていたね。実はちょっとだけ自信がなかったんだ」
と目の前でクスクスと笑っている。
(ヤバいな)
ジェラルディンの青い瞳にはそう書いてある。
金サラサラした髪を後ろの撫で付けた姿は巷で出回っている姿絵の何倍も美しい。そんな美麗な人に瓶底メガネ姿を見られただけでも万死に値するかもしれない。しかも殿下に向かって誰ですか?って……お父様うちはお家断絶かもしれません。
「あの、本当に申し訳ございませんでした。あとで父と一緒に謝罪に……」
「そんなの気にしなくてもいいんだ。いや、そうだな。君が僕と踊ってくれたら謝罪を受け入れるよ」
父と知らない人と踊ってはいけないと約束したものの、ジェラルディンは知らない人ではない。というか、さっきからの不敬をダンスで許してくれるという。私はゆっくり差し出された手を取った。
「あ、眼鏡はしちゃだめだよ?」
唇に手を当てて悪戯そうに笑った。
ジェラルディンの手は温かくて、手に触れるだけでドキドキした。流れるようなエスコートでダンスがはじまると、周りからは「誰なのあの子は」「殿下がダンスをするなんてはじめてじゃないか?」「あの美しい娘は誰だ」と色々な声がする。その声の持ち主の瞳を見るのが怖くなり、ギュッと目を閉じる。
「周りの声が気になるかい?」
「……はい」
「そしたらね、こうしたらいいよ」
そう言うとジェラルディンはシアナの頬に一瞬だけ唇を当てた。たった一瞬な筈なのに頬の熱が取れない。閉じていた瞳を開けると、目の前にはジェラルディンの瞳が潤んでいた。愛おしいものを見るようなそんな瞳だ。
「でっ殿下!お戯れが過ぎます」
「いいかい?僕とのダンス中に僕以外のことなんて考えちゃダメなんだよ」
そういうとグルグルとホール中をダンスで回されることになった。ジェラルディンの瞳には(やっべー)(やわらかい)(つらい)(がまん)などと書いてあって、私とのダンスがそんなに辛く耐えられないものなのかと思うが、ジェラルディン自身は花のように嬉しそうに微笑んでいる。
瞳に書いてある文字を読むことに夢中な私はダンスが3曲目なことすら知らずに、ただただジェラルディンに身を任せていた。
いつの間にか周りからは歓声があがり、ダンスの曲に合わせて手拍子が鳴っていた。いつの間にかジェラルディンとシアナは微笑み合い、時々冗談を言い合ったりしながら、ダンスのひと時を楽しんだ。
ダンスが終わるとジェラルディンはシアナを椅子に座らせた。
「ごめんね、途中でダメって思っていたんだけどずっとシアナと踊りたくなっちゃって」
「いえ、私も楽しかったです。良い思い出になりました。王宮にくることはもうないと思いますけど」
「え?それって」
そう話していると、ジェラルディンの後方に先程の黒髪の使用人が立ってあるのが見えた。必死に目を凝らして彼女の瞳を見る。
(いましかない)
(はやくしないと)
(やる)
(じゃないと弟が)
(こわい)
瞳の中の文字がグルグルと歪む。
ジェラルディン殿下を殺すってことなの?じりじりと使用人はジェラルディンの後ろに近づく。その手元には光るようなものが見え、それがナイフだとわかる。
(このままじゃジェラルディン殿下が!)
「あぶない!」
椅子から立ち上がりジェラルディンを突き飛ばし、ジェラルディンに覆いかぶさったシアナは目を閉じた。
(あぁ私はここで死ぬのね。でも最後にジェラルディン殿下みたいな人とダンスを踊ることが出来て良かったわ)
しかし、いつまでもどこにも痛みはやってこなかった。
後ろを振り返るとそこには、リンデンとフィルに取り押さえられた使用人の姿があった。
「シアナ、大丈夫かい?」
リンデンによってナイフは叩き落とされた。
「シアナ!安心してね。もう怖いことはないよ」
フィルは慣れた手つきで縄で使用人を縛っている。
遠くからウィルが何か指示を飛ばしている姿が見えた。シアナの姿を確認すると「シアナあああああ!怪我してないかああああい?」と涙を流しながらこちらへ走ってくる。
シアナはやっとホッとした。大きなため息をつくと、ジェラルディンによって横抱きにさせられ、王家の休憩室へと連れ去られたのだった。ジェラルディンは何やら怒っている様子で、シアナは怖くて瞳を見ることすら出来なかった。それでもジェラルディンの命が無事であることが嬉しかった。
休憩室につくと、豪華なソファにそっと降ろされた。突き飛ばしてしまって怪我をしたのだろうか。謝罪しようと口を開けようとすると、キュッと力強く抱き締められた。ジェラルディンの胸元に顔を埋めると、彼の心音が聞こえる。
「君になんかあったらどうしようかと思った……!」
「ご、ごめんなさい……」
「はじめて愛しいと思った人に、目の前で!俺のせいで!死んでしまうかと思った!」
「……え……」
「シアナ、もう二度とこんなことしないでくれ。今度からは俺が君を守る、どんなことからも」
「殿下……」
「頼む、ジェラルディンと」
ジェラルディンに愛しいと守りたいとそう抱き締められたシアナはただただ混乱して、頭が真っ白になっていた。この気味の悪い力のせいで、シアナは家族以外の誰とも心を結ぶことなんて出来ないと思っていた。でも、ジェラルディンのことをシアナは愛し始めていた。温かな手も、美しい髪も、抱き締められた時に香るシトラスの香りも。そしておしゃべりな青い瞳も。
「ジェラルディン殿下……私、あなたに話していないことがあるのです……」
シアナは黙ってはいられなかった。この瞳の力を話さずに、愛してもらうなんて出来なかった。
―――バンッ!
扉が慌ただしく開くと、そこには父と兄達がいた。
ジェラルディンからシアナを引き剥がし、ぎゅうぎゅうと3人に抱きしめられる。
「シアナ!お父様が頑張って暗殺者をとめたからね!さぁ!シアナはお父様と帰ろうね?もうダンスはおうちでお父様と踊ろう!二度とパーティになんか来なくていいんだからね!お父様はあの力は神様からのギフトだと思ってるよ!なんでシアナと踊ってんだあの野郎とちょっと思っちゃったけど一応この国の王太子を救うなんて凄いなぁ!うちの娘は女神かも知れないなぁ」
「フィルお兄ちゃんがあの女の足を引っ掛けてシアナのこと守ってあげたんだよ、シアナ!シアナの力は凄いなぁ、もうお兄ちゃん領地中に自慢しちゃいたいよ!人の心の声が瞳に書いてあるなんて凄すぎるよお」
「お父様やフィルみたいな脳筋にはできないかもしれないけど、ウィルお兄様が、あの女の動機やら仲間やら調べてきたからね!どうやら弟が人質になってたみたいだからそれも解放したからね!裏にいたクソ貴族も今逮捕状出しといたからね?安心しなね?やっぱり瞳の力を含めてシアナは最高だよおおおおおおおおおおお」
……。お父様。お兄様。
バレました。まぁ言おうと思ってはいたけど。
「シアナ」
ジェラルディンが優しく問いかける。
「今、お父様やお兄様が言ったように、私には不思議な力があるのです。考えていることが瞳に書いてあるように見えるのです」
「その力のお陰で私は命を助けられたのだな」
「はい」
「最初の挨拶の時、シアナは俺の顔をじっと見つめていたな。最初は王太子妃でも狙っているのかと思ってうんざりしていたんだ。でも様子が違う。心配しているような、気遣う様なそんな目だった。そこからはシアナのことが気になって。君の後を追いかけてしまった。不思議な眼鏡をつけているしね」
「それは……あまり瞳の力を使いたくなくて……」
ジェラルディンはゆっくりと近づき、片膝をつく。
「シアナ・アデルファームス嬢。私の命を助けてくれた私の女神。いや、この国の女神。私の妻となってほしい」
「そんな……」
「俺の気持ちは瞳に書いてあるだろう?」
シアナはリンデン達の手を振りほどき、ジェラルディンの側へ向かい瞳を見つめる。
その瞳には……
(あいしてる)
顔が近づいたシアナの唇にジェラルディンは唇をそっと重ねた。思わず手で唇を抑えながら赤面するシアナをジェラルディンは、横抱きにしながら王宮内にある自室へ連れ去った。
そして、リンデンと兄ふたりは、王宮内を全力で追いかけて、ジェラルディンとの全力鬼ごっこを楽しんだそうである。
めでたしめでたし
お父様は近衛騎士団の団長で、フィルはそこに所属。ウィルは宰相補佐官です。
3人とも王宮や職場の血なまぐさい話をシアナにはしたくないので、シアナには詳しい職業は伝えていません。
全力鬼ごっこはジェラルディンの勝ちです。
(負けそうになったので、王家の秘密の通路を使って逃げました。)
あとでリンデンにめっちゃ怒られると思います。